豆を食え

豆を食う機会が多い人はほとんどいまい。 私もちょっと前まではそうだった。 豆といえば甘く煮たものばかりで、あんなものは菓子である。 おかずにはならないし、量も食えない。 量を食えば砂糖をとりすぎて体に悪くなるというどうしようもない状態だ。 結果、栄養にはほとんど影響していなかった。

しかし、豆は昔から人間が食ってきただけあって、 あまりにも重要な栄養源である。 豆に期待したいのはミネラル、ビタミン、穀物に欠けたアミノ酸、 そして繊維である。どれも大きい。 肉には繊維が欠けている上に脂肪が多いため、 豆の方が優れていると言って良い。 値段も水で戻した重量を比べればはるかに安い。 栄養密度で比べればもはや勝負にもならないほどである。 ただ、問題はどうやって食うかだ。

初級

一般に乾燥した豆は一晩水につけなければ食えない。 いきなり煮てもおいしくないし、なかなかやわらかくならないからだ。 これは豆が生きている種であることに原因がある。 種という奴は保存性を上げるためにでんぷんで固めてしまっている。 各種の分解されやすい物質は発芽と同時に作りはじめるわけだ。 そうすればこわれやすい物質を長く保存しないで済む。 そのため、水につけて発芽の準備をさせないと、硬い上に栄養も弱い。 栄養が弱いということは味も薄い。だから水につけるのである。 本当は発芽するまで待てばもっといいのだが、それはもう上級だろう。

しかし、水につけるのは面倒である。 食いたい時に食えないわけで、かなりの計画性が要求される。 それでは面倒くさがる人間は豆を食わなくなってしまうのだ。 そこで、いきなり煮ても食え、しかもうまくて応用が効く豆を使うのがいい。 その条件にあった豆が乾燥いんげん豆の割ったもの、 すなわちイエロスプリットピーである。

こいつの一番簡単な料理法は、8倍量の水でただ煮ることだ。 45分も煮ればスープになる。インド料理でダールという。 90分も煮ると豆がつぶれてドロドロになって、 これもいい。味つけはレモンと塩、あるいはカレー粉などを少量入れればいい。 豆そのものの味が濃いので、何もいれなくてもおいしいのである。 もちろん何か野菜をぶちこんでもいい。 さらに、腹にたまるようにしたければ、押麦を入れる。 押麦をいれても味はかわらない。スープは濃くなるが、それだけである。 そして繊維などの栄養が強化され、腹にたまる。 食感もつぶつぶしていい。15分ほどで煮えるので、 できかけのスープにたたきこんでも間にあう。

こいつの利点はその楽さとコストにある。 450g(約3合)入りの豆が400円程度なので、 4合のスープを作るのにかかるコストは豆半合分、すなわち65円程度である。 この豆を常備しておけば、メシを炊くより効率がいい。 メシはおかずがいるが、スープはそれだけで食える。 そしてかかるコストも時間もこちらの方が上である。

中級

水につけるのが面倒なら初級でおわりだが、水につける気力があるなら もっと豆を食うことができる。 まずはサラダがいい。 なぜサラダかというと、冷蔵庫で保存が効くからだ。 それに、味つけに労力を割く必要もない。 ただ煮て(あるいは蒸して)、それをドレッシングで和えておけばいいのである。

これに適した豆は、相当味の濃いものに限られる。 味付けがドレッシングだけなのだから、これは当然と言えよう。 そういう条件を満たすのは、大正金時豆や白花豆である。 通販(豆のすずきなど) で大量に買うなら安い。 これを2倍量の水に一晩つけ、 弱火で40分くらい煮る。煮るにはビタクラフトのような多層無水鍋か、 丸底鍋(片手坊主)が必要である。 片手坊主の場合は落としぶたをする。 また、ビタクラフトなら蒸すこともできる。金属のザルにいれてそれごと鍋にいれて 蒸せばいい。弱火30分、余熱20分で食える。 丸底鍋の場合は40分程度で煮汁がなくなるはずなので、おわりとなる。 味がもう少しほしい人は酢やらなにやらで和えておけばいい。 私は市販のドレッシングを買うのが面倒なので、 りんご酢と油を1:1混合したものを軽くかけている。 これでも十分おいしい。そもそもドレッシングを食うのでなく豆を食うのだから、 この程度でいいのである。

