だだもれ

2006年4月30日

弟と上野動物園に行った。本当はカピバラに触れるところに行きたかったのだが、 伊豆シャボテン公園のある伊豆というのが思ったよりも遥かに遠い場所だった というのと、どうも本当に触れるという情報が見つからなかったからである。 触り放題なのは長崎バイオパークだけらしく、 そんな地の果てまでは到底行けないのだ。 で、とりあえず代わりにウサギやらヤギやらに 触れればいいかと思って上野動物園に行った わけだが、びっくりするくらいたくさん人がいて全然触れそうになかった。 というか、家族かカップルしかいないわけで、ものすごい場違いっぷりだった。 まあ少し考えればわかることだったのだろうが。 結果余計に動物を飼いたい欲求が強まっただけで終わった。

ドキュメント北朝鮮を3回とも見た。容赦ない作り。北朝鮮は徹底的に悪扱い。 演出が周到な分だけタチが悪い。 この番組を見て北朝鮮をヤバいと思わないでいるのは相当難しいだろう。 NHKがああいうものを作ったのはやはり政府としての方針の一端なのだろうか。 とか書くとなんか北朝鮮擁護派みたいだな。もちろんそんなことはない。 国として人さらいやらテロやらをやる段階でありえないのだ。 さっさとつぶしちまえばいいのにと私の感情は言っているが、 たぶんそうも行かないのでそこは偉い人に任せる。 あんまり圧力をかけた結果ブチ切れてソウルが火の海になったりしたら さすがに寝覚めが悪すぎるし、日本だってヤバいことになるかもしれないからな。 とは言え、放っておけば核兵器をそのへんの国にバンバン売るようになって 世界としてはもっとヤバいことになりかねないわけで、 放置もやっぱりダメだ。 頼むからなんとかそのへんをうまくやってくれ。 こういう時にどうすればいいのかは私にはわからない。

西の善き魔女2、面白くならない気がしてきた。もういいや。

同じドライブへの移動はリンクの差し換えだけなのでコストがほぼんどゼロだが、 違うドライブへの移動は実際にコピーした後消すのでファイルサイズに比例した コストがかかる。違うドライブへのドラッグアンドドロップは 時間がかかるので、しくじった時のダメージが少ないコピーに、 同じドライブなら戻すのが楽なので移動にしてしまうという windowsの挙動はそう理にかなっていないものでもないと思う。

探偵物語の2話を見た。見事な黄金パターン。そしてスピード感。 ものすごく娯楽だ。しかしまあ、さすがに古臭いわな。 なにせ古いのだから仕方がないが。

彩雲国2。もういいな。路線はわかった。

black lagoon 2。よし、路線はわかった。もういいか。

CBSのアーミッシュの話。 あのアメリカで 電気やら自動車やらの現代技術を一切使わない生活をしている人々で、 そんなけったいな人々が15万人もいるらしい。しかし、最近異常な率で 遺伝病が発生していてヤバイのだそうだ。 タチの悪い遺伝子が近親婚で濃縮されてるんだろう。 先祖が遺伝病の遺伝子を持っていて、 外部の人間と交わらない状態が続けば当然そうなる。 正直、あまり感情が湧いてこない。 自分の子供が障害を持って生まれてきたらと思うと 恐ろしくて仕方ないが、それはそれだ。 私には子供がそういった障害に苦しむかもしれないと わかっていてもなお守らねばならないような信条などない。 彼等をちゃんと理解するには私にもなんらかの経験が必要だろう。

急に脳梗塞で半身の自由と言葉を失った科学者、多田富雄の話。 死んだ祖父も死ぬ前10年くらいはあれに近い状態だったのを 思い出して、何かスイッチが入ったらしい。ちょっと何かがわからなくなった。 私はあんな目にあってもあんなに良く生きようと思えるだろうか。

ウィッチブレイド2。バオー来訪者で育郎を母親にした感じか? とりあえずもういいや。能登だけで見る趣味がある人もいるようだが、私はいい。 コンセプトに文句を言っても仕方ないが、 あの母子がなんか変わり果てた世界でいろいろとがんばって 生きていくだけの話の方が私はいい。

昨日は拳法の帰りにちょっと大目に歩いてみた。 高田馬場から明治通りを通って渋谷でゲーセンを視察して、 青山通りを通って赤坂の宮殿のあたりで北上して四谷に到達、 そこから東へ行って皇居に当たったら北上して九段下、 そこから東へ行って秋葉原、最後に神田まで歩いた。 何キロくらいになるのかわからないが、それなりに疲れた。 4時間くらいは歩いたのではなかろうか。 これに1時間足して34km歩けなければ速歩なんて無理なわけで、 たぶん今の私には相当辛いのだろうな。是非とも出たいものだが。

ウォーキングシューズという奴を買った。大層出来がいいのだが、 歩く用途にしか使えない。爪先が浮くので拳法は無理だ。 しかしそういう靴なのだからそれでいい。 長距離の徒歩での移動には重宝するだろうと思う。 要は、歩行の衝撃を吸収し、それなりに水溜まりに耐え、 多少長目に歩いても豆ができない、という条件だけ満たせばそれでいいのだが、 それがなかなか難しい。 たぶん、今まであまりに適当な靴を買いすぎたのだと思う。 あっと言う間に裏のゴムがはがれたり、 最初はいい感じだったのがだんだん靴の布地が伸びてきてゆるゆるになって しまったり、踵の方の縁がやけに固くて長時間歩くと足首と擦れて血まみれに なることが判明したりと、それはもうロクなものではなかった。 まあもしかしたらこの靴も失敗に終わるかもしれんが、それはちょっと悲しい。 ゲームが2本買えるほどの値段だったのである。 そんな高い靴(というか服含めて)を自分の意思で買うなんて生まれて初めてだ。

自分が関わったものがゲーセンで動いてるのを見るというのは感動的だな。 一方でああすればよかったこうすれば良かったという後悔が 押し寄せても来るのだが、今更言っても仕方あるまい。 次に活かせばいい、というのは金を払ってくれる客のことを考えれば 逃げでしかないのだが、結局うちらにできるのはそれだけだ。 だからそうする。

2006年4月29日

イベントの準備がだいたい終わった。休み中に呼び出されることが ないといいが。

この、ワクワクしながら2chを見る感覚。これがいいのである。 しかしさすがにあまり盛り上がらんな。モノがモノだけに無理もないが。

ホスト部を見た。楽しい。ちと手口がくどいが、それもまあ芸風だろう。

1920x1080とのつきあい方がだんだんわかってきた。 次はもっとうまくやれるし、今回ももう少しどうにかできる。 HDが叫ばれる現在においても、 本当のHD解像度など必要ないという意見は根強く、 実際多くのゲームはそんな解像度で真面目にレンダリングをしてはいないのだが、 それは技術力のある人にこそ許される選択肢だと思う。 私のように経験の浅い人間がそこで最初から妥協すると性能の読みが甘くなるし、 できることの自由度が広がりすぎて収拾がつかなくなる可能性が大きい。 初めてのハードなのだから、最初から最適解を模索するよりも、 適度な制限を設けて限られた範囲でだけ試行錯誤をした方が安全だし ハードウェアに対する知見も深めやすい。 ギリギリを目指さないとは言わないが、目指すにしても 方向性をはっきりさせてから目指した方が効率が良かろう。 どうせ最終的な最適化は帯域やサイクルといった資源の分配に 帰着するのだから、まずはその読みに慣れることに集中すべきだ。 スペックに書かれた数字から実際に何ができるのかを 推測するスキルは今のうちに磨いておかねばな。

私にとって「加算」とはまさに数学的な意味での加算だが、 デザイナにとっての「加算」とはフォトショップにおける加算という 機能によってできる絵のイメージのことである。 この差異をどう埋めるかがデザイナとつきあう上では問題になるわけだ。 加算という言葉を使わない方がいいのではないかと気づいたのは つい最近のことである。「足し算」と言い換えるだけで かなりスムーズに説明ができたのではないかと今さらながら思う。

ハルヒ、本当に迷惑だなこいつ。キョン君も本気であきれてるんだろうが、 本気であきれることと放ってはおけないことは結構両立する。 私にも覚えがあるからな。 まあ過去に私が放っておけなかった理由とキョン君がハルヒを放っておけない 理由はだいぶ違うのだが。 それにしてもまあ、なんと出来の良いことか。

fate16。展開を急ぎ始めたか。セイバーの好感度がジャンプしている。

今日は今日はちょっと渋谷に寄ろう。現場を見ておかねばな。

2006年4月27日

1920x1080は暴力だ。何度目かわからんが、改めてそう思った。 しかしここで逃げたら私は男じゃなくなる。

吉永さんちのガーゴイルを見た。いい。これは楽しい。 そして何よりも、これは良い若本だ。

西の善き魔女を見た。前半は「ふーん」という感じだったが、 後半急に盛り上がってきた。どういう方向の話なのかが気になるので 気が向けばもう少し見よう。

2006年4月26日

祭に向けてバグフィクス大会。大半が自分のバグじゃないのが辛い。 社内ライブラリの更新と社外ライブラリの更新が重なって 何のせいで起こったのかを調べるのが恐ろしく面倒なのである。 まあ一番わけのわからんバグの原因が知れたので良しとしよう。

にしても、そんな祭の数日前にライブラリをごっそり更新してしまうというのは なかなかスリルがある行為だな。

今になってもう完成したものの欠点がどかどか見つかる。 ミップマップが効いてなかった、みたいな簡単なミスが 積もり積もって性能を落としているわけだが、 まあ今更言っても仕方ない。 完璧な状態で出せるゲームなんてありゃしないのだから。 問題は次だな。 自動化できる範囲でデザイン素材をチェックするしくみを作った方がいい気がする。

