だだもれ

2010年1月31日

お風呂ミックスを作った。クエン酸、重曹、ビタミンC、食塩。 配合比率は15:30:1:30。これを大さじ5杯入れて風呂。妙に温まった。 食塩の温浴効果はデカい。風呂専用に5kgの塩を買ってきたのでコストも安く済む。

ひつじこの友達が来てダラダラしていった。 実にいい。またどうぞ。

今日はカキ1kgを1000円で買えたので、カキ鍋とカキソテー。 ソテーはにんにくとオリーブ油で炒めて少しナンプラー。 盛った後フライパンに残ったものに醤油を足してソースとしてかけた。 それにしても、客でも来ない限りいくら1000円でもカキは買えない。

平均律1巻2番フーガ。たまらん。バッハの音楽は問答無用で、 でかい装置みたいだ。

2010年1月30日

ジョジョを借りられたのでひつじこに読ませている。 まだ1巻。ディオは本当に悪い奴だ。 がんばって5部まで読めば、 vogueとかいう雑誌を見てジョジョっぽいと言っていた意味がわかるはず なのでがんばってほしい。

尻と背中の間あたり。要するに腰。 ここの筋肉で手足を動かすことができればいろいろ便利である。 単純なことなんだと思うが、あんまりそこに着目して やってる人は多くないらしい。拳法なんてこれだけわかれば 一定のレベルまでは行けそうな気がするのだがなあ。 そして今日はそこの筋肉を嫌でも使わされる運動を考えついた。 そろそろひつじこにも運動が必要だ。

「パララバ」。 違う世界に電話でつながるネタはいくつか見たが、 こういうふうに使うのは新鮮だ。 女が電話する世界では男が、男が電話する世界では女が殺されていて、 男女が互いにやりとりしながら犯人を探すのである。 もちろん犯人がみつかったからといってそれぞれの世界の恋人が 生き返るわけでもなく、いい具合に切ない。にしても文章がなあ。 本題に入るの早すぎだろう。

「スクランブル・ウィザード」。うーんラノベ。 ただ、主人公はちょっと意表をつかれた。 冒頭では主人公は少年だったのに、本編はやさぐれたにいちゃんになっていた。 さて、生き別れのおねえちゃんは敵になるのだろうか。

黄色っぽい透明のイカの刺身はこのへんでは食えないのだろうな。 とりあえず月曜は築地に行くか。最低限じゃことわかめは必要だ。

2010年1月29日

そんなにうるさくないから気にしないように。 「うるさかった?」と聞かれて「全然」と答えるのも芸がないので、 「チョーうるせえ」と言ってみただけ。 それにしても、そう書くとジョジョっぽいな。

ジョジョは読ませねばと思う。実家から送ってもらうべきか。

今日は調べ物と脳内設計で時間が過ぎた。月曜火曜あたりでまたデカいネタ を片づける。

何かと話題の外国人参政権。一回調べて考えてみよう。 何が問題でそういう話になっているのかがわからない。

ビタミンCと重曹とクエン酸が届いたので風呂に入れてみた。 正直よくわからないが、ひつじこによれば湯がやわらかくなったらしいので良しとする。 一回過剰に入れてみるか。あと次から塩も入れよう。

2010年1月28日

プログラミングのやり方は人によって違う。 速度の問題であれば遅いからどうにかしろと言えて楽なのだが、 バグりやすさとか読みやすさとか修得しやすさみたいな事で 評価しようとするとどうしても主観が入りこむので厄介だ。 私は私のやり方が何故そうなのかを説明できるようにしておこう。

窓に断熱シートを貼った。見栄えは悪いがこれでマシになる。

2010年1月27日

帰ってきた。何をしてたかの詳細はひつじこの方を見た方が早い。 ひつじこはリアルタイムに携帯電話で日記を書いていたのである。 ラベル先生は変わらず元気でよく動いていた。 旅館はいい具合だった。風呂も食事も良かった。 見渡す限り雪という風景も懐しいを通り越して新鮮だった。

東京に着いた瞬間に猛烈にくしゃみが出た。やっぱりここの大気は相当ヤバい のではなかろうか。地方に仕事があれば移住すべきなのではないかと 本気で思った。出てくる子に申しわけない。 石原慎太郎のエッセイ本に軽油の脱硫規制基準を欧米並みにして 大気汚染を軽減したいと書かれていたが、是非やってほしい。 年2,3万税金が増えるくらいで済むなら喜んで払う。 早く全部電気になればいいのにと思う。

羽田空港は着々と拡張されている。20年もして成田の闘争を覚えている人が ほぼ消えた頃には成田は形骸化している、という筋書なのだろう。

PC買い換えたら旅行にも持っていけるようになるな。

暇に備えて本を持っていったが、一冊しか読まなかった。 ありがたいことだ。かまってくれてありがとう。

ひつじこは湯治好きである。しかし、それは湯治をする必要があるからであって、 今の生活が体に悪いということの証拠だ。 いろいろ見なおさないといけない。

疑うまでもなく、一番ダメなのはこの東京という土地だ。 しかし、これを今すぐどうにかするのは辛い。 本気でやる気になればできないことはないのだろうが、辛い。

とりあえずすぐどうにかなりそうなところから。風呂。 アトピーの人のサイトを見ると、水道水の塩素が相当なダメージになる ということが書かれている。とりあえずビタミンCを1g入れて中和というのが 定石であるようなので、うちでもやることにした。 あとは重曹、クエン酸、食塩あたりを入れて 温浴効果を高めてみるのもいい。 重曹30、クエン酸15、ビタミンC1、食塩15、という感じであれば、 一回のコストは25円。

