日記

1999年8月31日

暑い。目がさめた。ふつうじゃない。 なんもできん。仕方ないので、本屋へ立ち読みにいく。

影武者徳川家康上巻を読みおわる。秀忠。おまえ悪い奴だ。 しかし、そんな悪くて狭量で浅はかな人間に対しても、 作者は優しさをもって描いている。 隆慶一郎の作品には優しさがある。 能力の低さや人間の小ささを、 それはそれとして許す爽やかで大きな優しさである。 なんと大きな男であることか。隆慶一郎。

とある狭量な人物が出てくる。 その人物の心理を隆慶一郎はするどく分析しているのだが、 これがまた、オレの胸につきささる言葉だった。 そして、隆慶一郎は「それもしかたない」と言う。 責めないのである。 激しく責めるよりも届くことがある。

1999年8月31日

例会後。みなマージャンやら帰るやらで淋しいなか 早緑氏の家にToHeartをやりに行く。志保。 感想。「ああ。おまえええ奴だ」。 パソコン版とは比べものにならぬほどのできである。 まったくもってよくこれだけ書けるようになったものだ。 これでリーフは有能なシナリオライターを3人もかかえていることになる。 期待するぞ。いいんだな。

その後、話す。 メンバーは潮氏、早緑氏とオレ。だいぶ冒険だったが、いい感蝕がつかめた。 オレがダメであることを念をおすというのはダメであり、 つまりダメだ。詳しいことは書かないが。

1999年8月30日

朝。アホから電話。おまえは七瀬だといわれる。 なんだそりゃ。ちなみに七瀬とはとあるギャルゲに出てくるキャラクタである。 それ以上の説明は面倒だ。論拠は何かと問うと、 「いわなくていいこと(だまってればわからないようなこと)まで口にする」 ことと「つきあいがいいこと(なんか言うと律義に反応するという意味か)」 らしい。どうでもいいが「髪が長い」というのもある。 フロ場でひとり七瀬現象を起こすのも広く知られているところだ。 しかしなんでそんなことで七瀬扱いされにゃならんのか。 いや、そもそも七瀬扱いってなんだ。 だいたいオレが七瀬ならあいつは折原…。やめよう。 関係ないが、奴はこれから石川県へ旅行に行く。 石川県の七尾市といえば、あれの元ネタになった町である。 加賀屋という巨大旅館がある。 よく石川を舞台とした殺人事件物で使われる旅館だ。 いいネタになるのでオレも行きたいが、いきなり金を出すのはムリだ。 どれだけの恥をかくことになるか考えただけでワクワクするというのに。

暑い。図書館へいく。そこでK&RのCの本でも読むことにする。 なんでこんなに暑いんじゃ。昼頃なんてみんな寝てるだろうから いきなりおしかけるのもアレだし。

隆慶一郎の影武者徳川家康を購入。めちゃくちゃおもしろい。 図書館でプログラムの勉強をする目標は一瞬にして消えた。

1999年8月30日

ひさしぶりにまともに更新する。 気がついたらカウンタが7000くらいになってる。 いいかげん絵おかんとなあ。ま、タブレット帰ってきたらの話だ。 それよりプログラムの初期バージョンをさっさと上げねば。 KANON本はその後だろう。

コミケで会って画集をもらった昔の友達のサイトを発見した。 できたてのようだ。一ヶ月で足らずで3000カウントということは、 けっこう名が知れているのかもしれない。 絵描きの魂が全面に押しだされた凝りに凝ったサイトである。 JavascriptとCSSで固めてあるので、かなり重い。 だが、それだけのことはあるし、 テーブル化して表示されないという愚も避けている。 なかなか気をつかっているようだ。 まあ、むかしから絵と機械は強い奴だったが、 もののみごとにそのまんま成長している。 興味がある人は行ってみてください( 紅茶香伝)。 それにしても器用に絵を描くものだ。 なーんて思っている段階でオレは 絵描きの魂をもっていないのだろうな。あーあ。

同人誌印刷屋を調べた。が、価格表をおいているところの少ないこと少ないこと。 とりあえずポプルスとかいう会社のを参考にすることにした。 いろんなところでポプルスという名前をみたので、 たぶんその道では名の知れた印刷会社なのだろう。 で、だいたいB5の104ページが100部で56000。 さて、コピー本だと、B5の104ページ100部で52000円。 つまり、100部強で逆転する。品質と手間を考えると、 100以上はオフセットと考えるべきだろう。 ま、当分関係ない話だよ。100部なんて。 しかし、表紙カラーははずせないラインでもある。 コピーなら一冊あたりのコストが+50円だ。 それでも一冊のコストが300円程度(コピーだと50ページ以内)じゃないと死ぬな…。 でも厚くなるのは避けられないし。ひん。

1999年8月29日

今日は月刊誌のしめきりだったが、コピー屋がやすみだったので印刷は月曜になった。 それならばと原稿を描こうと思ったが、厚くなりすぎるので却下された。 というわけで、今回は68ページだそうである。 そろそろ限界が来ているかもしれん。若者が描くようになったし、 オレは描くべきではないのか、なんて思ったりもする。 勝手に本をつくって、配った方がいいかもしれん。 人の労働力をあてにするのはヤバいというところまできている。

その後、PS版ToHeartをやる。綾香と理緒。綾香はどうかといえば、 いい友達で発展すればいい恋人って感じ。なんというか自然に魅力的な 奴だ。破壊力はないがすごくいい。そして理緒。 キャラがどうとかじゃなくて、ウダル。うだるすぎ。 最後あたりのド直球な展開と描写はウダル以外の何物でもない。 あそこだけホアルバだった。というわけで良し。 あとは青紫部分だ。