ハルヒ2話を見た。お美事。あのかったるそうな一人称を こう表現するとは、さすがだ。原作のテイストを活かすことにかけては 右に出る者はいないかもしれない。それはそれとして、 中身が見ていて楽しいかと言えば実はそれほどでもない。 そもそも私はハルヒをうまいとは思いつつもそれほど楽しいとは思わない人なのである。 どうにも悪ふざけ臭と実験臭が混ざった感じで苦手だ。 でもハルヒを放っておけないキョンは好き。 あの一人称は始終言い訳くさいが、そこがかわいいのである。

ブラックラグーンを見た。良く出来てるけど普通。 ただ、これからサラリーマンがどう活躍するのかにはちょっと興味がある。 しかしこれどっかで原作読んだな。もうまるで覚えてないが。

fateを14、15と見た。それなりに盛り上がってきた。 それなシーンが元々何があったのかを強烈に匂わせつついい感じに処理されていた。 悪くない。しかし、やはり遅い。26話では到底片がつくまい。

2006年4月24日

わんこを片づけた。結論。どうしようもなくえろげ。 しかし、コンセプトと都築先生っぽさは良い。 可能な限りリアル犬猫準拠で設定を作っておきつつも、 でも外見は人間で、なんか会話したりする、というあたりの不自然さ加減が なんとも新鮮。「まあ、犬だもんな」と納得したことにする自分を見て 楽しめるようになってくるとかなり楽しい。

古本でドイツの歴史の本を買って読んでいた。今手元にないので 題名はわからないが、どっかの新書。 記述が散漫でいまいち頭に入ってこないのだが、 キリスト教と、 ドイツがヨーロッパのド真ん中にあることが相当に重要であるらしいことがわかった。 また、何百もの小さな国モドキに分割した状態が長く続いたのがドイツの特徴 なのだそうで、「みんなで田舎者」という状態がドイツの哲学や 音楽を生む母体になったのだそうだ。 土着のノリがかなり強く残ったままだったので、 キリスト教化する上での軋轢が大きく、迫害の類もそれだけハデになる、 というのもドイツ的なノリを形成する上では大きい要素だったらしい。 しかし、なにしろ本がつまらないのでよく覚えていない。

西洋のあの割り切り主義は、たぶん文化としては相当 変なんだろう。しかし、それを以って「今の地球がそれに支配されているのが 奇跡的なのだ」などと言うのは無茶な気がする。 なんぼレアでも、一回生まれたが最後、最後には地球を支配してしまうような運命を 持った文化なのではなかろうか。 一旦正しいと承認されればそこにエネルギーを一気に集中できるあのノリは、 他の文化を侵略する際には恐ろしく有利だろう。 なんとなく高麗秘帖を思い出してそんなことを思った。

2006年4月23日

同窓会に出てきた。ほとんど背広。その中にいかにもな普段着で キックミットを持ったまま行った私はたぶん空気を読めてないんだと思う。 でもまあ、キャラが立つしいいだろう。別に堅苦しい雰囲気にしたいわけでも ないだろうしな。で、教わった先生二人に会えた。同期にも会えた。 この心地良い感覚を懐しさと言うのだろうな。 この甘さゆえにこの感覚をできるだけ避けようとしてきたわけだが、 今日少しだけ考えが変わった。この心地良さを前に進む エネルギーに変えることはできる。

終わった後アホんちに行って、鍋の残り物のうどんを食いつつ ダラダラした。これも心地良い。 おまけに前から気になっていた龍勢の無濾過生原酒を味見できたのがうれしかった。 見つけたら買おう。

帰りは品川から歩いた。途中でラーメンを食ったり、公園で休憩しながら 高麗秘帖を読んだりしていた割には2時間程度。どうやら 相当ダラダラ歩いても5km/hくらいは出ているようだ。 それで途中ふと思ったのだが、母校のイベントである 「速歩遠足」に参加するというのはどうか。 勝手に歩くだけならそれほど迷惑もかかるまい。 というか、確かOBが参加してるのを見た気がする。

走るのに使うエネルギーは1分間の1kgあたりで分速(m/m)程度らしい。 わかりやすく時速と時間にすると 時速(km/h)/kg。私が6km/hで1時間歩けば400kcal程度。

高麗秘帖を読み終えた。あまり熱い展開にはならなかった。 キャラも忍者以外はそれほど立ってない。李舜臣も普通にかっこいい人という 範囲は出なかった。歴史物としての側面が優先されているようだし、 そこは仕方ないのだろう。言うならば、山田風太郎度も隆慶一郎度も低い。 しかしまあ、 李舜臣というまるで知らない人についての物語であることがそもそも面白いし、 海女部隊とか忍者暗殺部隊とか、そういうムチャさ加減もそれなりに楽しい。 どちらか言って知識面の満足の方が大きかったかもしれないが。

ああ、石川五衛門朝鮮人説は確かに荒山先生ですね。

李舜臣については調べるといっぱい出てくるが、実際にどういう戦いをしたのかは それほど出てこない。停泊中の船を攻撃したとか、 補給船団を襲ったとか、そういう地味な記述が多いが、 作中のクライマックスである難所での海戦についての記述も確かにある。 そのうち誰かがまとめた本を一冊くらいは読んでみたいものだが。

2006年4月22日

眠くてダルかったところに原因不明の致命的なバグが現れて 数時間の格闘の末に絶望に沈みかけたところで、 あっさりバグでもなんでもない単なるミスだったことが発覚した。 だから今日はほとんど何もしていない。

他のチームの話を聞いた。なるほどと思うことも多かった。 とんちは嫌いなのだが、とんちを全く使わないというわけにも行かない。 できればデザイナにそのへんをやってほしいのだが、 まだそれを許せるほど性能に余剰はないので私がやらざるを得ないのである。 しかし、 まずは近似式を馬鹿正直にぶっこんで、そこからの摂動としてとんちを加えるという のが無難だろう。近似の次数を高める方法と、摂動を加える方法を うまく併用していくのが、一番自然なアプローチであるように思える。 非リアル系の絵であっても同じやり方で行けると踏んではいるが、 やってみないとわからないな。

デザイナを前にして「絵なんてどうでもいい」と言うのに慣れてしまうというのも 人間としてどうかと思うが、まあそれくらいに割り切れたからこそ やってこれたと言えなくもない。 絵作りの話を聞く度に、どうしてもそれにかかる時間や デザイナとのやりとりの労力に思考が行ってしまう。 画質と速度の折り合いがつくところまで持っていくのに かかる時間、それに必要な素材のルールをデザイナに説明する労力、 それらを支援するツールの整備にかかる時間、 一つ新たなテクニックを実装する度にそういう手間が発生するわけで、 どう考えても遅延する。 まして、作ってはみたが重くて使えないなんてことだっていくらでも発生し得る。 スケジュールにその研究期間が折りこまれていない限りはやらない方が無難だろう。 そもそも、私の仕事は絵だけではないからな。

というふうに自分の怠慢を正当化できはするが、やはり人としてダメな気はするな。 言い方ってもんがあるだろうと自分でも思う。 土日で対応できる範囲ならやってやるべきなんだろう。

2006年4月21日

砂沙美なんとかを見た。リアル子供ヴォイスまみれで困った。 あれはあれで悪くないのだろうが、ああも皆がそうだと さすがに疲れる。絵は目の描き方が独特でちょっとかわいい。

昨日は自信がなかったが、今日は違う。行ける。これは行ける。

長いロード時間はトラウマだ。しかし、現実は厳しい。

DVDの速度を1.3MB/s(x1)程度として、さらにファイルを探すのに0.5秒かかるならば、 計10MBで10つのファイルをロードするとすると13秒くらいかかる計算になる。 PS2の記憶から言ってそんなに間違っていない。 これで次世代機クォリティの素材を読みこんだらえらいことになるので なんとかせねばならないわけだが、 そういうことは最初に考えておくべきことで、 開発半ばであわてて考えることではない。いまさらだがへこむ。

2006年4月20日

人に見せる以上はできるだけマシなものにせねばならんと思いつつも、 こんな中間目標のために無駄な作業はしたくないとも思う、この葛藤。 見せる機会を得られることは名誉なことだが、 しかし正直人目に晒して恥ずかしくない レベルにまで持っていく自信は全然ない。 気迫でどうにかなるレベルをはるかに越えている。

姫様なんとかを見た。辛かった。ザ・サードを見た。普通だった。

スケジュール管理をちゃんとやらないプロジェクトはダメになる。 そして、スケジュール管理には責任が伴わないといけない。 要するに、催促することが義務でなくてはならない。 催促する義務を負う人、というのを明確に設けておかないとダメだ。

2006年4月19日

イベントは無事に終わったが、無事すぎて無事でなくなった。 次のイベントがごく近い未来に設定されてしまったため、 これからしばらくヤバい状態になる。 5月のはじめあたりまではかなりヤバそう。 それでも2時越えだけは避けねばな。

xxxHOLiCというのを見た。絵とか、この脱力感とシリアス感の スイッチ具合とかを愛でればいいのだろうか。

ひまわり!というのを見た。普通すぎて返す言葉もない。 あと主役の中の人がヤバげ。

どちらも仕事しながら横目で見ていたのでよくわからない、 というのもあるが。昼休みなんだけどな。それくらいヤバいのである。

アホが土曜に何かやるらしいことをキャッチ。しかし、 丁度さっぱり忘れていた高校の同窓会があるので行けない。 夜合流できればするつもり。どうせその手の会合に私が馴染むとも思えないので、 恩師に挨拶できればそれで目的は達したことになろう。