また、飯にまぜて炊くという食い方も楽である。 一晩水につけて、米にまぜて普通に炊けばいい。 つけた水も炊飯に使うと栄養のロスが少ないし、色がついておもしろい。 赤飯もどきである。 ただ、水加減に影響するほど豆をまぜると、炊いている途中につぶれたりして ベチャベチャになるかもしれないので、ある程度の量にした方がいいだろう。 米に味がついて、おかずがなくても食えるようになる。 これもまた楽でいい食い方だが、「明日は豆ごはんだ」という計画のもとに、 その量だけ水につけねばならないので、そこが若干面倒ではある。

もちろん、何かのスープ、例えばカレーのようなものにブチこんでもいいし、 普通に煮豆にしてもいい。 一晩つけていれば30〜40分も煮ればたいがい食えるようになる。

そこで、小豆であんこを作っておくと、パンを焼いた時につけるものがあって助かる。 これも何ら変わることはなく、水につけた後煮るだけの話である。 その後、好みの量砂糖やら果糖をいれる。 こしあんなどという面倒なものにする必要はないので、 煮たらそれで終わりとなる。

上級

上級ともなると豆をそのままは食わない。 といっても煮たり焼いたりという加工ではない。 発芽させるのである。

発芽がはじまると豆は発芽に必要な栄養をせっせと作る。 その材料は豆の主成分たるでんぷんだ。 ということはでんぷんが減ってやわらかくなりつつビタミンやら 糖やらが山のようにつくられることになる。 こうなると煮る必要などない。ものによっては生で食えるし、 最悪でも15分も蒸せば食えるようになる。 味は糖やらなにやらのおかげで飛躍的によくなるし、 やわらかいし、いいことばかりである。 ただ、発芽させる手間が問題でそのために上級になっているわけだ。

発芽させるには、まず豆を半日(12時間以上)水につける。 つけたらザルにうつして、下にボールを水うけとしてかさね、 上から適当なポリぶくろをかぶせる。これが温室がわりだ。 ポリぶくろには鉛筆を貫通させたくらいの穴を数ヶ所あけておく。 これが空気穴になる。 そうして、一日2回(朝と寝る前くらい)に水で洗いつつ2、3日待てば 発芽してくる。 だいたい豆の大きさと同じくらい茅が出たら収穫である。 手間はともかくえらい簡単だ。

大豆やレンティルはこれで飛躍的にうまくなる。 特に大豆は栄養が異様に多い豆なので、これで加熱を最小限にして食えれば なんともしあわせになれるだろう。 そのためにも、これらの豆は発芽率の良いものを選びたい。 少くとも古いのや保管状況が悪いのはダメなので、 そのへんのスーパーで買うのは避けたいところである。

なお、発芽した状態では保存はきかないので、 蒸して豆サラダにしたり、何かと煮て料理にしてから保存する。 密封容器にいれれば油なしでも数日は持つだろう。 こう豆の食い方が増えてくると、米と麦と豆だけで生きられるような気がしてくる。

特級

納豆

今度はそうそう簡単ではない。発酵という腐敗と背中合わせな工程をふむからだ。 しかし、生物学の実験ほど滅菌に気をつかわねばならないわけでもなく、 納豆菌が100度の温度をものともしない強靭な菌だということで、 えらく滅菌は簡単である。気をつけるべきところに気をつければ失敗はそうそうしない。 時間も味噌やら醤油のように何箇月もかかるものではなく、 せいぜい2日あればできてしまうのだ。

まずは大豆を一晩以上水につける。もちろん黒大豆でもいい。黒い納豆になる。 また、粒が小さいほど中までたやすく納豆化する。 つけたら、十分やわくなるまで蒸す。 ビタクラフトのように蒸気で効率良く蒸せる鍋なら100分〜150分程度で蒸し上がる。 小さい大豆なら100分で完璧だろう。その意味でも小さい方がいい。 なお、6時間ほど蒸すとしている文書もあるので、 普通の鍋ではそれくらいかかるのかもしれないが、未確認である。 蒸すには、まず鍋に足のある(底が鍋につかない)ざるを置き、 その上にふきんを広げて豆をのせて蒸す。 このふきんをざるに敷くのは後々のためである。 発酵させる容器にふきんを敷いて通気性を高めるのだが、 そのふきんは当然滅菌されていなければならない。 煮て消毒するとしぼるのが大変な上にしぼる時に雑菌がつきかねないので 蒸すことになるのだが、どうせなら一緒にやった方が楽だし 雑菌が入る恐れがすくなくなる。