コミケにもっていく漫画を描くことの効能。 絵をもっと重視するようになる。手を抜かなくなる。 読む人のことを考えるようになる。たくさんの人に読んでもらえる可能性が上がる。 このように、いいことまみれである。 手間はかかるし遅くもなるだろうが、 ここらで見栄えする絵を描けるようになっておかんと仕方ない。 だれかの「何年も描いてて落書程度じゃしゃーないでしょ」 という言葉がやけに刺さるのだ。オレのは未だ落書程度。 どうもうちの月刊誌とかだと甘えて手を抜いてしまう。 さほどきれいでなくても読んでくれるという甘えがあるのだ。 しかし自分の力で売ると思えば手は抜けん。すくなくても 手抜きの度合は圧倒的に下がる。読んでももらえないという恐怖は それくらい大きい。読まれてけなされる恐怖などとは比較にならないのだ。

ところで、オフセットってどれくらいかかるんだろ。 ちょっと調べねばなるまい。 どの程度以上の規模だとコピー本より経済的なのかということが知りたい。

一日中プログラム。なんとなくどんなもんかわかってきた。こりゃきっついぞー。

1999年8月28日

ひさしぶりの拳法。そのことは別に書くからよし。 で、アホから電話。そして本当にゲームを作ることが決定した。 もうひけねえ。かなりの時間がこれに割かれる。 それだけに、漫画を描く時間は減るだろう。 月刊誌は連載だからやめるわけにはいかんが、 風車小屋(半年に一回の部誌)に描くかは怪しい。 KANON本にせよ風車小屋にせよ漫画を描くことに違いはない。

野尻氏(本名でいいだろ。自己紹介にものってるし)をナシでつって連れこみ、 話をする。すこし分別がアップして、なにより決心がついた。 この決心が何を意味するかは非公開だ。ヒントは前の段落。

1999年8月26日

タッジー・マッジーを読む。 すごすぎる。なんでこんなにこの人の頭の中はおめでたいんだ。 何を書いてもファンタジー。むしろおとぎ話。 疲れがとれる。この絵が好きってのはやっぱロリなんでしょうか。 あるいはプニなんでしょうか。

例会後、帰って原稿を描くべきところを遊びにいってしまった。 不覚なり。しかし、よし。 ひとつ。DDR。なるほどおもしろい。だが、疲れる。しかもヘタッピだ。 ふたつ。センチメンタル・ジャーニーのゲーム。 なかなかいいできだ。ギャルゲー要素とボードゲームをうまくいっしょにしている。 細いところで気になるところは山とあるが、毛色が違うというだけでよし。 みっつ。ダラダラはなす。しかし、一方的に話しすぎた。 しかも内容が誤解を招きやすい。また後悔。すまぬ家主。 オレはいつもやってしまってから後悔する。 なぜならやる前に後悔できる能力がないからだ。

ゴージャスタイムリミットが近い。土曜18時。 拳法までに4ページは下書きしてないと絶望的。 とくに最近要求水準が上がってきたので遅くなっている可能性がある。 まだ、プロットもできてない。ほぼ絶望的。 ま、上がらなくても何も困らないのだが。

日記以外にはあまり更新してない。こまかいところはいじってるのだが、 履歴にかくほどでもない。さらに、履歴にかかないところを更新している。 ま、あしたは拳法日記がある。ついでにそろそろToHeart感想文が書きたいのだが。 だれかPSごと貸してくれ。一日でいい。本当に。

1999年8月25日

GTK+ってWin32版があるのか。ついでに調べていくと、 日本語化パッチもある。って、そのままじゃ日本語通らんのか。 ついでにどうもcygnusにgccが入っているらしいことも発覚。 ひょっとして、CとGTKで作れるんじゃなかろうか。 ちょっと調べてみる。 さしあたって、昼間はつなげないので本屋でGTKの本を読んでみよう。 もしいけたらソースコード互換だ。まるちぷらっとほーむ。 しかもタダ。

面接。「その格好にはなにか主張があるのか」なんて聞かれた。 尻まである長髪に、そでなしのくたびれたTシャツと半ズボン。 足はサンダルである。待ち時間に自分の服に気づいて「しまった」と思った。 質問には別にないですと答えた。

天変地異。合格とは言わんが、補欠。 誰か辞退者が出れば合格になる。 補欠は4人いて、毎年辞退者は10人以上出るそうなので、ほぼ確実にどこかには入れる。 もっともどこの研究室に決まった人が辞退するかはわからんので、 やる分野もガラっと変わってしまうのが問題だ。 一応、医用高分子や生化学を志望しているのだが、 工学部の化学系には、無機材料(鉄鋼やセラミックス)、有機材料、エネルギー化学、 触媒化学、分子設計、物性化学、生体機能物質合成など、50もの研究室がある。 そのどれになるかもわからないのだ。 仮に「ここ開きました。入ります?」という電話が来たとして 一体どうするのだろうか。

それにしても解せない。解答用紙は半分はまっしろだっった。 書いたところもあてずっぽうやうろおぼえだ。 そもそも物理化学や有機化学なんてやったのは2年も前の話だし、 やったこともないような分野の問題の方が多いくらいだった。 それでなぜもっと明確に落ちない? 183人受験者がいて、定員は155名。補欠が4人だから、 オレは156番から159番の間ということになる。 つまり、下に20人はいるのだ。 そして、それにもかかわらずここの院はむつかしいらしいということが解せない。 倍率が1.2倍とかだからさぞや人気がないんだろうと思っていたが、 他の大学の人間はむつかしいから受けないだけで人気は高いのだという。 だったらあの問題はなんだ?教科書を読んである程度勉強したらどう考えても 解けそうだ。ちゃんとやれば7割は解けるだろう。 そんな問題すらまるで解けなかったオレが補欠というのでは、 とてもレベルが高いとは言えないのではなかろうか。 そのうえ、今年の問題はむつかしかったと言うのだ。 話によると東大の院などはもっと楽だと言う。 どういうことだ?とりあえず、行くにせよ蹴るにせよ院試は終わったのである。 行く可能性がある以上、今のうちにやりたいことはやっておかねばなるまい。 院生は今よりも数段忙しくなるからだ。