給料分働いている人に対して、給料分以上に働いている人が不満を 感じるのは仕方ない。仕方ないが、不毛だ。

「彼」から近況報告メールが来た。内容の8割以上が新しい職場を 誉め讃える内容で、つまり間接的な自慢である。一気に気分が悪くなった。

こんな日は犬に触りたいなあ。

2006年4月17日

わんこ。フリーズ。ゲームがフリーズしたのは久しぶりだ。 この手のものだと秋桜が最後だな。 喜ぶか欝陶しがるか知らんが報告しておいた。 修正パッチが出てるのに直ってないということは、 おそらくまだ発見されてないレア物だろうから、再現できんかもな。 機種依存かもしれんし。

考えたらユーザの声なんて2chと知合いのweb日記以外の方法で聞いたことがないな。 いっそユーザサポートでメール受けつけたらいいのにと思ったが、 嫌がらせされても困るし無理か。 サイトにアンケートフォームを用意するくらいはいいと思うんだが、 やらないんだよなあ。今時葉書はどうかと思う。

明日のイベントに備えていろいろ作った。

わんこ、これやっぱおかしい。 これでもかというくらいにそれなものが多発しているわけだが、 何だろう、この自然すぎる不自然な展開は。 ハートフルなのは間違いない。これをハートフルと呼ぶのに邪魔になるのは 常識くらいのもので、この世界を受け入れれば、これはハートフル以外の何物 でもない。しかし、一歩引いて見てみれば、ある意味並大抵の 鬼畜設定よりもよほどイカれているように見える。 今日はそれなりに仕事をしたために頭が物理モードになっており、 そのへんがいつも以上に気になってしまう。 しかし、まあ、それはそれだ。

わんこがとりあえず一回終わった。取ってつけたような不幸が襲うが、 やっぱりハッピーエンド。安心のマンネリズムである。 まったくもってまるで誉めてないわけだが、 ハナッからこれに十兵衛両断のような種類の面白さは期待していないので、 それはいい。しかし、いくらなんでも駆け足すぎやしないだろうか。

本筋には関係ないが、かなちゃんの大人っぷりはありえない。 まあ子供に分別がありすぎるのは都築先生の 作風なので今更どうこう言うつもりはないが、結婚の相談に乗ってくれる 小学生とその飼い猫、という構図は常軌を逸している。さすがと言いたい。

2006年4月16日

次はわんこだが、明日は拳法関係で用事があるのでおあずけ。 というか、本来なら今日も仕事せねばならなかったはずなのだがな。 火曜にそれなり以上に重要なイベントがあるので、 例の重すぎるエフェクトをどうにか改善せねばならないのである。

新人研修が行われている。できる奴には研修などいらないのだし いきなりプロジェクトにぶっこんでしまえばいいわけだが、 皆がそうであるわけではないし、そういう奴を選別するためにもある程度の手順はいる。 私の代は行列やベクタといった3Dに必要な基礎概念すら教わらないまま サンプルコードを与えられて「3Dでマリオを作って」と言われたわけだが、 今考えるとあれは恐ろしく無茶だったように思う。 「なんかできそうだった」と先輩は後になって語ったが、 あの時点で私は自分のプログラミングスキルを示した事はなかったはずだ。 数日放っておいて様子を見るつもりだったのかもしれないが、 もし私ができなかったらそれで貴重な数日が無駄になっていたわけで、 やはり怠慢の詆りは免れまい。 例えば、姿勢を三つの角度で表して回転行列を順に乗算することで 姿勢行列を生成する、という当たり前の手順を私は自力で学ばねばならなかった。 「オイラー角を実装しました」と得意気になって語る私には さすがに先輩も不安を覚えてかもしれないが、 私にとってあれはそれだけの事だったのである。 しかし、本来そんなものはそんな大事であってはならないのではないのか。 あんなものは、中身を理解せずにとりあえず使える状態にして、 後からもっと凝った実装をする時に中身を知ればいいのだ。 RotateXを呼ぶと回る行列ができ、setMatrixしてからDrawすると絵が出る、 とそれだけ教えれば オイラー角とそれに付随する行列やアフィン変換の概念を理解するのにかけた 時間はほとんどゼロで済んだはずなのである。 私は自力で学んだことしか身につかないという信念を今でも持っているから あの放任主義には今も感謝しているが、 自分が他人に物を教える立場になったとしたらとても同じマネはできそうにない。

十兵衛両断を読み終わった。おもろかった。朝鮮が絡んでくることそのものが 変ではあるが、いろいろちゃんとおもしろい。普通に人に薦められる。 それにしても「朝鮮に剣術はなかった」ということが 相当に強調されているのだが、 そんなに主張したくなるような何かがあったのだろうか。

高麗秘帖を読み始めた。これも普通に面白い。 無茶な忍者が出てくるところ以外は案外普通。 今度は舞台が朝鮮なので、十兵衛両断のように「何故朝鮮?」 という疑問は生じようがなく、素直に読める。 李舜臣暗殺に忍者を遅りこむ藤堂高虎と、 無用な朝鮮出兵を早期に失敗に追いこむべく李舜臣を守りたい 小西行長の暗闘がメインで、たまらなく熱い。 それにしても朝鮮はまるで誉められていないな。 個人的に格好いい人は何人か出てくるし、 中でも李舜臣は相当かっこいいのだが、 しかしそれでも全体としては激しくマイナスな印象。 日本側も悪役でさんざん野蛮なマネをしている割に あんまりダメっぽさを感じないのは私が日本びいきだからというだけではないだろう。 一歩間違ったら嫌韓小説扱いされそうである。

にしても、日本人の蛮行はひでえな。こんなだったのか? これはフィクションだが、たぶんこんなだったんだろう。

ところで、群青の後だからかもしれないが、 この時代のこいつらに「日本人」という概念はあったんだろうかと ふと思った。もちろんあからさまに言葉が通じない外国相手に戦争していれば 自分たちの陣営である日本というものを意識せざるを得ないだろうが、 それでもそう簡単に「日本人」というくくりに順応できたとは思えない。 そもそも「日本人」という言葉はどれくらい昔からあったんだろう。

わんこ。「人型の子犬」という言葉が素敵だ。 ありえない。この開き直りっぷりがありえない。

竹鶴、やっぱ好きだわ。冷いままだと私もどうかと思うが、 暖めるとレモネードか?と思うような酸味になんとなく安心する。 変な匂いも最近はしないし。ちなみに、前買ってきた秋鹿も似たような感じだが、 まだノイズが多い。その道の人が「若い」と表現するのはたぶんこれのことだろう。 買ったばかりの竹鶴もそうだった。 神亀もおいしいんだが、独特な匂いがあるのに慣れないのと、 酸味が強いのに慣れすぎて少々物足りない。 ちと趣味が偏っているな。いかんいかん。

そういえば、やけに酒が効くなと思ったら、これ原酒だ。19%もありやがる。 1合で34mlも入ってるじゃないか。そりゃ効くはずだ。 私の限界量近い。 焼酎なんかに手を出す時にはそのへんを気をつけないとマズいな。 知らないうちに19%程度までのエタノール濃度には慣らされてしまっているようなので、 たぶん25%程度の焼酎なら普通に飲めてしまうだろう。

ところで、土曜に高田馬場から新宿まで歩く途中にあったコンビニで セウカン(かっぱえびせんのパチモン)が売られていたので買ってみた。 匂いはまんま。形状もまんま。味もほぼまんまだが、塩味は若干薄いかもしれない。 酒が入っているのでちと怪しいが。 それにしても、よくこれだけ見事にパクったものだと思う。 この菓子の出来そのものはなかなか悪くない。 二つ買ってきたのでもう一つは土産にしよう。

わんこ。ダメだ。こんなもの、ダメになる。ダメにされる。顔が緩みっぱなしだ。 絶対人に見せられねえよこんな状態。この、幸せ兵器め。 実は半端な不幸ラノベよりもよほどシビアな 面もあったりするのだが、それはそれだ。これほどの幸せに私を突き落としたこ の作品に感謝する。

私は動物は好きだが、ちゃんと面倒を見られる自信は全然ない。 むしろ逆で、面倒を見られないという確信なら十分すぎるくらいにある。 昔家で飼っていたどじょうをさんざん放置した上に死なせてしまったという 前科が私にはあって、それがずっと引っかかっているのだ。 人間以外の動物だけでなく、人間に関しても 自分が育てたりするのを想像すると恐くなる。 たぶん徹底的に放置して見ないようにするか、 過剰に愛情を注ぐか、どちらかになってしまいそうな気がして恐くて仕方ない。 その意味では、たまに触れる動物園に行ってなごむくらいが丁度いいのかもしれないが、 淋しいのは事実だ。結婚できたらいいなあと思うのはそのへんもある。 実際のいろいろを考えると一番飼うのが容易な動物は人間なのだ。 人間の場合は「飼う」という言葉は使えないが、 それを言うなら人間以外の動物にだって 飼うという言葉はあまり使いたくない。 しかし、人間以外の場合はどうしても実態は「飼う」という言葉のイメージ そのものになってしまうわけで、 私にはそれも抵抗がある。その意味でも人間は一番望ましい。 動物と一緒に生活したいな。植物はいるが、こいつらは動かないので淋しい。 祖父の形見だし、ちゃんと育ててやろうとは思っているが。 別れが来るとしても相当先の話だし。