食べ物はそう悪くないはずなんだが、ストレスにならないようには気をつけないと。 固形スープは買っておくか。

放置していた窓の下半分への断熱フィルム貼りを明日あたりやる。 だいぶマシになるはずだ。でこぼこしているために両面テープで貼らねばならず、 今まで放置していたのである。

2010年1月23日

ピアノ発表会。緊張で指が使い物にならなかったため、非常に困った。 テンポや演出をその場で変えて対処。一応聞ける代物にはなっただろう。 指の性能による影響が大きい曲なのはわかっていたので ある程度の覚悟はしていたが、これほど指がダメになるとは思わなかった。 脚もダメで繊細なペダリングは不可能。なにせ震えるからな。 まあ、それでもどうにかなって、しかもたぶん一番うまかったと思う。 私、すごいな。2年半前はチェルニー30にすら歯が立たなかったのだから。

幻想即興曲は馬鹿正直に弾くと中間部が恐ろしく退屈だ。 プロの演奏ですら退屈なケースが多い。 ノクターン1,2番と同じくらい退屈だ。どれも名曲ではあるが、 名曲であることと、曲全体として出来がいいことは結構違う。 中間部の退屈さを軽減するには、 二度同じことをやらないようにした上で、 最後の繰り返しは予想の斜め上を行く感じにしたい。 そしてやれることを全部やってもなお退屈なので、 基本的には速度を上げてさっさと通り過ぎた方がいい。 普通の人が退屈さを感じないで済むのは3分くらいであり、 クラシックを聞く覚悟ができている人相手でも5分に収めた方がいいだろう。 10分越えの曲なんてBGMか、あるいは玄人向けのどちらかだと思う。

幻想即興曲はたぶん未完成なんだろうな。 死んでから出てきた楽譜だというのもうなづける。 そのうち直そうと思ってたんだろう。 そのへんはこっちで汲んでやらないとダメだと思う。

みたいなことを考えながら弾いてた。指がダメなので余計に考えざるを得ない。

発表会の類ではいつも思うことだが、 大抵の人は音楽を感じないで弾いている。 たぶん習い事としてやってるうちはダメなんだろう。 趣味としてピアノを弾くための手段として先生を利用するくらいでなくては。 まあたかだか高校生くらいでは仕方ないだろうし、自分もそうだったとは思うのだが。

来年もあるならラヴェルとかラフマニノフとか弾きたいが、 そこまでは無理か。運が良ければ亡き王女のパヴァーヌくらいは弾けるかもしれんが、 あれはあれで退屈だ。

家のピアノのダメさ加減が辛い。 フォルテはいいが、ピアノが出せん。どう考えても鍵盤劣化してるよな。 最近出たカワイのは良さそうだが無理だ。 35万とか、アホかと。すごく給料が増えたら考える。

ボトムズ劇場版。びっくりするくらい中身がないが、 何故か見られる。なんでだろな。相当ダメな気がするんだが。 ところで、CGのロボはいつになったら手書き並みのかっこよさを手に入れられる のだろう。 そもそも一体何が足りなくてダメなんだろうか。 とりあえずアニメーションが全然ダメなのは間違いないのだが、 何をどうすればいいのかはさっぱりわからない。 仮にものすごく精密な物理を入れてマジで計算したとして、 それは自然に見えるのだろうか。おそらく見えまい。 手書き同様に人間の感性をCGに無理なく活かせるようにするためには 何をどうすればいいのだろう。

はなまる幼稚園は辛いな。バカテストは良い。 デュラララはどうしたものかな。これどうする気なんだ。

明日から函館と青森行ってくる。27まで。

2010年1月22日

英語の文書を読んだり、 プログラマでない人になにかしら説明したり、 変な波形を見ながら文章を書いたり、そんな一日。 妙に疲れた。波形を見る仕事はまだしばらく続きそう。

mapってオーダーは速いけど、実際には遅いんだよな。 再帰呼び出しするので絶対インライン化できないし。

2010年1月21日

なんか疲れてるらしく、日記が空いた。

dellの新mini10はカスタマイズがほとんどできず、無線もnにできない。 他社のXPモデルで我慢すべきか。旅行から帰ってきたら 出てる機種を表にして比べてみよう。

vaioSZの発熱が危険。とりあえずGeForce7400でなく915を使うモードに切り換えた。 少しは消費電力が下がるはずだ。気温が上がってくると ヤバいので、windows機の方はあまり待てない。 core iはもうあきらめるから、 せめてキャンペーンをしてくれないものか。 あと、動かしている最中にしょっちゅうHDDが衝撃検知で止まるので、 安全のためにもSSDにしておくべきな気がしてきた。

横井というメーカーの粕酢を買った。1升で2200円。 500mlで600円と考えると高めの玄米酢と同じくらいだが、 半ば送料なのでまとめ買いすればもっと下がる。 この前買ったミツカンの粕酢は相当うまいのだが、何分高い。 そこで別のメーカーのを試してみることにしたのである。 粕酢は普通の純米酢に比べて甘味が強いので砂糖を入れずに 寿司酢にできたりする。 今日はアジを酢漬けにしておいたが、これもうまかった。 サラダにも良さそうだ。

幻想即興曲の完成度が低い。しかし今の指の性能ではこんなもんだろう。 力を抜くほど速く正確に動くことを実感できたことだけでも良しとすべきだ。 発表会のためにあまり労力をかけても仕方ない。