GTKの本を買ってきた。しかしファイルが足りなくてサンプルプログラム をコンパイルできない。落としてこよう。Win32版のGTKやcygnusも必要だ。 なにせメインはWindows用のプログラムを書くことなのだから。 しかし本当にソース互換なのだろうか。試してみないことには信頼できん。

麒麟館グラフィティーを読む。すごすぎる。 ラストがちょいと寒い気もするが、 ラスト直前まではすごすぎるので良し。 どうしてこうも心理描写がリアルなのか。 どうしてこうも演出がすごいのか。 どうしてこうも会話がセンスに満ち満ちているのか。 勝てるはずがない。この路線では勝てるはずがない。 この次の作品である「薔薇のために」 もラストがイマイチながらもすごすぎる作品だった。 どうしてこうもすごいのか。 読みながら始終うなりっぱなし。安っぽいそのへんの恋愛ドラマでもなく、 少女漫画にありがちなガキの恋愛でもない。 言葉に頼る傾向がある気はするが、 その言葉がすごく洗練されているんだからいいじゃないか。 事故なんかがちょいと都合よく唐突な気はするが、演出でカバーだ。 感動に打ちのめされた気分である。

卒研は9月後半からである。あと20日ある。さしあたって28の夕方までに 8ページ書かねばなるまい。さあ、プロット考えよう。

更新履歴にのらないところを更新している。 早くバージョン1をつくらなきゃ。 仕様をえんえんと決めててもはじまらない。

実は書いてないけどTRPGのところは頻繁にマイナーチェンジをしている。 どうでもいいけど。それにしても文書が爆発的に増えることはもうなさそう。 新しいゲームはやらんし、作るゲームの情報公開するわけにもいかんし。 あ、そうそう。もうすぐPS版ToHeartの感想は書く。 誰かに借りてあと4人やったらの話だが。 あと、拳法の部分をねこそぎリニューアルする予定。 Q&A、用語集などを充実させよう。 で、近代格闘技の本として参考になると言われた「攻撃空手」という本 が手に入らない。これを参考にしようとおもったのに。 あ、それとCSS2の説明もヒマを作って完成させてしまわにゃ。 って、やけに増えるな。これだけやったら。

初のGTKプログラム。 「世界こんにちは」というおなじみのやつ。 まあ、本の例のまるうつしなんだけどね。 次はピクスマップの表示だ! それにしてもTruetypeが出るようにならんと シナリオの表示具合がわからん。 早くでてくれ3.3.5。たぶん3.3.4はDEBIANに入らんだろうし。

1999年8月24日

専門科目。たぶん勉強していたら簡単だったのだろう。 そういう問題だった。生化学などは用語問題の嵐だ。 中途半端に有機などやらず、当初の予定通り生化学 をやっていた方が点数は高かっただろう。 もっともそれでも受かりはしない。 こんな問題ではみんな7割8割だろうからだ。 午後もまだ専門科目があるが、 ここまで無駄だと逃げたくなる。 まあ、書くだけ書いてさっさと帰るとしよう。

専門科目2。終わった。まっしろ。

丸善でプログラムの本を見る。 DirectXがなんなのかだいたいわかった。 はやいはなし、速くなるのだ。 しかし、DirectXをインストールしないといけなかったり、 DirectXそのものの配布条件がややこしかったりして、 いろいろと面倒である。 どこでも動くのが目標だから、あまりややこしいことはしたくないのだ。 どうせ字がでるだけのものなら ものすごい重さにはならないだろう。 というわけで、Windows標準の機能だけで書くことにする。 もっとも、フルカラーの画像をスクロールさせたり、 怪しいエフェクトを塔載するようになったら話が違ってくるかもしれない。 描画部分なんかは一箇所にまとめて、あとで変更しやすくするのが吉だろう。 きっといずれUnix環境に移植する時にも役に立つはず。 本を読むと、面倒なことはいろいろあるにしても、 徐々にやっていけばなんとかなりそうなものだった。 というわけで、早速コンパイラと本を手にいれよう どうもWindows用のコンパイラはVisual C++というMicrosoft製の 統合開発環境とかいうやつしかないようなので、それを買わねばならない。 10000円。14000円払うとプロフェッショナルというやつになるが、 何が違うのかわからないし、 スタンダードの方にはマニュアルがついていて重いのでそっちにしよう。 というわけで、いきなり15000円が飛ぶ。 院はダメだし、本格的にやる気になってきた。 身内へ。 http://www.page.sannet.ne.jp/hirasho/****/(****はあの番号) に、いろいろと置く。やめるなら今だぞ?やるなら企画やらなにやらを出してくれ。

っといっても、今日は何もできないので、漫画を書くことにする。 とりあえずは8月号をかたづける。9月第一週で9,10月号をかたづけて Kanon本に移行する。こっちもだいぶ本気。

1999年8月24日

専門基礎科目。 まさかあんなに忘れているとは思わなかった。 結晶場理論はロクにやってないから仕方ないとしても、 有機と物理化学は人間の忘れるという能力のすさまじさを思い知るできだった。 というわけで、ほぼ確実に落ちた。 それにしても、ここまでどはでに何も書けなかったのはうまれてはじめて。 まっしろな回答欄がいっぱいだ。 最初のうちはあせっていたが、だんだんと慣れてきたのか 心の整理ができたのか、やけに冷静に真っ白な様を楽しめた。 3時間というのもいい。年一回くらいなら、こういうせっぱつまった時間も楽しめる。