「人間以外の動物」というのは科学的な言い方だな。考えてみると。 私が科学的理由だけでそういう言い方をしているかどうかは怪しいが。

思えば天使のしっぽはそのへんで私を直撃したのかもしれんな。 数日前に漫画版が棚から落ちてきて、見てみたらすげえ和んだ。

2006年4月15日

重くてもいいということで作ったエフェクトが、重すぎた。 シェーダの所要サイクル数見積りツールはテクスチャ読みこみが多いと当てにならない。 テクスチャキャッシュの効き具合次第で何倍も時間がかかる。

1920x1080は暴力だ。200万個も点がありやがる。

群青、教官。まだ70%。今回はだいぶハッピーエンドだった。 それにしても思うが、女性の一人称がいい。 僕夏の時も思ったことだし、今回はあれほどの爆発力はないが、 この地味な良さはたまらない。

ところで今気づいたが、 最近の私の語彙の貧弱さは目を覆わんばかりだな。 たまらないと言っておけば済まされると思っている。 プログラミングばかりしているとこういう事になるらしい。 今の私にとっては日本語の能力よりもプログラミングスキルの方が 重要ではあるからかまいやしないのだが、 正直私のプログラミングスキルはもう成長期を終えた感がある。 この後は経験が増えるだけで、何か根本的な変化があるとは思えない。 プログラミングは所詮世界の縮図、あるいはモデル化の一種であり、 それ以上のものではない。世界をシミュレートする、 という発想からしてそうだ。何かあるものを表現する、 いう使い方がすでにその限界を規定している。 個々の分野における知識や経験の問題はあるだろうが、 月単位で戦力になれるだけの学習能力さえ 維持できれば職を失うことはあるまい。 とすれば、ここで問題になるのは、 私がより上の段階へ上がるためにはどうすれば良いか、だ。 そもそも、私にとっての「より上の段階」を 定義せねばならない。このまま会社で便利な人になれば それなりに上へは行けるだろうが、それが「上の段階」なのかどうかは 考える必要がある。次の節目の時にそれを信じられない状態であれば 一度会社を辞めてみよう。

にしても、会社を辞める理由が「ニートになってみたいから」 というのはいくらなんでも人を馬鹿にしすぎだな。

群青、サブキャラ二人。悪くない。

群青、完結編。 ついにこの世界のグローバルな状況が真正面から語られる。 結構良く考えてあって驚いた。 きっかけの部分に無理はあるが、面白い。現在の国家という枠組みが 一時的なものにすぎないという見方は特に目新しいものではないが、 それをこういう形で表現するのは新鮮だ。 完結編はちとヒロイックすぎて浮いている気もするが、 熱い展開は好きだから文句はない。 この少し抑え気味の熱さはオルタの過剰な熱さに比べるとずっとしっくり来る。 最後まで「あーもうわかったから」みたいな気分でマウスのボタンを連打する ような状態にはならなかった。 でもまあ、ラストはちと突き放しすぎな気がして少し淋しい。私は男の子なので。

この若さの描き方がいい。この女性の嫉妬の描き方がいい。 この少年のみっともなさの描き方がいい。 恋愛というものの形を無理に規定しない態度がいい。 その他いろいろあって、総じていい。 なお、最初に一番大きな不満点だった 「ぶっちゃけ関東と関西が戦争という状況に説得力を感じない」 という点は今はだいたい解消されているが、やはりそれでも違和感は残る。 同じかそれ以上に無茶な「図書館が武力を持って体制側と戦闘する」 という設定でもああも描き方がうまいと微塵も違和感など感じないわけで、 何か差があるんだろう。 広げた風呂敷の大きさの割に具体的な人々の動きがローカルで 描写もまた細部に偏りがちであるというアンバランスのせいもあるかもしれない。

つい有川浩と比べてしまう。 男が年に関係なく少年っぽくて、なんか危なっかしくて 放っておけない感じなんだけど、たまにハッとするくらい頼もしい瞬間 があって萌えー、みたいな感じが一番良く似ている。なんかおばさんっぽい。 どんな人が書いてるんだろう。

「昔は長野と新潟で戦争をしていたが、今は同じ国だ。 だから中国や半島もそのうちそうなる」 というのは典型的な「地球市民」の台詞らしいが、 「昔はエジプトからイタリアにかけてぐるりと全部ローマ帝国だったが、今は 何十もの国に分かれている」という例もあるわけで、 世界が統合に向かっていると決めつけるわけにも行かない。 もっとも今の日本は恐ろしく均一に見えるので、 分割される日が来るなんて想像するのは無理だ。 ただ、極めて均質な地域だったと言う朝鮮ですら、無理矢理割ってしばらく経てば ああなるわけで、そういう不幸な出来事があればわからないなとは思う。

2006年4月14日

おもしろくなってきた。仕事の内容がではない。仕事の状況がだ。

彩雲国を見た。普通。いかにもヌルそうなので見ない。

しにがみのバラッドを見終えた。嫌いじゃない。 ただ、突き抜けるものはなかったし、いまひとつ空気が感じられない。 しかしもしかしたら原作にはその空気があるかもしれないので、 一冊くらい読んでみようかと思う。

いぬかみ!は大変なことになっているらしいが、見ない。

2006年4月13日

今さらながらプロジェクト開始宴会。 部長の好感度アップ。むろん私から部長への好感度であって逆は知らん。 あれだけはずかしい台詞を堂々と言ってのけるあたり、 さすがに部長というだけはある。 もう少し力を出してみる気になった。

評価の季節が来た。自己評価には、 従順さに欠けるのでもうすこし従順になろう、と書いた。 これは正直にそう思う。なんでもホイホイ引き受ける便利な人になるのは 気分的に嫌だったが、いちいち文句を垂れる嫌な人になるのはもっと嫌だし、 隣に恐ろしい仕事量を文句一つ言わないでやる人がいるので 文句を言うことが罪悪に感じられるのだ。 なお、給料が上がることは期待しないことにするが、 これで上がらなかったらヤベエだろと思う。つまり期待しているのか。

最適化というものを体系的に理解している人はそう多くないらしい。 だから私くらいのスキルでも随分と便利な存在になる。 しかし、基礎くらいは皆が知っておいて良いのではなかろうか。 最適化に無縁でいられるプログラマはゲーム会社においてはあまり多くない。 餅は餅屋に任せよう、というのは一見妥当な考え方だが、 餅屋を利用するにも餅の良し悪しくらいはわからねばならないし、 常に餅屋が利用できるとは限らないのである。 他のチームに助力を仰ぐのは全く悪いことではないが、 助力を仰ぐ前に確認しておくべき事項というものはやはりあろう。 サポセンに電話する前に電源ケーブルくらいは確認すべきだ。 電源ケーブルを確認する前に裏を開けて回路を調べるような事を せずに済ますためには、やはり「まず電源ケーブルを確認すべきである」 という認識が確実に共有されねばなるまい。 ちとそういう仕事もしてみるか。

ここしばらくいろいろあって、自分ができる人であることを確信した。 自分以上にできる人もたくさんいるが、それはそれとして 私はできる人だと思う。であれば、もっとできる人になってやろう。 傲慢さに足るだけの能力を身につけて、大手をふって傲慢になってやろう。

2006年4月12日

群青二回目。加奈子。これが本番だったか。 いたたまれなさは一回目とは比べ物にならない。 「自分が戦うから君は逃げてくれ」を互いに言い合って、 結局両方引かず、最後は互いに相手が逃げないことを悟りつつ 戦いに赴くのである。 皆はそんな彼等二人を逃がそうとしてくれるが、しかし それが余計に彼等の「逃げるわけには行かない」という思いを強くする。 何もかもが二人を戦争に駆り立てる、この悲しさ。 これほどのやるせなさの前では、もう大きな話がどうとかいうのは どうでもいい。

それにしても、ゴミのように人が死ぬ。 そしてほとんどの場合、死ぬシーンはない。 読者はキャラの台詞で「死んだ」と聞かされるだけだ。 飛行機のパイロットだから、というわけではない。 陸戦で死ぬキャラも同じだ。後ろで爆発音が聞こえるだけである。 だがそれがいい。

何万という学生が銃や戦闘機までを持ち出して まともな軍隊相手に戦争をするというこの世界はいまだによくわからないのだが、 こういうシナリオであれば、そんなのは所詮お膳立てであってどうでもいい、 と言ってしまえる。そういう設定蘊蓄をどうこうするよりは、 こうやって局地的な物語に視点を集中してしまった方が 突き抜けた感じが出るということか。 もしかするとシナリオごとに役割を分担させているのかもしれないな。 若菜シナリオは比較的背景を丁寧に語ることに注力したシナリオなのかもしれない。 若菜シナリオによってある程度雰囲気をつかんでいたからこそ 加奈子シナリオにおいてそのあたりの疑問に邪魔されることなく 物語に入っていけたのだろうか。

なお、CGはまだ54%。もっとやるせない気持ちになるのだろう。

アメリカの北朝鮮取材番組を編集した奴を見た。 ナレーションは極めて断定的で、北朝鮮の異常性を強調している。 無理もない。絵としてあまりにおかしすぎる。

WitchBradeを見た。みんな能登としか言わない。 内容は変身しなければ面白そうだと思った。 あの親子がなんか荒廃した世界で元気に生きて行くだけの話だったら 良かったのにと思う私は少数派だろうか。 変身して変なコスチュームで闘ったりしなくていいと思う。 まあそれがコンセプトなので言っても仕方ないのだが。