仕事で妙に消耗する。何が問題なのかよくわからない。 単に風邪気味とかいうだけならいいんだが。

2010年1月18日

自分のバグだという可能性がゼロじゃない状況で 他人にバグを報告するのはなかなに勇気がいる。 しかし、どこまでやっても自分のバグでない可能性はゼロには ならないわけで、どこまで調べたところで言うかという問題だ。 実際にはこれが難しい。隣にいる人なら調べが甘めでもいいだろうが、 他の会社の人となればそこそこ調べてからにしないとマズいだろう。 しかし逆に、他の会社の人なら自分の会社の人件費は 消費しない、という悪魔な考え方もある。なるほどモラルハザードだ。 私はそこそこがんばってから報告しよう。 まあ、そこそこがんばってから報告しても、 その報告メールが書き間違いまみれだったりするのだが。

ひつじこの予言通りテレビが見られるようになった。BSとCSもついてきた。 ひつじこの日頃の行いが良いからだろう。

のだめ3-1。バッハはいいなあ。正直、 平均律だけえんえん弾いてても飽きないと思う。 しかしピアノの先生はショパンが大好きっぽく、 放っておくとショパンをやることになるので仕方ない。 嫌いじゃないし練習になるのでかまわないが。 でも早いうちにラヴェルを一曲やりたいところではある。 で、たぶん次はモーツァルト。適当にピアノソナタを一つ。 ああいうペダルでごまかせない曲はもう少しやっておくべきだ。

若いうちに家を買うのが不利になりやすい理由は、大きく分けて二点ある。 頭金が生むはずの利子を失うことと、 未来の収入を当てにすることの危険性だ。 うちは両方耐えられない。なにせ職業が職業だからな。

服はある。十分行ける。たかだか-5度だ。

ソニーの春モデルが出たが、Tはそのままだった。春まで買えない。 他の会社がi5を積んだ11インチ級のを出してくれるのを期待する。

2010年1月17日

会社の福利厚生ポイントを金に変換してきた。 高島屋で商品券を買って金券屋に売る。 ついでにエコポイントでもらった券も処理。 ところで、ああいう福利厚生制度は会社にとってどういう利益になるのだろう。 全員がこうして金に変換するなら金で払っても同じではないのか。 税金の問題か、あるいは使わずに終わる社員の数が多いことを見込んでいるせいか。 もらえるものはもらっておくが、こういう回りくどい制度は好かん。

「ソードアートオンライン」2、3。 そこそこおもろいが、やはり1巻で終わっていた印象。 1巻は「VRなネトゲから出られなくなって、ゲームで死ぬと本当に死ぬ」 という発想からちゃんとおもろくなるところまでふくらませられたのが えらかった。ただ、2巻からは別の面白さとして、 「メインヒロインが別にいるのに他の女が主人公に寄ってくる」 という要素が加わったので、別の楽しみに移った感がある。 これはこれでうまい。

池上彰の本を二冊借りてきた読んだ。おそろしくわかりやすい。 この人の説明がまともかどうかはわからないが、わかりやすいのは確かだ。 わかりやすいことが常に良いとは言えないが、 わかりにくい時は大抵ダメなわけで、 私も人に説明する時は極力わかりやすくしようと思う。

キャベツはあっさり成功した。すでに相当すっぱい。夏なら2日で食えるだろう。 なお、ひつじこが干していた大根は一日でカビが生えた。 捨てるのも忍びないので、青い部分を切り落として塩2%と100mlの酢で漬けて、 後でみりん50mlのアルコールを飛ばして混ぜた。 白いカビもたぶんついているのだが、見た目にわからないので無視。 味もまあ食える。 やはり東京ごときの寒さでは外での乾燥は自殺行為ということか。 もっと薄切りにして広い面積を使って干せばいけるかもしれないが、 手間が割に合わない。 塩の量を抑えるためにも乾燥させた方がいいのは確かだが、 やはり塩で脱水するのがいいだろう。 というか、そもそも大根は家での漬物には向かない気がする。 乳酸菌発酵させるには汁で全体が漬かる必要があるが、 水を足さずにそうするのは困難だ。 発酵まで行かない状態で食うならアリだが、 そうなるとどうしても塩辛く味も単調になるので 何かしら味付けしないといけなくなる。

さわかみファンドの人の本をちらりと読んだら、 「ソフトウェアに転向してがっかりな会社があった」みたいな 記述があった。どこのことなんだかな。 たぶんその会社の株をそれまで持っていたのを全部売ったんだろう。 信頼できる会社の株を安い時に大量に買って 持ち続ける、というやり方をしているらしく、 経営方針が変わったなどで信頼できなくなった場合は全部売ってしまうそうだ。

2010年1月14日

いつまでもデバグ祭。あと微妙な再設計。いいかげん別のことせんとなあ。

楽天証券のアカウントができたのでログインしてみた。 インターフェイスはまともっぽい。 時間が悪かったのか何度か「メンテナンス中」とかいうエラーが出たが、 何かの間違いだろう。 実際にメンテナンス中ならログインする時に言うだろうし。

ひつじこは今日も元気にメシを食う。掃除もしていた。えらい。

根拠はわからんが、 ひつじこによるともうすぐまともにテレビが見られるようになるらしい。 それはそれとして、家賃を払う時にどうなっているのか聞いて来よう。

キャベツは順調だ。大根を食べ終わったらキャベツと行こう。

春モデル発表遅いな。N450なネットブックも日本で発表されたのはわずかだ。 フロンティア神代のネットブックはOSなしが選べたり500GBのHDDが積めたりと かなり良さげなのだが、無線がbとgだけなのが残念だ。 買ってすぐ11nで使えるとは思わないが、そのうちドライバが対応してくれば 使えるようになる、という状態にはしたいので、 ハードウェアそのものは積んでいるものがいい。 まあUSBに差せばいいのは確かだが、差さなくて済むならその方がいいだろう。