Windowsのプログラム本をちょっとみてみた。 ごっつい高い。しかもややこしい。 あれを勉強するというのか。しかし、やってできないこともないだろう。 たぶん。甘くみてるのかもしれないけど。 そしてコンパイラらしきものが1万円。本まで買ったらいくら飛ぶんじゃ。

例会後。みんなが麻雀にいったので帰った。 いろいろ漫画を借りたが、今日読むのはインチキというものだろう。 しかし、私の心はもう旅立っているのだ。

1999年8月23日

朝5時。緊張したのか、起きてしまった。落ちる落ちる言っても、やはり恐いらしい。 今まで浪人も留年もしていないだけに、そういったことが恐いのも当然だ。 親に申しわけないものある。じいさんばあさんに悪い印象を与えるんじゃないかという 不安もある。そもそもプライドが傷つく。そういう小さい挫折はかえって 健康的かもしれないとも思うが、やはりそれはいいわけよ。

友達の漫研でそれぞれのペンネームの由来なんかをまとめて公開してた。 いろいろな由来があるものよとおもしろがる。 うちの漫研の人のも結構気になったりして。 だれかやらんかな。

オレの中にめばえた欲求。オタクの世界。 それも「作る側」になりたい欲求。 ものを作りたいという欲求は自然に「人にみせたい」という欲求を ともなうものだろう。だからよりたくさんの人に見せることで より大きい快楽を得ることができる。 それがあるからこそ質向上を目指してがんばる。 オレが思うに、学漫の人間は人に見せて快楽を得るタイプの人が少ないようだ。 自分を見せびらかしたい人間にとって居心地のいい場所ではない。 学漫が下火なのはそのせいであろう。 勝手に本を作ってコミケなりに売りに行った方がより多くの人に 見てもらえるのだから、当然である。

オレの知っている漫研の中には、多くの人が自分のサークルで活動していて、 漫研は交流の場としての意味合いが強いところもある。 だが、これは自然だ。 自分に自信がもてるようになるほどより自分が強く出ている本をつくりたくなる。 だから学漫の本は不適当なのだ。厚ければ厚いほど。 「自分のを見てもらいたいから、薄い方がいい」という意見を傲慢ととるのは、 創作をする人種というものを理解していない。 オレも反省せねばならない。

現実逃避7時。いまさら何やってもムダだと思う理性。 勉強なんてしたくないという感情。それでも最後まであがくのが かっこいいじゃないか、という感情。 要点くらいは覚えられるから勉強すべきだという理性。 それらがぶつかりあいつつも、こんな状態。 自分の心理を分析するのはおもしろいものである。

Kanon本。 舞漫画。第一の問題は視点。主人公におくのはあたりまえでおもしろくない。 舞の視点で描くのはおもしろいが、舞が何を考えているのかわからないキャラなので、 どうにもむつかしすぎる。舞のモノローグなんて想像つくか。 かといって第三者の視点で描くと歴史小説みたいに客観的になりすぎて ネタにふさわしくない。じゃ、主人公と舞の両方ならどうか。 これもいまひとつ。短編で視点が一定しないのは読みにくく主題が伝わりにくい。 たぶん舞視点が意表をつくという面からも魅力的だ。 しかし、シナリオ担当すら逃げた舞視点。 とあるギャルゲ雑誌のふろくにはキャラひとりひとりに、 そのキャラの視点の小さな小説がはいっていた。 もちろんシナリオ担当が書下したものだ。しかし、どういうわけか舞のだけは 佐祐理視点。シナリオ担当すら逃げを打たざるを得ないようなキャラを、 はたしてオレが描けるだろうか。第二の問題。 展開。ストーリー。だいたいからしてストーリーが いまひとつ不明瞭なシナリオだ。それをどう描くかからして問題である。 そして。数十ページの作品で他のキャラを出す余裕はない。 最後に生きているのがあゆのパワーだとしても、それを説明するには 場所がなさすぎる。しょせんパロディー本だから説明せんでもわかるだろう、 というのはオレの流儀ではない。 「知らなくてもおもしろい。知ってればよりおもしろい」というのが 目指すところである(コミパ大阪人の影響あり)。 であれば、あゆその他は出さないというのが妥当だろう。 舞がすでにギャグキャラの性質をもち、佐祐理さんを対比に使えるので、 あゆがいなくても幅が出るのだ。 そして、そうであれば最後の奇跡をどうするかが問題になる。 問題が山積み。これを11月末までに描くなんてことが可能なのだろうか。 他がおろそかになるのは避けられまいて。

ハッ。オレなにやってんだ。7時半。出るか。というところにばあちゃんから電話。 「がんばってね」。ギャー。

11時。英語の試験がおわった。どうということはない内容。 どうせみんな英語なんて勉強してないだろうから似たような出来だろう。 問題は次の専門基礎科目。有機。無機。分析。物理化学。 後の2つはどうにもならん。前の2つもつけやき刃だ。 一体どうなることやら。

1999年8月22日

荷物こねえ。こないことには勉強できん。 明日は院試だ。一冊くらい手でもってくればよかった。

暑い。仙台と福島に慣れた体に京都はあまりにも辛い。 荷物きたら誰かの家に行こう。死ぬれる。

夕方。「長月さとし」氏の家で涼む。眠そうなので帰ってきた。 一番暑い時間をさけられたのはいいが、まだまだ暑い。 とても勉強をできる温度とは言えん。 次は別の家へ行くか。しかし、教科書を読めば読むほど、 いまさら何をやってもムダな気がしてきた。 特に物理化学。偏微分の形に世の無常を見た。