群青は、絵は並で、演出はイマイチで、音楽は普通で、 操作性はイマイチ。 一番重要なのは話だとはいえ、 それ以外の要素もショボくていいわけではない。特にプログラムは ちょっとした手間で段違いに操作性が上がったりするので、 もう少し練って欲しかった。 今日気づいたのだが、スキップ中字が出ないのは困る。 そして、そんな状況でも絵のロードのためにマウスカーソルが凍るのが実に不快だ。 入力に対して反応しない時間を極力減らすべし、 というのはゲーム作りの鉄則だと思う。実質意味がなくても、 マウスカーソルがちゃんと動くだけでそれなりに安心するものなのだ。

なお、演出がイマイチというのは、例えば特に場面が切り換わるわけでもないのに 曲が切れたりすることとか。気分がプツンと切れてしまう。 後は負傷して地面に横たわっているキャラの立ち絵が普通に出てしまったりとか。 立ち絵が全般に不足していて状況に合ってなかったりしているのも良くない。

2006年4月11日

群青がとりあえずエンディングを迎えた。 最大の印象は今でも「中途半端」だが、しかし決して 悪くはない。主人公がヒロインに対して「君を一番にはできない」 と言って殺し合いに赴く、この悲痛さは相当にたまらない。 死を前に「これは恋愛じゃなく、ただ死ぬ前に恋愛をしてみたかったんだ」 という奇妙な自覚を持ちつつ共に過ごす二人もたまらない。 これから死にに行く主人公が自暴自棄と高揚感と恐怖と諦観で ゴチャゴチャになっているのもまた、たまらない。 どうしようもなくあっさりしたヒロインの弟の死も、やはりたまらない。 空対空ミサイルが実質回避不可能で撃たれれば死ぬ、 というこのどうしようもないロシアンルーレット感がまたいたたまれなさを誘う。 マブラブオルタのように技倆が決定的な意味を持つ世界でないことが、 どうしようもない無力感をもたらしているのだ。 視点が頻繁に別のキャラに映るのも内面描写の上では悪くない趣向だ。 これは僕夏でも思ったことである。 が、あまりにも大筋の状況が把握できない。 細かい事は過剰なくらい描写されるのだが、 全体的な情勢があまりに断片的にしか語られず、 どうにも欲求不満が溜まる。そこを「味付け」と割り切るにしては、 あまりにも細かい描写が多く、特に負けが決定してからの 戦後処理に関する描写は激しかった。 「戦争中の恋愛」というテーマだと割り切るには設定が前に出すぎているし、 日本における内戦を描くというならばあまりに物足りない。

作者はきっと真面目な人なんだろうと思った。 悪ノリの結果としての設定描写ではない。 必要だろうと思って一生懸命考えた結果なのだろう。 それが裏目に出ている面もある気がするが、それもまたこの人の色なのかもしれない。

なお、CG率は23%である。まだまだこれからだ。 終わってから感想を書くべきだと思いもするが、 感想がどんどん変わっていく様を記録に残すのも悪いことではないと思う。

他のチームを手伝ってみることになった。 もっと広く顔を売らねばな、という打算が主目的なわけだが、 ヤバいという噂を聞く度に 「ああ、うちはまともで良かった」と優越感に浸る自分が嫌になった というのもある。 人の役に立つ、ということが嬉しいことなのかどうかを確めてみたい。

GeForce7800とかはクロック550MHz、ピクセルシェーダ24機とかになる、 はっきり言ってべらぼうなハードウェアだ。 しかし、計算してみると結構簡単に使い切ってしまえる。 1920x1080で60フレームと仮定すると、 1ピクセルあたり100サイクルくらいしか使えない。 平均的に5画面分くらいの描画は行われると考えれば、たった20サイクルだ。 こんなもの今風なエフェクトを適当にぶっこんだらあっと言う間である。

なお、私の脳内はすでに1920x1080がデフォルト。 一回あれを見てしまうともう戻れん。 小さく描画して拡大して張りつけるなんてマネは絶対にできない。 それは私としては負けだと思っている。 むろんこれは私の個人的な意地で、そういう手を使った方が総合的に 良いものになることがあるのも否定はできないが、私はやりたくない。

2006年4月10日

「群青の空を超えて」中。なんかオルタやった直後にこれだと変な気分だ。 みんな戦争したいのか?まあ逆だと考えることにしよう。 戦争が嫌だからこそ、ワクチン代わりにこういうものを必要とするのだ。きっと。 なお、内容についてはまだ何も言わないが、内容以外で一つ不満がある。 データは非同期で読みこめよ。絵が出る度にマウスカーソルごと止まるので 甚だテンポが悪い。マウスカーソルをエンジン内描画する時には 時間のかかる処理は全て非同期にすべきだ。 理想的にはUI制御とエンジン本体を別スレッドにすべきであるし、 ファイルローダもまた別スレッドにして、さらにキャッシュ機能をローダのエンジンに 組みこむべきである。PCゲーならメモリの条件は相当ゆるいはずだ。

5章途中まで。 僕夏の恥ずかしい恋人描写再び。たまらん。しかし、 本筋が邪魔をしてあれほどの恥ずかしさは発揮できない。 そう、今回はあまりに本筋の存在感が大きすぎて 恋愛にかかずりあっているヒマがあまりないのである。 設定はとても真面目に考えられていて大したものだとは思うのだが、 結局男の子分を満たすならマブラブその他の方が手っ取り早いし、 同じ路線では有川浩先生がいるわけで、今のところ何が独自なのかが あまり示されていない。 なので、現状の感想は「悪くないし結構いいが、しかし中途半端」である。 こういう状況に至る理由が中途半端に説明されているのも 居心地が悪い。西日本vs関東で戦争をする、ということを納得させるには、 一切説明せず押し切るか、 あるいはそれなり以上にきちんと説明してしまうかのどちらかしかないだろう。 しかし今の所は、説明がないわけでもないが足りてもいないという微妙な状況なので どうにも欲求不満が溜まる。 しかし、まさかこのままで終わることはあるまい。 一度エンディングを向かえた後にどういう感想になっているか、 楽しみである。

ゲーム機ってメモリ足りないんだよな。 最初からそのマシン用に素材を含めた全てを設計していれば どうにでもなるのだが、他のマシン用作ってしまったものを できる限り流用せよという話になるとどうしても辛い。 ましてその前のマシンが莫大なメモリを積んでいたとなればなおさらだ。 XBOXのメモリ量が時代の割に多いのは、PCゲーの移植を 容易にするためという意味があったのだろう。 しかし、メモリの量を増やすのは堕落だ、という思いが私にもある。 せっかくの計算量はその場でデータを生成するためにあるはずで、 前もって作っておいたものを垂れ流すなんていうのはあまりにもつまらない やり方だ。それにメモリ量が増えたようにはディスクの読みこみ速度は増えていない わけで、このままメモリをフル活用するアプリを作っていれば ロード時間は増加するしかない。ここらでメモリをロードしたものの置き場所でなく、 動的に生成するためのバッファとして使うように変えていく必要がある。

秋葉原でバーチャファイター5のロケテストをやっているのを見かけた。 それそのものに関しての感想は敢えて書かないが、 とにかく計算能力を絵にしか使わないのはもうやめにしたいと改めて思った。

秋葉原から池袋まで歩いてみた。案外近い。 途中洋菓子屋のエスワイルを見つけたので、 今度実家に帰る時に土産にすることにしよう。 母の学生時代の思い出の味らしい。

2006年4月9日

新しいドラえもんをまだ見ていないことをたまに思い出し、 しばらく気になり続けるが、また忘れる。それをもう何回か繰り返している。

最近はいろんなところで顔文字や2ch由来の表現を見るのだが、 意味とか感じとかがわからず困る。2典でも見て勉強すべきか。 ぷげら、の意味も昨日知った。 orzは大変便利なので仕事メモでは多用している。

ニャ電話。家が燃えた話。

噂のハルヒを見た。こんな低クォリティーなものをハイクォリティー に作る京都アニメーションは素敵だが、私は辛くて見られない。 テレビで生で、かつ横に人がいれば普通に見られただろうが。 自分で止めることができるこの環境でこれを最後まで真面目に見るのは 恐ろしく辛い。

ひぐらし。何この適当な絵。適当と漢字で書くのもためらわれるくらい適当だ。 いくらなんでもやりすぎだろう。絵がこれではどうしても表情が記号的になりすぎる。 文章とわずかな絵のみしかなく想像で増幅できる原作に比べると、 絵の表現力が低いことは明らかな不利になるのではないか。 実際レナの急変はあんまりにもあからさまで、 「何かあります」と言わんばかりである。 第一話くらいはもっとマイルドでいいと思うのだが、 冒頭で原作と違って最初に惨劇シーンをかなりまんまな形で やってしまっているので手遅れだし、仮にそれがなかったとしても、 後で振り返って伏線だったことに気付くくらいの地味さにしてしまうと 第一話があまりに内容がないものに見えてしまってどうにもならなくなる。 ところで、やっぱり序盤はうっとうしいな。正直見ていられない。 これは原作でもそうだったので、その意味では移植度が高いとは言えるだろうか。 なお、たぶんもう見ないと思う。 先を知っている状態でこの作品を見られるほど私の心臓は強くないし、 あまりにもどんなシーンになるかが想像できてしまって興味が全く沸かない。