2010年1月13日

寝不足の中デバグ祭。昨日調べた奴を直して、 いよいよ一番でかい奴に取りかかった。ハードウェアの仕様がよくわからん状況で バグを調べるのは実にしんどい。 自分がアホなことをしているだけかもしれないと思うと 人に尋ねるのもためらわれるし。

2010年1月12日

キャベツ漬けた。今回は科学的に行きたい。

「処刑電流」読み終えた。死刑は深いな。 wikipediaで「日本の死刑」とかを見ていろいろいらん知識をつけた。 なお、電気椅子はアメリカでも最近廃止されたようである。 結局「異常な刑罰なので憲法違反」ということになったようだ。 ところでエジソンがライバル社のイメージを落とすために導入させた という経緯はどれくらい知られているんだろう。

ひつじこが最近率先してごはんを作る。大変助かるが、 会話のネタが全て食い物だ。人間は生き物としてまだ壊れてはいなかったのだな、 と思って少し感動した。 と言っても、 カピバラの生態とかを見てると人類の出来損ない感を強く味わうわけだが。

丸一日かかってバグの原因を一個つきとめただけ。 なんかダメだ。そして疲れた。

マイナスの数の概念そのものはそれほど難しくない。 物の数に関しては借金の概念が助けになる。 -6×2は6円の借金を2回と考えればそう難しくない。 何か適当な強さを表す数値については0をどこに定めるのも勝手だということが 温度などの例からすぐわかる。 0度を水の融点と定めただけのもので、そこより低い温度にマイナスと つけることに何ら特別な点はないのである。 こちらはかけ算の対象にはならないので注意がいるが、 「逆方向に行けばマイナス」という数直線の概念を理解する入口としては 使えるだろう。 しかし、6×-2を理解するにはそのどちらも助けにならない。 かけ算A×Bを、「Aという数のものがB個ある」と解釈する限り、 二つ目の数にマイナスは使えない。6円の借金が2つ、は理解できるが、 6円が-2個、というのは意味をなさないからである。 この拡張をするにはかけ算の意味をより抽象的なものに拡張せねばならないのだ。

一つの説明としては、 「AをB回足すのがかけ算A×Bだ」、というふうなものが考えられる。 Bはまずは自然数としよう。 そして、Bが0やマイナスの場合に拡張するには、さかのぼってやればいい。 Aが5でBが3なら、1回目に5、2回目に10、3回目に15となって15になるわけだが、 Bが0やマイナスの時には操作を逆転させる。 Bが0の場合は「もう一回足したら5×1になるような数」 を探せば良い。これには5を引けばいいので、5×0=5×1-5と考えられる。 マイナスの場合はこれをくりかえせばいい。 B=-1の場合「もう一回足して5×0になる数」を探せば良く、 5×-1=5×0-5だ。-2ならもう一回さかのぼればいい。 結局A×BでBがマイナスの場合はB回Aを引けばいいことがわかり、 実際に計算できるようになるわけだ。

なお、大抵の子供は「プラス×マイナスはマイナスなんです」 と教えた方がさっさとできるようになるだろう。私もそこを 疑問には思わなかった。 そのへんは様子を見て考える。 特にひっかからないようなら、 後から「5×-2ってどういう意味?」と尋ねて考えさせればそれでいいだろう。

金利を安くして金を借りやすくなったからといって金を使うとは限らない。 そこまでは理解していたが、その先があることがいまさらながらわかった。 金利が安くなると、借金を返すのが楽になって金利が高い状態よりは相対的に金が余る。 余った金で物を買わない場合、余らせておいても仕方ないので株やら何やらを買う。 結果値段が上がる。つまりバブルが起こる。 ここ数週間新興国株の投信がえらく値上がりしているが、これはそうなのかも しれないな。

金を使うのは投票行為なわけで、できるだけいいものを作ってる会社に ちゃんと金を払うべきだと思う。 しかし、無駄遣いはしたくないし、現実問題としてうちらは 金を貯めておかないと後々まずい。 加えて金を使わなくても楽しく生きられる方法を見つける方が 人間として正しいような気が濃厚にしている。 そして、うちらみたいな考え方をする人が増えれば増えるほど景気が悪くなるわけだ。

ウォルフレンの本に、日本は住宅環境を優先的に改善すべきだと書かれていた。 家が広くなれば買ったものをもっと置けるようになるので消費が上向く、 というお話である。そんな単純なもんじゃないだろうと思うが、 結構そうかもしれないとも思った。 社宅などで分不相応に広い家に住んだ人は大抵分不相応な出費を してしまうという話を良く聞く。社宅を出ないといけなくなった場合でも その消費習慣が治らず家計が大変なことになるのだ。 まあそれはダメな話だが、しかし広い家に済むことが消費をもたらすのであれば、 国としてそういう作戦を立てるのはアリなのかもしれないとは思う。 みんながもっとデータを買うようになればそんな必要もないのだろうが。

2010年1月11日

PCがうるさい。寝てるひつじこの横で使うことがためらわれるほどうるさい。

2010年1月10日

バガボンドで武蔵が掌を開いてこちらに向けている絵があるらしい。 そして、その掌を見たひつじこは「これが武蔵の手なわけがない、きっと作者の手だ」 と思ったという。手相が武蔵っぽくなかったのだそうだ。 おもろい子だよ。