「小泉弥生」氏の家にいく。いなかった。暑い。どうしよう。読む本がしめる。 3時間くらいしたら行ってみるか。それまで寝よう。

また行く。いた。寝てた。すまん。 日がかわるくらいまでいすわり、ラーメン食うて帰る。 いろいろと話をして、勉強にはならなかった。 それがいい。

1999年8月22日

ダラダラしてきた。 友とえんえん別荘でダラダラする。 こんなにダラダラと幸せな日々をすごしたのは久しぶりだ。

ゲームをつくることになった。 プログラム勉強せねばならん。 一体なにを勉強すればいいのだろう。 おそらくはDirextXって奴と、Cを勉強せねばならんのだろう。 Perlって奴は使いやすそうなのでそれで作れるならいいのかもしれないが、 まあ調べてからの話だ。

勉強してない。落ちる気まんまんだ。 一年くらいいいだろうというのが甘えなのは知っているが。

帰ってきて例会後のあつまりに顔を出す。 特にすることも話すこともなく帰る。 自分の教養のなさがうらめしい。 オレは自分のしたいことをしていればいいのだ。 漫画。ゲーム作り。TRPGルール設計。拳法。Kanon本。

あさってが院試だというのは、どうか。

1999年8月10日

たきぽん殿と会う。ひさしぶりー。 いろいろはなしをして、おごってもらってヒャッホウ。 最後に漫画を貸すあたりがなにかおかしくてOK。 オレが仙台にいないときにもちょくちょく 借りに来り返しに来たりする運命になるのだ。 オレがいない時に家に漫画を借りに行くというのは 抵抗あるだろうが、慣れればたいした事はない、と思う。 オレが中学生のときもオレの知らんところで、 クラスの女の子達が漫画を借りに来てたし。 なにせうちには4000〜5000冊の漫画があるので、 当分読みあされるにちがいない。 オレも読んでないのがまだ相当数ある。

これから、福島にある別荘もどきに行く。 お、金持ちみたいだぞ。でも、要は老後のために建てた だけの家で、 仕事の関係上今そこには住んでないだけなのだが。 そもそも本宅がアパートで 別荘が一軒屋ってのもアホだ。 というわけで、13日までなにもない別荘もどきで ダラダラ勉強する予定だが、 なんとToHeartのPS版が弟の友達から借りられるらしい。 しかも用意周到に福島に郵送してくるらしいのだ。 とどくのは10日あたりらしい。つまり今日だ。 これは潮氏の言葉をかりれば、 「ToHeartがオレに止めを刺しにやってくる」 といったところか。オレはそれを拒んでまで 勝ち目なき受験勉強をできる自信はない、 と、言い切ってしまうと体裁がわるいので、 最後にかもしれないをつけよう。 研究室の先輩が掲示板に書き込んでおられたので、 もしかしたらこれも読まれているかもしれないと 思うと結構うかつなことはかけない気がしてきた、 ってこの記述がまずいな。

1999年8月9日

ゆうべ遺伝子関係の番組をみた。 どこまで遺伝子技術をつかってもいいのかという議論だ。 そのなかで遺伝子診断がどうのこうのという話があった。 特にネタになったのは受精卵段階での遺伝子診断。 見てみておかしかったら、中絶。これが今のところ唯一の使用法だ。 胎児が大きくなってからの中絶にくらべると 母体へのダメージがなく、罪悪感もうすい。 これがいいのか悪いのかという議論だ。

ある障害者を息子にもつ女性は 障害者の存在を否定するようなことはしないといって反対しつつも、 それを他人にはおしつけない、といった。 非常にできた人である。 二十何年も寝たきりの息子の面倒を見ている段階ですごいし、 それをかさにきて他人に「こうすべきだ」といわないのはもっとえらい。 ただ、世の中の人間みなにそういう高潔な魂 をもてというのはムチャというものだ。 ふつうは障害者をそだてたいとはおもわない。 それでもあえてそだてるというのならそれはすばらしい覚悟だが、 とても強制できるものではない。 よくきく「生命の間引きはすべきでない」というせりふ。 もっともくさいが それが現実に通用すると思うのは大間違いだ。 ましてや、自分でそういう場面に直面したこともない 人間がえらそうに命の尊厳をとく様は、 安全なところから国民を戦場に送り込むのと何ら変わることはない。 「〜〜すべき」というのはかまわないが、 そうならないからといってこの世を呪うのは間違いである。 オレにもいえることだが。

しかし、見ていると頭にくるほど頭の悪い人がいる。 「神の領域だから」なんて言うやつがそうだ。 これが 「遺伝子技術は人類にとって危険だから、神という言葉のイメージで 抑制しよう。」という意図で発せられたのならかっこいいが、 どう考えても無知で無思慮の結果でた発言である。 虎の威を借る狐というやつだ。 「なんとなく不安」という感情をに神やらなにやらをつけて それっぽくしているだけなのがみえみえではないか。 クローンにしろ、遺伝子治療にしろ、一番困るのはそういうアホだ。 おそらくは歴史上常にそういうアホが 科学の暴走を遅らせてきたのだろうが、 一遍暴走が軌道にのってからは逆に そういうアホによって暴走は加速されるのである。 結局みんなが賢い方がうまくいくはずなのだが、 そうならないのが現実というものであろう。

アホといえば、近頃思う。 分別を持とう。オレも含めて。 分別とは分けることだ。 「公と私」「理想と現実」「感情と理性」。 ちゃんとわけよう。分けて考えればアホにならずにすむ。

1999年8月8日

編集王全部読む。おもしろいが、変に寒いギャグがあるのが気になる。

Windowsが死ぬ。前から原因不明のハングをしていたが、 ついにエクスプローラがいかれてなにもできなくなった。 しかたなく再インストールするも、インストール中にとまるとまる。 ためしにクロックを下げてみたところ安定。 どうやらmP6(CPU)が根性なしということだったようだ。 200MHzといっておきながら200MHzでうごかないとは根性なしにもほどがある。 現在は190MHzで駆動中。ちょっとおそい。 mP6のPR366が出るまでの我慢だ。って、オレはここにはそう長くは いないからどうでもいいんだけど。