「わんことくらそう」の設定はすごいと思う。どう見ても人間と区別がつかない 犬や猫が、保健所に処理されるというのがすごい。 その処理する光景を想像するだけで気分が悪くなる。 しかし、考えてみれば現実にそのへんで野良犬は処分されているわけで、 その犬の姿を人間の姿に置き換えてみれば同じことだ。 うちらがそういう社会に生きていることを一回認識し直してみろと 言われているように私は感じた。元のコンセプトは悪ノリしたご都合主義な設定 だったかもしれないし、実際エロゲのための設定であることは確かなのだが、 それでもそれがこういう形に料理されているのはちょっとすごいと思う。

NHKスペシャル、ドキュメント北朝鮮。オープニングのコラージュが悪ノリしすぎ でかなり素敵。 ソ連のコントロールを離れて個人崇拝路線を爆走するキムイルソンを追う内容。 最後にソ連のえらい人だった人が「このような人々と関わりを持つと、 こっちが病気になり、傷を受けることになるのです」 と言っていたのが印象的だった。

ノッカラノウムで有名な十兵衛両断を読んでみた。まだ十兵衛両断だけ。 隆慶一郎プラス山田風太郎プラス朝鮮。 石川賢とも言われるが、私は全然読んでないのでよくわからない。 筋は、朝鮮妖術ノッカラノウムでヒョロヒョロもやしな朝鮮人と体を入れ換えられた 柳生十兵衛がいろいろあってニセ柳生十兵衛と対決する話。 それだけでツッコミ所満載だが、出来は思っていたよりまとも。 所々作者がしゃしゃり出ては朝鮮について蘊蓄を垂れたり、 普通ならここらで盛り上げるだろと思うところが あっさりスルーされたりするのが変と言えば変だが、 壁に投げつけたくなるような類のものではなかった。 なにせちゃんとおもしろい。リアルという言葉を忘れて読めば こんなに刺激的なものもそうはない。要するにジャンプだ。 何の前提もなくわけのわからん妖術が自然にまかり通るのも、 いるかどうかもわからん学者(いないそうだ)の 名を出して十兵衛二人説は作者が考えたものではない、 とか言うハッタリ具合も、実に良い。なるほど民明書房とは良く言ったものだ。 ところで、作者は朝鮮に並々ならぬこだわりがあるようだが、 作中の扱いを見るに好きなのか嫌いなのかはよくわからない。

ちなみに、壁に投げつけたくなったのは清涼院流水の本くらいである。 普通つまらないものに関してはは辛くなって途中でやめるか 読み終えてすぐ忘れるかのどちらかだが、 あれの場合は笑いを含んだ怒りがどうしようもなくこみあげて いわゆる「ちょwwwwwwおまwwwww」みたいな状態になっていた。

2ch語、ネトゲ語の表現力はすごいものだなと最近感心することが多い。 (笑)の類は自分で使うのはどうにもためらわれるのだが、 やはりそういうものもうまく使っていく方がいいのだろうなと 思うようになった。

2006年4月8日

まったくもって仕事は1時半までにしたい。

いぬかみ!を見た。辛かった。絵は綺麗だったが、それだけのことだ。

.hack//rootsを見た。真下だった。いきなりうさんくさい人に 「君には資質がある」とか言われるあたりは特に真下。 嫌いじゃないが、たぶんいつも通りなんだろうと思うと情熱は薄れる。 そういえば、歌は始まりも終わりも等しく何かを 凝りすぎていてよくわからないものになっていた。 これもいつも通りかもしれない。

1920x1080でフルスクリーンアンチをかけると、 それはもう別次元の画質になる。一回見てみるといい。 あるいはいずれ私が見せて差し上げよう。 しかしまあ、ゲームの内容とはまるで関係がないことではあるし、 そんなものが映るテレビを持っている奴なんてまずいないのである。

XBOX360でもまだゲームが出るようだ。良かった。 早々に日本撤退とか言われるとさすがに悲しい。 ライバルも順風満帆とは言えない状況なのだから、 せいぜい今のうちに勢力を伸ばしてほしいものだ。

さて、そろそろ最大の埋蔵資源に手をつけねばな。 あれを使ってこそのニューマシンよ。なにせ153.6Gflopsだ。

「わんことくらそう」の体験版をやった。いい。たまらん。 設定が素敵すぎる。あれを犬や猫と言い張る潔さがありえない。

ガラスの艦隊を見た。なにこれ。状況がわからないところで あんまり劇的なことをやられても、「ポカーン」なのだがな。 敵方をバカに描くのは結構だが、そのバカさ加減にあまりに品がない。 銀英伝から一体何年経っていると思っているのだろう。 あと、やっぱり3DCGはモーションこそが重要だ。 この不自然さはなんともいかん。 まあモーションが自然に見える3DCGなど滅多にないのだがな。

宇宙戦艦の挙動なんて大人しく物理をぶっこんだ方が綺麗に動きそうな 気がするんだがなあ。砲の反作用や推進力を適当にモデル化したら それなりに自然に動くんじゃなかろうか。ダメかなあ。 進路をスプラインで与えると、微分方程式を反復的に解きつつ そういう軌道を辿るように力を加える、みたいな制御を書いておけば だいたい予測通り動きそうな気がするんだが、それもやったことがないので 自信を持っては言えない。今回それでカメラを制御しようと思ってたんだが、 結局適当制御でごまかしてしまった。

我々の目に見える物理量は位置、速度、角度、角速度の 4つだが、シミュレーション的な制御を行う際には 力とトルクしか与えられない。例えば完全には予測できない動きをしている ある人の顔が1秒後に画面の中央に来るようにカメラを動かしたい、 と言った時に、どれくらいの力とトルクを加えるべきかというのは 相当に面倒な問題である。カメラが据えつけてある場合には いささか問題が単純になるが、それでも十分面倒くさい。 スポーツゲームでポイントを入れた時とかにいい感じに選手をアップにするとか、 その時のプレイのリプレイをやるとか、そういう 時にこの手の技術が必要になる。 単純に角度をいじれば選手を確実に画面に納めることはできるだろうが、 当然選手の細かな動きに対応して画面がゆれまくるので 非常に不自然になる。移動平均を取るなどの小細工でかなり軽減できるが、 やはり自然とは言い難いものになりがちだ。 もう少し凝ったやり方としてバネダンパモデルでの制御があるが、 パラメータの設定が問題になる。追従性能を上げれば振動するし、 下げれば遅延がきつくなりすぎる。動的にバネダンパパラメータを変更すれば 良いが、それはつまるところ与える力をどう生成するかという問題と 何も変わらず、問題の簡略化にはならない。 結局単純なバネダンパモデルでの制御にしてしまった。 まあそれでもそれなりにどうにかなるんだが。

2階の微分方程式があって、初期条件と力を定義すれば数値積分で なんぼでも未来がわかる。 似たような感じに初期条件とある未来の一点から力を逆算できれば良さそうだが、 それどうやってやるんだろ。一回なにか簡単な例題で試してみねばならんなあ。 人間も似たような演算をしているわけだが、 ぶっちゃけあれは適当に力を出してみてうまくいったパターンを山ほど記録 しているだけなので全然参考にならん。 いや、そのやり方に倣うのもアリではあるが、 それはAI向きだろう。

力の関数形を一次関数とすれば厳密に解けそう。 位置が3次間数になる。三次関数を二点の位置と勾配を与えて定義するって、 それスプラインじゃん。つまりスプラインと同じ計算で力が求まるな。 それを毎フレームくりかえして近づいていけばいいわけか。 しかし、どうだろう。人間そんな制御の仕方してないよなあ。 力って定数関数が時間によって場合分けされる不連続な形を取るんじゃ ないだろうか。2フェイズの定数値があるとして、 その2つの定数値の値とスイッチするタイミングを計算できれば その方が近い気はするが、こっちは厳密に解けるのかわからん。 しかし最悪でも単純な最適化アルゴリズムで扱えそうな気はするな。

ergo proxyとかいうのを見た。眺めていた、に近い。 全然わからん。いや、わからんわけではないが、ぶっちゃけどうでも良い。

何故か松田優作の探偵物語を見た。 実写でルパン、というコンセプトだと思っていいのだろうか。 超頭悪い。ズバットと大差ないくらい頭悪い。 あの頭の悪さは個人のセンスというだけではなく やはり時代の雰囲気というものが大きく影響したのか。 こんなのやってる時代にもう生まれてたんだと思うと複雑な気分である。 さて、私はドラマの類はロクに見ないで育ったし、今も当然見ていないので これと比べて今のものがどうなのかはさっぱりわからない。 まあ今のものがこれほどあからさまにバカバカしいことはないだろうが、 こんなに展開が早いことはないだろうから退屈ではあるかもしれんな。 ああ、すごいものを見てしまった。

ガンパレの21を見た。里美デカイ。なお、私はデカイキャラは好きである。 しかし、こいつのセラムンみたいな格好には耐えられない。 いくらなんでも属性としてやりすぎだ。せめてもっとデザインがまともだったらと思う。 まあいい、根本的につまらない作品につきあうヒマはない。 ちなみに、私は小さいキャラも好きである。ぶっちゃけ何でもいいようだが、 今共通点を探してみて一つ気がついた。 どうも本人が気にしているのがいいらしい。

半分の月がのぼる空後半。予想より若干上を行く嫌な展開になっている。 だんだんイライラしてきて、「死ぬなら死ねよ!」という気分になっては 嫌な気分になるのを繰り返しつつ、見ていた。 そして、最終話で話が普通よりもう一歩奥を問題にしていることに気づいて、 ちょっといいなと思った。そして、その問題に、 えらくさっぱりした答え方をしてくれたのが清々しかった。 モノの出来がいいとは思えんし、どうにもクサすぎるが、嫌いではない。