カピバラかわいいねー。

アホ新年会。歌舞伎町で中華料理。カエルやらサソリやら何かの脳ミソやらが 出てきた。あと上海ガニも食ったが、食う所がなくなんか損した気分。 確かにカニミソはうまいと思うが。

店の人の声が金朋みたいに高周波だった。 そして日本語が微妙。「カニは男?女?酔っぱらったの?」。 前半はオスとメスで値段が異なるのでどちらかを聞いており、 後半は酒蒸しにするか否かを聞いている。

「少女には向かない職業」。悪くないが、良くもない。 明日には忘れていそう。

「複雑な、あまりに複雑な」。カオスについての一般向け入門書。 宇宙の彼方で一瞬電子一個の力を遮断しただけで 何週間か後の天気が変わってしまうかもしれない、 話は面白かった。10のマイナス100乗であっても、10のプラス100乗を掛ければ 1になる。世界の粒子の数が分子に来ると、分母が相当大きくても なにかしら影響が目に見えるくらいの大きさになってしまうわけだ。 統計的傾向は予測できても、ある時刻にどうかはまずわからない、 というのは面白い。ゲームにならんかなあ。

「処刑電流」。電気椅子誕生物語。まだ途中だが、 大層おもしろい。直流vs交流というシェア争いの中で産まれたものではあるのだが、 それはそれとしてそれまで主流だった処刑手段に問題が多くあったという 背景もあって事態は複雑だったようである。 絞首刑は結構失敗率が高かったようだし、 薬物注射は医療行為に処刑イメージがくっついて医者が困るという 問題がある。何か他のもののイメージを悪くせず、 確実でコストがかからず、かつ罪人が英雄化されたり同情されたりしないよう 淡淡として苦痛も少ない方法が望ましいわけだが、 なかなかそういう方法は見つからなかったのだ。 科学万能の雰囲気の中 新しく出てきた電気という力を処刑に使おうというアイディアが 出るのは必然だったのだろう。

2010年1月9日

グレンラガンの劇場版前半を見た。 さすがだ。これほどの動画はそうそう見られない。堪能した。 ただ、正直中身はまったくもってどうでもいい。 このまま機会が得られず後半が見られなかったとしても、 おそらくまるで気にならないだろう。 もちろんどんな絵を見せてくれるのかは気になるので見たいが。

パロディと言えば、虚淵作品を思い出す。 何か私が知らないものをパロりまくっているであろう虚淵作品を、私は好きだ。 であれば同様にこれも好きになって良さそうなものではある。 虚淵作品の元ネタを私は知らないが、出崎は知っている。 その差にすぎないのだとすれば、それは不公平だ。 元ネタがわからないから気にならないだけ、というのは私の都合だからである。 でも、たぶん私がグレンラガンを好きになれないのは 別にパロディが多いからとかそういうことではないのだと思う。思いたい。

そういえば、トップも好きではない。すごいと思うし、楽しんで見るが、 好きではない。考えてみればトップ2は最後まで見てないな。

なお、ひつじこは序盤で寝ていた。無理もないと思う。 2時間の映画として成立してない。テレビ版をつないだだけで、 明らかにテレビ版を見た人間向けのものだ。私はテレビは見てないので、 おおむね話がどういうものかを知ることができて良かったが、 そんな理由で見ても仕方ない。

ひつじこにはちゃんと成立したものを見せたいがなあ。 ヤマトとかガンダムとかの劇場版を見せたいものだ。 ビデオレンタル屋にでも行けばいいのだが、 金を払ってということになるとひつじこがプレッシャーを感じすぎるので、 できればタダで見られる機会が降って沸くといいなあと思う。

チェルニー40-22終わり。平均律1巻2番プレリュード突入。 この終わり方、たまらん。つうか、これ、イースでパクられてたよな。 ものすごく聞き覚えがある。 なお、幻想即興曲を弾く発表会は23日だが、それまでにはどうにかなりそうである。

そういえば、ゼルダの名前入れる時の曲は幻想即興曲の一部に良く似ている。

マシンがショボいほど音質や和音の響きでは勝負しにくくなるため、 自然と旋律に凝らざるを得なくなる。 昔のゲームでバッハ的な対位法が良く用いられたのはそのせいだろう。 和音も3音しか使えないとなると分散させたり、 鳴らなくても脳内で補完されるであろう音を外したりする工夫が必要になる。 ファミコンの頃は良かった、なんてことを言うつもりはないが、 そっちで勝負する方が好みだ。 音楽なんて、実際に聞いてる時間よりも、その後脳内で鳴ったり口ずさんだりしている 時間の方が長いのである。そう考えれば、結局旋律みたいな 単純なところで勝負した音楽の方が「使える」音楽だとは言えないか。

たぶん、私は相当音楽を聞かない部類に入る。 好んで音楽を聞くのは、自分で弾く時にどういうふうに弾くかを決めるのに 他人を参考にする時くらいだ。だから自分が音楽好きだとは全く思っていないし、 音楽を楽しむ、ということもよくわからない。 ひつじこはちゃんと音楽を楽しめるようで、なにか眩しい。

本がまだ売れているっぽい。別段生活に変化はないので 実感は沸かないが、8刷は相当すごいと言われた。 しかし、1年も経ってるのにこいつが本屋から駆逐されないのは 残念なことだ。いいかげん誰か対抗してくれないだろうか。 この本じゃ救えない、もうちょっと下の層に 結構な人数がいるということはもうわかっているわけで、 誰かがそこを救う本を書くべきだろう。

高校生から大学生にかけての人に、プログラミングって何なの? ということを説明する本。独自のミニ言語でテトリス作るくらいでいい。 テトリスしんどければ倉庫番でもいいや。