勉強。まったく頭にはいらない。 それにもかかわらず他のことをしないので、 あまりにもだらだらしている。 こんなにだらだらしたのは久しぶりだ。 一日10時間は寝てるし。

Muleおとしたけど、skkはいってないので同じ。 別におとして設定するのも面倒すぎる。やめだやめ。

1999年8月6日

漫画読みまくり。め組の大吾17冊。ジョジョ5部全部。 それにしても面白いめ組の大吾。あつい。かっこいい。 そのうえよくできている。六三四の剣と同じ種類の興奮がある。 ひょっとしたら、こっちのほうが上かもしれん。 消防というほかに例のないジャンル。 そこでくりひろげられるジャンプ真っ青の熱血ドラマ。 そして、話の完成度の高さ、無理なく魅力的なキャラクター。 まさに少年漫画として最高の部類だ。 ひさしぶりに燃えた。またお手本がひとつふえた。

それにくらべてジョジョ。確かにおもしろい。 だが、どうもたぎるものがない。 第3部まではジャンプ的な熱さと かっこいいセンスがいっしょになって夢中にさせるなにかがあった。 第4部は熱くはないものの、身近っぽい雰囲気と、じわじわとした怖さ、 それに娯楽性を加える強烈なアイディアによって確かな印象を与えていた。 しかし、5部。 かっこよく、熱いには熱いが、何かが足りない。 キャラクターもストーリーも演出もずばぬけているが、 このものたりなさはなんだろう。 確かに面白かった。しかし。

また昼寝しちまった。これから勉強する。 だってヤバイよ。いくらなんでも。

やっぱ使いにくいよ。IME98。ちなみにATOKも同じだ。 SKK以外に使えるものはない。オレはひらがな率がたかいので、 いちいちリターンをおすのが面倒なのだ。 なにより学習が面倒なのが、最悪。Mule for win32おとそ。

1999年8月5日

仙台すずしい。昼寝したら、もう起きない。 勉強するにはこの上なく快適だが、 勉強するには快適すぎる。 さらに、読んでない漫画の数々。 数百冊ふえている。 いったいどうすればいいというのか。

花火をみにいく。人人人だ。 木と人がジャマでロクにみられなかったが、 まあ、いいや。 それにしても、花火というのは余裕の象徴だ。 なんにもならんことにメチャメチャな金をつかう。 きれいなだけなら対空砲火の弾幕もかわらんだろうが、 その深刻さはえらいちがいだ。 不況不況いっても所詮は日本だという気がした。 ガサラキで「日本を貧しくしたかった」 というせりふがあったのもなんとなくわかる。

プレステがある。ちょっと歩けばゲーム屋があり、 ToHeartが買える。それはまずい。いけない。 いけないのだ。

1999年8月4日

2日。午前に願書を出し、12時に京都駅発。 18切符で、京都ー米原ー大垣ー豊橋ー熱海ー品川ー新宿ー荻窪。 日が変わるころにアホの家を訪ねるが、どういうわけか留守。 こまったので、吉祥寺までいってT氏の家を訪ねたところ、 そこにアホがいて一件落着。オレがくるのを忘れていたらしい。 ダラダラ話して寝る。

3日。朝から二郎(ラーメン屋。直径5ミリ)。 その後上野まで出てアメ横で夜の飲み会の買い出し。 大量のトロを3千円で入手。値札は8千円だったのだが、 3千円でいいという。ひとつ3千円ではないぞ。3つで3千円だ。 はなっから8千円で売るつもりなどないらしい。 予算や気温の関係上それだけで帰ったが、 ほかにもいろいろと異常に安いものがあった。

夕方。オレとアホをふくめた5人で宴会。 酒もつまみもいいものばかりという すごい状態なのだが、オレは酒に弱く、 開会式がわりのビール1Lで行動不能。 意識ははっきりしていたが、 なにかロクでもないことをしゃべりまくったきがする。 日が変わるころになると、だいぶ毒もぬけてきて、 まともに話ができるようになった。

なんのはなしをしただろう。KanonとONEの比較とかいろいろと。 JAGが帰ると、漫研の人間だけになり、 自然とそういう話にもなった。 オレ以外は成蹊大の漫研。 ずいぶん違うことがあったが、 なんにせよ、オレはもうすこし寛容にならねばならんということが 身にしみた。オレが普段言ってるようなことを主張すると、 仮にアホがうちに来たとしてもいられないことになってしまう。 あいつは漫画はかかんからだ。 しかし、あれがいられないような漫研がオレの理想であるはずがない。 だからもうすこし干渉しない大人になろう。いまさら。

そのうち漫画のはなしになったりした。 Y君に即興で絵をかいてもらったりして、 進歩におどろく。やっぱ絵うまくなきゃダメだ。 なにせ今年、あるいは来年中にはどこぞのイベントに 本をもってこうっていうんだから。

4日。朝4時に荻窪をでて、常磐線で仙台を目指す。 しかし、東北本線にしておけばもっとはやかっただろう。 というわけで、今は実家でダラダラ。勉強だっけ?