蒸しあがったら、即座に熱湯で滅菌した容器 (耐熱タッパーやステンレスの容器に熱湯を注げばいい。ふたもだ)に 豆をふきんごと移す。もたもたしていると冷めて雑菌が入る。 なお、容器は薄くて広い方が空気に広く接するので良い。 次に中身を食ってしまった納豆の容器に熱湯を極少量そそいで納豆菌をとかし、 これを豆にかける。熱湯をかけるのは滅菌のためである。 別に納豆本体を数粒まぜてもいいが、 その場合も納豆に熱湯をかけて滅菌すべきである。 納豆菌はよく動く菌で、 増えているうちに勝手にいきわたるのでそれを気にする必要はない。 納豆菌の植えつけが終わったら、即座にふたを閉める。 だがこの時に密封してしまってはいけない。 ふたにはあくまで雑菌が入るのを防ぐ役割しかなく、 納豆菌の繁殖には酸素が不可欠なのである。 タッパーなら端を閉めずにおけばそれでいい。 これをこたつや保温機の中に入れて24時間くらい待つ。 42度が理想の温度である。 発泡スチロール容器にお湯を入れて温度を調節し、 そこに容器をすえつけて密封してもいいが、 面倒なのでこたつの中ならそれでいい。 夏場は冷蔵庫の放熱板にくくりつけておくといいらしいとも聞く。

24時間たったら、中を見てみる。糸をひいて、 表面に白い皮膜ができていれば発酵完了である。 白い皮膜はカビと似ているが、 毛のようなものがピンピン立っていないのでカビとは違うのがわかる。 とにかく、チェックするのは糸をひいているか、匂いが納豆の匂い以外のものでないか、 カビは生えてないかの3つ。この3つが大丈夫なら一粒食ってみる。 割って中まで糸をひいているかも見る。 糸のひきが悪いなら、温度が低かったか、納豆菌がダメだったか、 酸素が入らなかったか、とんでもない菌ばかり増えたか、豆が硬かったか、 粒がデカすぎたか、そんなところである。 条件を見直してまた挑戦していただきたい。 もし味や匂いがあからさまにアンモニアくさかったらそれはクサっている。捨てよう。 カビが生えていてもダメである。 次はもっと滅菌に気をつかっていただきたい。 また、白いのがザリザリしていたらそれは発酵のしすぎである。 アミノ酸の結晶なのでヤバくはないが、次からは気をつけよう。

問題がなければ完成だ。 冷蔵庫に数日いれておくと発酵がゆるやかに進んで味がよくなるが、しなくても食える。 冷蔵庫での保存期間はだいたい一週間というが、 白いのがザリザリいったり、 乾燥しきったりしなければ食えるので、様子を見て決めてほしい。 もし極端に長期保存したければ冷凍すれば良い。 確実に作れる自信がわいたらキロ単位で作って小さな容器に分けて冷凍しておくと、 たまに作るだけで一年中好きなだけ納豆が食べられる。

なお、まだ試していないが、発芽した大豆でもできるはずである。 甘味が増すうえに、蒸すのに必要な時間が大幅に減るので、 味も栄養も格段によくなるだろう。

納豆はメシさえ炊いてあればそれだけで食える強烈なおかずである。 ちりめんじゃこ同様面倒くさい時のおかずとして常備しておきたい。 ねぎがあるとなお良いし、 かつおぶしをけずってかけてもうまい。 なお、醤油はいいものがほしいところだ。 大豆、小麦、塩以外のものは醤油の材料には必要ないので、 それだけを使っているのを買うようにすれば、とりあえず間違いはない。 一年以上ねかせた本物ならなおいいだろう。 いい醤油はダシのように深い味があるので、 市販の納豆についているダシ醤油などよりよっぽどうまいのだ。

まとめ

豆がいいのは、その栄養と、強烈な保存性である。 大量に買っておけば買い物にいかなくてもいいのだ。 肉も冷凍すればもつとは言え、冷凍庫を占有するし、味も落ちる。 だが、豆はそれがない。 確かにただ焼いて食える肉にくらべると手間はかかるが、 栄養と味と腹にたまる度合と値段を考えれば十分価値はあるといえるだろう。 初級に書いたダールは手間においてもひけをとらないと思う。


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