ゲームに使う数学の本。クォタニオンやら物理やら をぶちこんだ3Dアクションゲームを作ることを目標において、 それに必要な数学とプログラミングをチクチク学ぶ。

動画と音声の圧縮について。なんかそういうのを使いそうなゲームを でっちあげて、それに必要な動画と音声の圧縮展開を自作する。 数学やら、できたものの組み込みやら全部含めて説明する。 でないと自作する意味がわからんだろうし。 でも、これは今の私には書けない。なにせやったことないし数学もわからん。 mpegってどうやって動いてんだろな。

並列化について。種類が同じ機械同士の並列化として2コアのCPU、 種類が違う機械同士の並列化としてCPUとGPU、という二つを扱い、 できればなにかシンプルな仮想機械上で勉強できるようにする。 やっぱりネタはゲーム。

こういうの誰か書かんかな。

そのうちひつじこから出てくる人にいろいろ教えねばならなくなるわけだが、 教えるというのは実に難しい。相手が子供であればなおさらだ。 たとえば6×-2という計算をどうやって教えるか、と考えると これが恐しく難しい。子供は抽象概念が発達しておらず、 また、抽象化という操作自体にもなじみがない。 であれば、なんらかのリアルな現象と結びつけねばならないわけだが、 6×-2にあたる現象はリアルにはなかなか見つからない。 -2×6にしてしまえば「2円の借金が6つ」と言えて説明できなくもないが、 交換法則が成り立つことを納得させるには別の準備が必要だ。 運が良ければ単に「プラス×マイナス=マイナス」と 覚えて要領よくやっていけるだろうが、そうなるかどうかは運の問題である。 何か一つ納得できないことがあったためにそこで詰まって 落ちこぼれ、みたいなことは結構良く起こるのだ。 また、要領良くやっていけたとしても、それはそれで 根本的なところでわかっていないままになってしまう。 大学に受かった後没落、という例は私も含めて良く見てきたが、 そういう奴等は本当の意味では勉強なんてできていなかったのである。 「いいから覚えろ」「そういうものなんだ」は禁じ手としたい。

つまるところ、私がわかっていないことは教えられないし、 私がわかっているかどうかを知るには一度説明を試みてみなければならない。 そう考えていくと、誰かに教える予定のあるものは 全て説明する文章を書いてみる、というのが良いのかもしれない。 それを本として出版できるなんて思ってはいないが、 しかしwebにそういう文章を置いておくのは自由だ。 それだけの努力をしてもこの子が落ちこぼれずに済む保障はないが、 それでも世界の誰かの役には立つかもしれない。 それで良しとすればいいだろう。

2010年1月8日

マルチスレッド系のバグを直さないといけない状況。あーこれだから嫌なんだ。

CPUとGPUは並列動作する、みたいなのをいい具合に学ぶ方法ってないだろか。 なにかしら教習用のマシンで学ばないとノイズが多すぎる。

2010年1月7日

蒼穹の昴1。これ、どう面白くなるんだろうか。25回も見るんだろうか。

坂の上の雲4。日清戦争。 話の焦点が軍事面になくさっぱり状況がわからない割にはドンパチのシーンはハデで、 なんともピンと来ない。そして、ハデな割にはどこかおかしい。 あと、原作で子規があんな反戦台詞を吐いた記憶はないし、 黄海開戦は勝ち戦なのに損害にばかり目を向けていてまるで負け戦だ。 キャラも秋山兄は意味不明に元気なだけの人だし、 秋山弟はまるで冴えない。 乃木は、原作では「かっこいいけどバカ」という印象だった気がするが、 ドラマでは単に馬鹿軍人だ。 朝鮮を近代化しないと日本がヤバい、という危機感については まるで触れずに、「向こうにすれば開化の押し売りだ」 なんて台詞を森鴎外が言ったりする。 こんなだったか?もう原作も記憶から薄れているので何とも言えないが、 でもこんなじゃなかった気がする。 少なくとも司馬的には「明治の日本はがんばった」「後知恵で戦争は悪とか言うな」 というメッセージが強く出ていた作品のはずであり、 そこを汲むならこういう描き方にはならんだろう。

でもまあ、わからんでもないか。前の戦争のトラウマはまだまだ癒えていないわけで、 日本軍ががんばって勝利、なんて物語をテレビでやるのは無理だろう。 「日清日露戦争は自衛戦争」なんて言おうものならどうなるかわからん。 なんでこんなのドラマ化しようと思ったんだろうな。

ひつじこは怖がって全く見られない状況なので、私も見るのをやめようか。 丁寧に作っていても根本的なところでダメな気がしてならない。

2010年1月6日

そこそこ働いている気もするが、デバグなので進んでない。

2010年1月5日

坂の上の雲3。だいぶドンパチが近づいてきた。 ひつじこは辛そう。妻を置いて戦争に行く夫のシーンとかでボロボロ泣いてた。 経済がでかくなるにつれて戦争しにくい世界になっているので この先戦争に駆り出される公算は低いが、何が起こるかはわからないものだ。 世界平和を祈ろう。そして、明治から昭和にかけてがんばったご先祖さまに 感謝しよう。この幸せは何らかの形で還元せねばなと思う。

3月にGDCに行けることになったのだが、 飛行機が落ちるのでは、みたいな心配をさせるのは申しわけない。 せめて無駄に動いて犯罪に巻きこまれるようなことがないようにしよう。 正直観光とかどうでもいい。 あと金を無駄に使わないようにしっかり食料を持っていくことにする。 あの国で外食するのは難しい。 便の出が悪くなって、さらに風邪をひく。