漫画かきてえ。しかもパロディーものが。 オレは基本的にパロは好かんが、 一回かいてみたいというのはあるし、 オレはKANONやONEが好きだ。やってみよう。 ためしに学祭(11月末)でおかせてもらおうか。 9月上旬に9,10,11月号の原稿をあげ、 9月後半から10月初旬で風車小屋の原稿をあげてしまえば 時間はある。 悪くない机上の空論だ。

年間200ページ漫画を描くという目標がある。 しかし、これは大変なことだ。 といっても問題は、オレのやる気ではない。 どこに載せるかだ。 ゴージャスはすでに これ以上のページを許容できそうにない。 風車小屋はそれに比べればまだ余裕があるが、 長いこともつかどうかは疑問だ。 ましてや今回はパロがかきたいのであるから、 それらは論外。 となると、自力しかない。 一番おもしろいのはウチの印刷機(LP800)を使う方法。 デジタルで描いて、そのままいける。 大きさはA5になってしまうが、 4ページのコストが大体15円。 25部の40ページ本であれば、 150×25円。仮に表紙をカラーにするとしても、 一枚25円程度だから、一冊175円。計4375円。事故を考えても5000円。 200円で15部売れれば2000円で道楽ができることになりとても現実的だ。 しかし、これにはカラープリンタがいる。 他人に印刷してもらうのはヤだし、 カラーコピーも結局は2度手間なので質もおちる。

というわけで、カラープリンタを調べてみよう。 PM700cは名機だが、あれからすでに2年近くがたっている。 とすれば、今の安物はあれに匹敵する画質をもつはずだし、 速度ではあれを大きく上回るだろう。普通紙印刷が強い機種ならば レーザプリンタで黒を印刷した上に、 上からカラー部分だけを刷るという荒業も大まかなところでは 可能になる。 そうすれば黒がしょぼいという弱点は問題ではない。 そんなわけで、画質よりも、速度、普通紙印刷、コスト、などで選びたい。 ま、どうせ1万くらいのしょぼいのを買うんだろけど。

1999年8月1日

明日帰る。よって、おそらく相当長い間更新されまい。

ゲーム関係のMIDIを適当に落として聞いてみた。 ただ、ほとんどがSC88とかいう音源用で、それじゃないとロクでもないもの になるらしい。事実、うちの唯一のMIDIを聞く手段であるソフトMIDI・TIMIDITYでは 悲惨なものが多かった。しかし、 音色による差をさっぴいてもできのいいものは少ない、 まずは音の大小。小さく鳴るべき音が大きくなってうっとうしかったりして、困る。 次にパート間のバランス。これがなってないものは、聞きづらい。 そして、音のとりまちがえ。これも多い。おそらくみな耳で聞いて コピーしているのだろうが、その精度が高い人はそうそういないようだ。 MIDIという媒体による制限も多くあるのだろうが、 だとすればMIDIというのは観賞する音楽の媒体としてはあまり 優れたものでもないようだ。 とにかくどの作品でも気になるのは、音と音の間。 なめらかに音の高さを変えたり、なめらかに音量を変えたりすることは できないのだろうか。

しかし、考えてみれば、Leafなんかの音楽はそういうところが気にならないが、 生音ではない。 しかも確かSC88とかいう名前の音源だったような気がする。 ということは実はその音源で聞けばそういうところもまともになるということか。 気になる。「さおりんといっしょ」に入っているという 元のMIDIデータをTIMIDITYで聞いてみねばなるまい。 それでまともだったら、作者の能力の差ということになる。 しかし、オレにもできるかもしれんな。そのうちやってみるか。

とうきび。まったく甘くない。はずれをつかまされたらしい。確かに安すぎたが、 甘くないとうきびなんてあるのか。それとも古くなると甘くなくなるのか。 糖が全部でんぷんになってしまったとかいうオチだったら、オレはみとめない。 とりあえず食えんので、捨てる。くそ。あとはネギ。東京もってくか。

おもしろいことを見つけた。8月号のゴージャスのしめきりは8月28日。 試験がおわるのが25日午前中。なんと75時間以上もある。 これだけあれば8ページ描くなど簡単なことだ。 っというわけで、来月は16ページのせよう。 こういうことをかくとまた「手抜き原稿出しやがって」と思われそうで恐いのだが、 画質は執念(集中力)と時間の関数だ。 そのうち時間はある程度までは大きく画質に影響するが、 ある一定以上になるるとほとんど影響しなくなる。 そのラインがオレの場合4ページ一日のペースなのだ。 一方執念はかければかけるだけ画質が上がる。 ただし、執念もまた時間の関数であり、あまり長いこと描いているとあきて執念が 低下する。 すなわち、短時間に最大の執念をもって上げてしまうのが一番いいのだ。

ラクチンに漫画をかくにはデッサンとペン入れがうまくなければならん。 デッサンがうまければ下書きにかかる時間が大幅に減る。 ペン入れがうまければ、ペン入れが速くなるばかりか、 無用な工程をしなくても綺麗で見やすい画面になる。 この2つほどおいしい技術はない。 しかも楽になるだけでなく、当然質もあがるのである。 その次がベタ。これは2つに分かれていて、 ひとつめが「はみださずに速く塗る」技術。 これによって当然速くなる。もちろんきれいにもなる。 ふたつめが「どこを黒くするか」というセンス。 これがあればいちいちアミやらトーンやらで灰色にせんでも、 ちょっとしたベタで画面がひきたつ。結果、楽になると同時にきれいにもなる。 この3つで精進しつつ、現実的な問題として多少のアミやらを学べば、 きっと長い漫画をそこそこきれいな絵で描くことができるようになるに違いない。

ちなみに、当面の課題は「楽に見栄えよく服をかくこと」である。 どうやったら楽にそこそこちゃんと見える服をかけるか。 しわの徹底的な観察からはじめよう。しわを支配する法則さえ見えれば いちいち見て描かんでもよくなるだろう。 最初はコツがわかるまで多少原稿が遅くなるかもしれんが、 一度なにかが見えれば元の速度以上になる上にかっこよく見えるはず。

ガサラキ全話見終える。感想。「惜しい」。どう考えても52話の内容だ。 最終話をみても、どうやら宇宙人ネタらしいということしかわからない。 しかし、脚本にだいぶアレな趣味が出ているのでもし52話やったとしても ダメなのかもしれないのだが。とにかく何からなにまでかっこいいというのは さすが高橋だ。