チボー家の人々、読むか。母が好きな作品で、確か家にあった。 まだあるかどうかは知らんが。

かみちゅを1,2と見直してみたが、あんまりおもろくない。 なんでだろ。たぶん、ダラダラ度が足りないからだ。 あと、たぶんいろんなものがまだフラついているのだと思う。主役の演技とか。

スクランを見ようとして挫折。いいやもう。

しにがみのバラッド。 1話はいきなり人が死んでギョッとしたが、 2,3話とすでに死んだ人の心残りをテーマにした ハートフルストーリーでほっとしたりした。 たぶんこの路線で行くんだろうと思いつつも、 誰か死にやしないかとちょっとドキドキする。 そのへんはともかくとしても、なんかこの青春な感じとか、 キャラがみんな未熟で見ていて酸っぱいところとか、結構たまらん。 悪くないよ。ベタベタだが、悪くない。原作を一冊くらい読んでみるか。

2006年4月7日

仕事は1時半までにしたい。

2006年4月6日

かみちゅのことを「萌えるゲゲゲの鬼太郎」と評している人がいた。 わからんでもないが、でもそれ、言ってみたかっただけだろ。

バレンタインデーには年間のチョコ消費量の1/4が消費されるという話を聞いた。 すげえなそれ。つうか、逆に言えばその程度しか消費されていないということなのか。

かみちゅ見てると、まともに結婚して娘作るのに憧れる。 しかし「おまえを好きになるような変人は そうはいないし、相手が気の毒だ」とまで言われる私にはそんな機会は 巡ってこないのだろう。このまま一人で死ぬのか。 10年前はいざ知らず、今の私は人並にそういう相手を欲していると 自分では思っているのだがな。 高校以降の私にとって、人類の半分が女性だというのはファンタジーの一種でしかない。

かみちゅ16まで見終わった。後ろの方にはダメな話もなく実に幸せであった。 後半では絵で11話、全体的なヌルさで14話を推したい。

2006年4月5日

Fateを見ていた。やっぱり倍速で丁度いいんじゃないのか。 なんともじれったい。

sporeは興味津々。 その壮大すぎるコンセプトをどうゲームにするのか、 あるいはゲームにしないのか、というあたりが。 とは言え、つまるところ私は自分で作ってみたいのだ。 他人がどんなに優れたものを作ってもその意味では満足しないだろうし、 逆に、出来が悪くとも自分で作りさえすればそれなりに満足できそうな気はする。 まあその次の段階として人に配ろうとかいう話になれば また多少話が違っては来るだろうが、それはまた別のことだ。

なお、SimEarthはコンセプト的には近そうだが、 アレが出た時代のハードウェアの性能から類推するに 到底私が求めるものとは思えない。 私が求めるのは本当のシミュレーションによるウソ世界の創造だ。 少しでも多くのものが創発される系を作りたい。 すでにゲームとしての面白さなんてものは二の次になってしまっている。

いいかげん計算能力を絵を綺麗にすることにしか使わないのは終わりにしたい。 もっとも、今の仕事において私が自分の実績を実感できるのは 結果として出ている絵だけなわけで、絵が綺麗と言われればうれしいのは確かだ。

自分で一からエンジンごと作れたらといつも思うわけだが、 自分一人でそんな莫大な作業量をこなせるわけもない。 とすれば、偉くなって人間を使うしかない。 そして、偉くなろうとするならば、上が権限を与えたくなるような 人間になる必要がある。嫌な顔をせずにどんな仕事も やってのけ、本来の仕事以外の雑用も進んで協力し、 対人交渉能力にも優れる、そんな人間にだ。 本当にそうなりたいのかと問われると素直に是とは言えないのだが、 理性的に考えればそういう人間になれるものならなった方が良いに決まっている。

せっかくだからと田中芳樹「春の魔術」を読んだ。ダメだった。 こんなにダメだったっけ。 このどうでも良さはどう表現したらいいんだろう。 電撃文庫から適当に選んで読んだ方がマシな方が気がするくらいダメだった。 確かにこのシリーズの最初の作品にしてもそれほど興奮して読んだ覚えはないし、 実際まるで覚えていないわけだが、しかしそれにしても これほどどうでも良かっただろうか。 キャラはいいと思うんだが、なんだろうなあこの三文芝居感は。

今日一日ビルド待ちみたいな状態だったので、2典とか見て過ごした。ダメ社員。 あとシモンちゃんはすごいと思った。あの手の地方自治体キャラなのに 絵がかなりちゃんとしている。というか、萌えそのもの。 パチンコ屋のイラストがいつのまにかうまくなっているのを見て驚いたのと 似たような感じか。

かしましアニメを見ている。漫画とはテーマが違うらしい。 漫画では優柔不断は必ずしも悪とはされていなかったような気がするが、 アニメの最終話付近ではそれを克服することがストーリーの 主眼に置かれているようだ。 だから、なおさらはずむが単なるヘタレ野郎に見える。 最後の最後までよくもまあこれだけヘタレなものだ。 たぶんあんまりにもいろいろとやりすぎなんだと思う。 漫画のあの無茶苦茶な展開は三角関係の重々しさを吹き飛ばすための 方便にも見えるが、しかしそれはそれでいいと私は思う 単なる三角関係物にするならばはずむが女性化することの意味が薄かろう。 それにしても、この最終回はやりすぎだと思う。しつこい。 脚本にせよ演出にせよ最後に流れる歌にせよ、 最後の最後のシーンにせよ、どうにも好かん。

かみちゅは良い作品だ。いくつかのいらん話を除けば 実にいい感じにかったるい。つうかまあ、何にも増して絵がたまらんな ムーミンみたいで実にかわいい。 笑った顔とか泣いた顔とかが普通の意味ではかわいくないのがいいのである。 特に11話の絵はたまらん。

姉貴が神になるような非常事態に動じない奴が、猫がしゃべる程度で ツッコむのかよ、というツッコミはさておき、なんともまあこの どうでも良さがたまらんな。あとはゆりえ様のヴォイス。 うまい下手なんてどうでも良くなるよこの声。一体何者なんだ。

14話のダルさは凄まじいな。これは最高の話かもしれん。

2006年4月4日

FF12のダメージの式は、おそらく成長に従って増える何かが 二つ乗算してできていると考えられる。 攻撃力×関連能力値に何らかの定数を乗じる、というあたりか。 剣だと末期には攻撃力90×力70で6300、初期では攻撃力13×力23で300だが、 そこから敵の防御力に関係する何かを減じて適当な係数を乗ずれば 確かにそんな感じに見える。 スピード基準の武器が弱いのは、その乗数の片方がたかだか35程度までしか 上がらないことによるのだろう。攻撃力85の弓でスピードが30なら たかだか2550にしかならず、防御力を減ずれば2000は割り込むだろう。 なるほどこれは経験と合致する。 銃は攻撃力の二乗であるらしく、なるほど攻撃力40なら1600というのは なかなかにもっともらしい。では素手はどうか。 攻撃力は通して11であり、変化がない。にも関わらず力80付近で 4000近いダメージが出る。力の二乗をベースに小さめの定数を乗じたもの、 というのが近いだろうか。だとすれば、重装の恩恵を最もダイレクトに受けるのが 素手ということになるが、これは検討してみねばなるまい。

とかいう考察をやっている間にちゃんとしておけばもっと楽に進めただろうに。 いまさら何の役にも立たない。弟に貸してしまったし。 どうもいろんなサイトを見ているとLv50あればクリアできるっぽいのだが、 私はなんだかんだ寄り道している間に70を超えてしまった。 ラスボスが弱く見えるのも道理である。

ドラクエは加算でFFは乗算、というのは古来からの特徴なのだろう。 攻撃回数という概念を取り入れるか否かで分かれたのだろうか。 乗算は成長の効果が劇的であっという間に敵がザコになりがちだが、 それは調整次第だろう。

若本さんには普通にしゃべってほしいと思う。 FF12をやっていてもそう思った。ロイエンタールはあんなにかっこよかったのに。

ライブラリが更新される度に大騒ぎだ。

2006年4月3日

3月中と言われていたものがまだ来ない。予定狂うなあもう。

2006年4月2日

FF12終わり。神を倒しに行ったらザコに瞬殺されてやる気が失せ、 代わりにラスボスを倒しに行ったらあっさり勝てた。 最後に変形して襲ってきた理由がさっぱり理解できない。

うーん。もういいか。やりこむとキリがないし。 65時間もやってたんだし十分だろう。

素手最高。破壊力では若干劣るし、盾も装備できず回避力は ゼロだが、圧倒的な充填速度がそれを補って余りある。 威力も力ベースなので、重装で力さえ上げておけばダガーよりよほど強い。 そして金がかからない。最強ではないが最高、と言ったところか。 まあ序盤からずっと素手というわけには行かないかもしれないし、 普通の意味では片手剣に盾と重装が一番いいだろう。 回避が高めであれば両手剣も破壊力と充填速度で有利。 そして、遠隔攻撃はかなり終盤にならないと手に入らないので、 弓か銃はそれなりに必要。威力は低いが、充填速度と効かない敵がいない ことから弓の方がいいか。

そして、このゲームに魔道師は無用。白魔法は全員がマスターする必要があるが、 黒魔法が役に立つ局面はほとんどない。たいがいのボスは とにかく袋叩きというのが基本である。よって、魔防具も不要。 緑魔法は有効活用すればもっと楽に進めたのだろうが、 なくてもどうにかなってしまった。裏魔法は何に使うのか謎。