動画圧縮の勉強をしてみようか。 フーリエ変換って何?みたいな状態からmpeg2並みのものを作る所まで行く過程って 本にしたら売れんかな。素人にとっては空間周波数という言葉の意味を掴むところが すでにして壁なわけで、そういうところをきちんと説明できれば 助かる人はたくさんいると思う。 信号処理の教科書なんていきなり読むの無理だろ。

試しに楽天証券のアカウントを取ってみる。 アカウント取ってみないとわからないことは多いし。

家は50過ぎて子供が出ていった頃に現金で買うわ。中途半端な田舎に。 年収500万を20年保てれば、3000万くらいは溜まっているだろう。 長期的には田舎の住宅価格は下落せざるを得ないので、 2000万くらいあればそこそこのものが買えるはずだ。 20年後の人口は今より1500万人も少ないのだし。 いつまでも家を持ってないと憐れまれるような社会で いられるとも思えんし、他人の目なんて気にするだけ無駄だ。

ノート用のi7やら新しいatomやらが発表されたが、 それを使ったPCはまだあんまり出てこない。dellの新しいのはまだか。

dellのmini10vでもカスタマイズすればubuntuで11nにできることがわかった。 でもそうするといきなりプラス2万で6万とかになる。 dellは標準構成だとべらぼうに安いが、ちょっといじるといきなり高くなるようだ。 この値段だとvaioWとかと変わらない。 しかしubuntuで11nが動くことが保障されるのは大きいよなあ。 出たばかりの機械がFreeBSDでちゃんと動くとはさすがに思えないわけで。

yonah1.66GHzとarrandale1.2GHzって、ちゃんと後者の方が速いんだろうか。 1コアしか動いていなければ2GHzまで上がるらしいが、 2コア動作時で比べねば意味がない。 同クロックで4割も速いとは思えないのだが。

24から27まで新婚旅行代わりに青森に行ってくる。ついでに函館も。

2010年1月4日

免許の住所変更手続きをし、野村証券の住所変更手続きをし、 その後何故か電車でみなとみらいまで行って陳健一麻婆豆腐店。 これは家では作れない。そして中華街をぶらぶらして 山下公園を通って桜木町駅まで歩き、電車で帰ってきた。 やはり10kmくらい歩いたと思う。

坂の上の雲2。うちらはあの時代の人に感謝せねばならないわけだが、 孫世代に感謝されるようなことをできる気はまるでしない。 でもできるだけのことはしよう。ゲーム屋の分際で言っても仕方ないの かもしれないが。

2010年1月3日

年賀状を出しに行ったはずが、気がついたら大師橋を渡って川崎大師にお参りしていた。 人多すぎ。参拝する前までは比較的うまく整列させられていたので 大丈夫だったが、参拝の時にはなんの制御もなく、 人が無秩序に殺到する状態。ひつじこがつぶされてはたまらないので、 ガードしつつ賽銭箱ににじり寄り、参拝後はベクトル場を読みつつ速やかに離脱。 なんであんな人まみれの場所に行ってしまったのかわからないが、 ひつじこが行きたがったのだから仕方ない。 常識的に考えて止めるべきだったのだが、まあいいかと思ってしまったのである。

今日は昨日と違って結構買い食いした。31のチョコミントアイス、 はなまるうどん、磯辺餅、ケバブ。 今日のひつじこは元気に歩き、よく食った。 10kmくらい歩いているはずである。

うちらは相当仲がいい。こんなに仲良くいられる相手を見つけられたことは 幸運以外の何物でもなく、これを維持する努力は怠ってはならない。 そして、なにかしらの形で誰かに返すべきだ。 人の役に立とう。

坂の上の雲のドラマを見た。1話。良く出来ている。 先が楽しみだが、誰かの思惑で歪んでいないかどうかが甚だ心配だ。

「老いるアジア」。2050年の人口予測をベースに世界の様子を予測する本。 今のイメージからは想像しにくいが、 その頃にはフィリピン以外のアジアの国は根こそぎ高齢社会になっているらしい。 出生率は経済成長と同時に下がる、というのが今のところの 経験則で、それを単純に当てはめるとそうなるのだそうだ。 日本は欧米に比べて恐ろしい勢いで高齢化が進んだが、 アジアの他の国の高齢化の進展は日本以上の速度になりそうだと言う。 高齢化に対する準備に使える時間が少なければ少ないほど 対処は難しくなるわけで、ベトナムやタイはよほど うまく政治の舵取りをしないと大変なことになる、と指摘している。

昔社会の時間に、このまま行くと人間が増えすぎてヤバいと習ったが、 どうやら人口爆発の危機は回避されたようだ。 100億くらいで止まるらしい。その頃には1/5がインド人。 人が死ににくくなれば産む数は自然と減り、 農業から工業にシフトするにつれて労働力としての子供という考え方もなくなり、 同時に教育コストや子育ての機会費用が上がって子供を作らなくなる。 夫婦あたり2.1人以上の子供を産まないと人口は増えないわけだが、 今のところどこの国でもある程度金持ちになると1.5くらいまでは 落ちてしまい容易にそこからは上がってこない。 全世界が経済成長してそこまで行ってしまえば、世界の人口は減る運命にある。 本当にそこまで成長するのかどうかがわからないが。

なお、この本は人口のことしか考えていない予測なので、 資源その他の関係で全然違う未来になることはありうる。 これは前書きにちゃんと書いてあった。 しかし、人口という一番わかりやすい要素だけを考えても いろんなことがわかるということはとても面白い。