借りたビデオに山のように新しいアニメが入っていたが、 おもろいのは少ない。ミトはおもろいが、おもろいだけといえばおもろいだけだ。 だが、おもろいので許す。みるか。 一方題名がわからんがエデンがどうとかぬかしている ファンタジー風アニメはCGが下品な上に陳腐でつまらんし、 新しくはないがリカも辛い。カレカノは最後の方は痛かった。 比べてあの女子校アニメは出来がいいわけではないだろうが、 なんだかさっぱりわからなくておかしいのがいい。 オレはよくできてて陳腐なよりは、よくできてはいないが変なほうがいいらしい。 まだ他にもなんかあった気もするが、 覚えてないということはどうでもいいのであろう。 っと思いだした。ヤマモトヨーコ。ほんとにどーでもいーや。 どっかでみたような話とどっかでみたようなセンス。 ちょっとばかり場面の順番にこったところでわかりにくくなるだけ。 なにもおいしいことはない。そもそもどこが戦争だ? ましてやタイムスリップネタ?それで煩悩というか属性爆発の女子高生もの。 トップをねらえのマネをしたところではじまるまい。

性格診断のサイトがあった。よくあたるというのでやってみた。 タイプは「acabb」。以下引用である。

1.性格
強烈な目的志向を持つタイプです。不条理な事や、不合理な事には絶対に我慢の 出来ないタイプです。非常 にクールな性格で、目的の為に私情を殺す事は抵抗な く出来ます。愛と云った様な漠然としたものにかまける事は、一種の罪悪で有 ると考えるタイプでもあります。
2.恋愛・結婚
愛や性の問題に付いても、一種の貸借理論で律しようとする傾向があります。自 分からは絶対に裏切らない。 だから相手が裏切ると絶対に許さない。自分がこれ 位、相手の為に尽くして遣れば、相手もこれ位、自分の為に尽くして呉れなけれ ばならない。という風に恋人同士や夫婦の間の愛情も云うなれば、 有形無形の貸借関係で成立すべきものであると、考えているタイプです。
3.職業適性
警察官、検事、科学者等、規則の厳守や真理の追求を専らにする職に就く事が出 来れば、規則と合理をモッ トーとする性格が活きて来るでしょう。
4.対人関係
友人は非常に少なく、真に心を許せる友人ともなると、皆無に近いかも知れませ ん。親、兄弟や夫婦の間に おいても、常に薄紙が一枚挟っている様な付き合い方 をするタイプです。もう少し、優しさを身につける必要があります。

以上引用。 オレはそこまで言われねばならないらしい。1に関してはまあ当たっている。 「愛」とかにかまけるのを悪いとは思わないが、 「愛」も分析してしまうタチだからである。 オレの「愛」あるいは「恋」へのあこがれは好奇心でしかないのかもしれん。 2はまったく当たっている。だが、 もっと漠然とした、理で制御できない感情にあこがれているところはあると思う。 3。目指すのが科学者なので大当たりなのだろう。 4。優しくないといわれれば、そうかもしれん。 友達くらいいるぞ、と言ってもむなしいことだ。 「オレはお前の友達だ」とは言えるが、「お前はオレの友達だ」 というのは妄想にすぎないからである。

人間の値段を鑑定するサイトがある。 一部ではやっているようなので、やってみた。以下引用である。

1267万1490円
才能
2226万7830円
境遇
483万6989円
人徳
501万5920円
36万9360円
合計
4516万1589円
論評
あなたが持っている最も高い財産は「才能」です。 少々クールでも人に嫌われがちでも 自分の才能だけで社会は充分に乗りきっていける、 それはとてもうらやましいことです。またあなたが将来有望ともあれば、 毎日不安を抱えながら生きている人にとってはうらやましい限りでしょう。 しかし、荒んだ世の中とはいえ、やはり人間はひとりでは生きられません。 人間関係を潤すことに努めましょう
<心のBライセンス>
心は普通の値段です。そっけないところもあるけれど、 いざというところでは良心が動き出す、冷徹にはなりきれない人でしょう。 クールな路線より、やさしいあなたのほうが好かれるでしょう
<才能のSライセンス>
才能豊富で、きっと日本すら動かすほどの大物になるでしょう。 カンチガイでなければ、ですが。あなたの才能が認められるかは、 その運に関わることでしょう
<境遇のDライセンス>
全く恵まれていません。自分の力で人生は切り開くし かありません。しかしながら、それが人生の醍醐味とあきらめれば、 この逆境は恵まれているのかもしれません
<人徳のCライセンス>
かなり人徳がないようで、こうなると学生時代から一 人になるケースも多く、ますます他人との距離を置くようになるでしょう。 人徳を増やすには、もっと自分を見つめ直すことです
<運のDライセンス>
全く運がありません。もう確率で動くのはヤメましょう。 リスクを背負うのはヤメましょう。絶対に失敗がない、そういう道を歩みましょう。 まあ、それすら覆されるほどの運ですが

以上引用。 オレはそこまで言われねばならぬのか。 そもそも運ってなんだ。 しかし、この2つのテストでわかるのは、 オレがこういうテストで当たりやすい「わかりやすい」人間だということだ。 たいがいの場合ちょっとした選択肢で大きく結果が変わりうるのだろうが、 オレくらいわかりやすいとどうしようもない。 きっとどんなテストでも似たような結果がでることだろう。 そう考えるとちっとは気も休まる。下手に「人徳があります」とか 言われたら冷めるしな。ありえん話だが。

ネギ消費しきれなかった。みやげにもっていっていやがらせをしてやる。 さて。あとはゴミを闇にまぎれて人知れず捨ててきて、 冷蔵庫の中を空にしておわり。寝るべ。

「好き好き大好き」と「Kanon」。どうもプログラムがいっしょくさいと思ったら、 会社が同じだった。ブランド名が違うだけ。Leafとアクアプラスみたいなものか。 確かにあんな2つが同じブランドから出てたらヤだよ。


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