ずいぶん効率の悪いプレイをしてしまったな。 後生大事にバルフレアの銃とフランの弓を温存してしまったのは やはり間違いで、さっさと片手剣に切り替えるべきだった。 皆が同じ武器ならお下がりが使えるので効率も良いし。 それにオプション群とミストナックの重要性に気づくのも遅すぎた。

このゲームには全攻撃無効、というとんでもない能力を持ったボスが 結構いて、それが発動している間はひたすら耐え忍ぶしかない。 ドラクエでいう防御みたいなコマンドがないのでひたすら 無駄な攻撃を繰り返す他なく、どうにもストレスが溜まる。

ストーリー、細かいところは悪くないが、大筋はどうでもいいな。 お使いの正当化としてもイマイチだ。

舞乙Hime最終回。サンライズにしか作れんなこれは。ラスボス戦は宇宙空間。 そしてハダカで大気圏突入。楽しく作っているのだろうと信じたい。 私も楽しく作ったのだろうなと思われる作品を作りたいものだ。

秋鹿の精米80%の奴、これうまいな。開けてすぐこんなにうまいとは。 米なんてそんなに削らなくてもいいんじゃないかと思うが、 たぶんこれはいろいろと工夫した末にこういう味になっているんだろう。 米の栽培から気を使ってるとか、そんな感じだろうか。

FF12、ハンディボムとかハンマーとか斧とか、そういうのはほとんど使わなかったな。 正直ハンマーの類はダメージが安定しなさすぎて使いにくい。 ボス戦なら統計的振舞以外は問題にならないのでいいが、 ザコ戦で使いにくいのは致命的だ。それに、平均値を取ってみると 攻撃力分の働きをしていない気がする。

fateを見ている。1クールかけてライダー1人が片づいただけ、 というのはいかにも遅い。 もっと脳から汁が出るようなスピード感を期待したいのだが、 私だけか。 確かに、センスがいいと言われるものに進行が遅いものが多いのは 事実ではあるかもしれないが、 だからといって遅くなければセンスがないなどということはないと思う。

地球大進化5。恐竜はスルーなのな、このシリーズ。 隕石で全滅、の一言で終わり。 霊長類繁栄の秘密が視力にあったというのがこの番組のテーマ。 毎度「へー」という感じだ。 恐竜が滅びた後はしばらく鳥類の時代だったらしい。丁度チョコボみたいなのが 地球の支配者だったそうだ。 隕石衝突後の地球は気候が悪く、恐竜は毛を生やして生き残ったのだろうか。 北極付近にマグマが吹き上がり、メタンハイドレートが大爆発し、 一気に温暖化して、広葉樹が巨大化して重なり合い、哺乳類は木から降りずに 隣の木に移動できるようになり、その移動を助けるために 立体視が可能になるよう目が正面に移動、寒冷化して しんどくなるにつれてさらに視力を上げる工夫をし、 視力が上がったことによって表情筋を発達させる意味が生じ、 このことが社会的なふるまいを複雑化させた。 すごいストーリー。

そうか、犬には表情が意味を持つほどの視力がないのか。 うちらにはわからんだけで奴等にも表情があるんだろうと思っていたが、 そういうものでもないらしい。 しかしまあ、犬も怒ると歯を剥いているので、 たぶんそれくらいは見えるんだろうな。 ところで、動物のお医者さんに出てくる動物はびっくりするくらい写実的で 表情なんてかけらもないわけだが、そこは変な台詞もどきが補助となって 読者が自分で補完している。並の漫画なら表情をつけてしまうだろうに。 その点であの漫画はすごいと今更思った。 まあそれはBS漫画夜話で言ってたことなのだが。

そうか、白目が他の動物にはないのは、白目があると不利だからなのか。 いや、逆に言えば、人間は白目があっても不利ではない動物なのだ。 格闘する上では白目があるとどこを見ているかわかるので不利なのだと言う。 なるほどそれは確かにそうだ。 そして、うちらがその白目をちゃんと利用しているということがまたすごい。 しかしまあ、「馬って白目あると不利なのか?」 と考えてみるとよくわからないので、それほど単純なことではないんだろうが。

5500万年前は南極も亜熱帯だったらしい。驚いた。 緯度は変わらず南極にあったにも関わらず、 海流一つでそれほど温暖な気候だったというのはなんとも不思議なことである。 南アメリカとオーストラリアがくっついていたので 熱帯の海流が直撃して今のヨーロッパと同じように温暖だったのだそうだ。 それが切れてしまったために孤立してしまい、 ものすごい勢いで冷えていったという。そのために 地球全体が冷された、というあたりがよくわからんが。まあそうなんだろう。

地球シミュレータ的なものをもっとヌルくして、何かゲームにできないかな。 いや、もはやゲームがどうとかそういうのはいい。 適当な初期条件でシミュレータを起動して、 しばらく経ってどうなってるか見るだけできっと楽しい。 ゲームという概念はもう私にとっては大して魅力的なものではないのだ。 しかし、それをいい感じに味付けしたら、 きっと他の人も私と同じように楽しさを見出してくれるのではなかろうか。

アフリカが砂漠なのって、ヒマラヤのせいなのかよ。すげえ。 こういうの見てると、地球温暖化なんて言っても地球スケールでは 大したことがない気がしてくる。 しかし、その大したことないことでも人間を数十億人殺すには十分であり、 「まあ良くあることだし」で済ませるのは辛い。

そうか、欧米人の鼻がデカいのは、中で空気を暖めるためなのか。 考えたこともなかった。そういう疑問を抱けること自体が素晴らしいことだと思う。 その仮説が正しいかどうかはこの際どうでもいいのだ。

かなり感動した。「それほど出来いいか?」と聞かれたが、 別に出来がいいから感動するわけではない。 ぶっちゃけ私にヒットしたということである。 出来の良さ、などというものは究極的には大したことではないのだ、 ということは物を作る人間であれば知っていていいことだろう。 その上でなお出来の良さを追求することにロマンがある。

新しい目標に向かって努力するには、努力が自動的に行われるように 環境を変えればいい。これは今まで生きてきてわかった努力するためのコツだ。 もちろん、変わった環境に適応しようとする力が自分から 失われないという確信がなければならないが、 逆に言えばそれさえあればだいたいどうにかなる。 もっとも、これでどうにかならなかったことが私の欠点として蓄積されているわけで、 全てにおいてうまく行くわけではない。 例えば私の思考は秒あるいは分単位での判断を要求される事には全く向いていない。 それは、意思の力によって切り拓くことを避け、 環境からの圧力によって自分を変化させるという迂遠な方法を取ったことと おそらく無縁ではなかろう。私は逃避の結果としてそれなりに自慢できる 能力を手に入れたが、それは最低でも月単位での時間の中でしか 価値を発揮できないものばかりだ。もしこの点を改善しようと思えば 根本的に何かを変える必要がある。できるだろうか。

2006年4月1日

Lv65。モブ消化中。Sランク突入。本筋進めるよりよほど面白い。

ゲームエンジン設計レベルで最適化しないと 総合性能で劣るハードウェアからの移植すら満足にできないという現実。 メインのCPUがショボいとどうしてもそういうことになるわけだが、 これからの時代はメインのCPU一個の性能はショボいのが 当たり前になると思われるので、ここらで そういう設計にシフトしておかねばならない。

メインCPUがショボい場合に必要なのはゲームループそのもののアンローリングだ。 このレベルでのアンローリングはスレッド分割を必然的に伴う。 各スレッド、メモリ(DMA)、GPUが全て並列に無駄なく 回るような設計を考えないといけない。 現状ゲームの処理の大半は絵を描くことに費され、 性能が問題になるのは絵に関してであることが多いから、 最優先はGPUとなる。GPUができること以上に絵は描けないからだ。 仮にCPUがたくさんあってそれで絵も描けるとしても、 餅は餅屋にやらせるのが基本方針であることに変わりはない。 GPUを効率的に使うためには、GPUには常に何かをさせておく必要がある。 GPUに常に何かをさせるためには、GPUに命令を投げるスレッドは GPUに命令を投げる以外のことをすべきではないし、 また、全時間に渡ってアクティブである必要がある。 GPUに命令を投げるスレッドにそれ以外のことをさせないためには、 GPUに投げる命令リストを作る作業はそれとは別のスレッドに する必要がある。

うわー絶望的な作業量だ。実装は3日でできるだろうが、デバグはその10倍はかかる。

携帯電話をなくした。 まあいいか、もう機種変更したかったし、 と思って秋葉原に行ってから、身分証明書を持っていないことに気づいて 帰ってきて、トイレに入ったら、そこになくした電話があった。 携帯電話に電話しても音がしなかったので家にはないと思っていたのだが、 どうやらトイレの中で聞こえなかったかららしい。

オレ、頭悪いなあ。すまん。

よみがえる空を最後まで見た。地味でいい感じ。能登の人が なんのために出てきているのかよくわからないが、それもまあいい。

fateを8,9と見た。なんでこんなにつまらないんだろう。 とりあえずこのかったるさはどうにかならないのだろうか。 脚本がとにかくかったるい。 もしかすると原作からしてあんなだったかもしれないが、 だからといってそのままでいいということにはなるまい。

マリみて新刊。いつも以上に盛り上がらない、まさに惰性の一冊。 しかし、かすかにいい感じのシーンがそれなりにあって、 ほどよく幸せになれる。すなわち惰性。


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