2010年1月2日

川崎まで歩いていって何もせずに電車で帰ってきた。 正月でおかしくなった体調を戻すためのリハビリ。

今日の前半はうんこが出ることを待つことに費された。 二人して正月食ったものが出るのを待っている状態。

2010年1月1日

ひつじこ実家。これが日本の家庭の正月なのかと思った。 年越し蕎麦を食べ、紅白を見、 元旦から墓参りをして寺で祈祷してもらい、 お屠蘇を年齢順に飲む儀式をし、おせちを用意して食べる。 すごい、これが正月か。 うちにしてもいきなり初日の出を見に行ったりして そこそこ正月気分ではあったのだが、 なんというか無理矢理感は否めなかった。 まあ私はあれでいいんだが。 さて、うちはこれからどういう正月になっていくのだろうな。 それに関してはほぼひつじこが決めることになるのだと思う。

帰ってきてすぐ、二人でアホみたいに黒パンを食った。 繊維その他が足りなかったのだろう。

内田樹と養老孟司の対談本を読んだ。頭いい人は素敵だ。 なんでだ?と問うことが人を賢くするのだなと再確認したので、 もう少しがんばって問いかけてみる。

岩田なんとかのデフレの本を読んだ。基本っぽい。 金が増えれば金の価値が下がるのでインフレになって解決、という立場。 インフレにすればオーケー、という程度に簡単な問題なのであれば、 政府が「これからインフレが起きるまで金を増やし続ける」 と決意表明すればいいはずだ。 デフレなんて空気のせいなわけで、みなが「これからインフレになるのか」 と思えばデフレは続くまい。 しかしそうしないのには何か理由があるのだろう。

この先デフレが続くのかどこかでインフレになるのかは結局わからない。 どっちになってもいいようにしておくだけのことだ。

ウォルフレンという人が日本経済について2002年頃に書いた本を読んでいる。 西洋にある資本主義とは異質な日本の状態を そこそこ認めた上で、もうダメだから直せと言っている。 関税なんてかけなくても日本のいろんなシステムのせいで 輸入品が入ってこない、という洞察は面白かった。 松下製品しか置かない電気屋、とかそういうののせいだ。 政府が「輸入を妨げる法律なんてないっすよ?商品に魅力がないだけでは?」 とか言ってもウソではない。 さて、最近は貿易摩擦とかいう言葉をほとんど聞かなくなったわけだが、 この人は今の状態をどう見ているのだろう。 2008以降に書いた本はないかな。

ひつじこの妹から学資保険ってどうなのと聞かれ、 何も知らなかったので調べた。 保険に関しては、税金の控除がある、保険屋もなにかしら儲けねばならない、 保険である以上何事もなかった場合のリターンは保険でないものに比べて落ちる、 という3点を押さえておけばあとは枝葉末節だと思っていたので 興味もなかったのである。 が、調べてみるとソニー生命の奴はアリかもしれないと思えた。 税なしで年利0.6%というのは、この先金利が上がらないならそう悪くない。 もらう時に税はかかるが、いろいろあってかかる額はわずかだ。 税金の控除ギリギリまでこの手の保険を入れておくのはアリだろう。 もちろんそれ以上のリターンが見込める投資手段 があるならいらないのだが、普通の人には投資なんて概念そのものがないわけで、 あるだけ使ってしまうことを防ぐ強制貯金としての保険、 という使い方には大きな意味がある。

みんなが金を使わないと経済が良くならない。 資源や環境汚染のことを無視すれば、無駄遣いが国を良くする、と言えてしまう。 正直好かん。 価格あたりの資源消費量が少ないものに使うのがせめてもの良心、 という考え方をすれば、ゲームはかなり悪くないと思うが、 時間を費すだけの価値があるゲームでなければ意味がない。

効率の悪さが問題じゃないんだよな、この国は。 教育水準を上げて効率化すれば、生産力がさらに上がる。 しかし、そんなに生産したって消費しきれないのだ。 大量の労働資源をつっこんだものを一瞬で消費するような状況が 望ましいということになり、 100億かけた映画を2時間で見るなんてのは実に理想的ということになる。 豊かになるって、一体どういうことなんだろう。

温暖化なんてウソでも本当でもどちらでもいいのだ。 あれは人類の活動速度を落とすための方便として使うだけでも 十分な価値がある。中国やインドの経済発展を 妨害する嫌がらせだと正直に言ってもいい。 本当かどうかを気にするのは科学的には正しい態度かもしれないが、 気候変動なんていうオーダーのデカい現象に関して何十年のデータを いくら積んでも所詮確率でしか物を言えないのであって、 その道の科学者でもないうちらがああだこうだ言っても大した意味などあるまい。 むしろ大切なのは、資源の使用を抑えるのと抑えないのとで どちらが人類が幸せになるか?という問いだ。 私はがんばって減らした方が幸せになると思うので、 真偽はともかく温暖化しないようにがんばることに賛成である。

リサイクルについても、リサイクルするのとしないので どちらが無駄かということはそこそこ重要ではあるが、 それほど重要でもない。 あんなものは気の持ちようの問題だ。 リサイクルは面倒くさいものであり、 面倒くさいことをやるには何かしらの意識が必要だ。 「もったいない」という意識を持たなくては あんな面倒なことはできないわけで、 逆にそういう意識を持たせるために面倒くさいことを 推奨するというのはアリである。 それが社会的に効率的かどうかは二の次、 という価値観はあってもいい。 人類社会をこれ以上効率的にすることがそもそも善か、 という問いを無視すべきではないだろう。 なので、私は私が許容できる範囲ではリサイクルに協力したい。 物を無駄にしないことが美徳であるような社会の方が私は好ましいと思う。


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