小学校の避難訓練は、児童の避難場所への移動時間を短縮させるために自発的に避難している気持ちを持たせることが必要だ。ただし、本当に自発的に避難させると安全な経路・行動を取らない可能性があるので、先生方による安全確実な誘導(児童を脅さない、叱らない、押さえつけない、引きずらない)が必須になる。つまり、教職員の誘導訓練とも言える。
学校は、オトモに避難訓練を事前に伝えないことを選択した。それは先生が、何も知らないオトモを安全確実に避難場所に誘導する実地訓練を選択したことになる。避難時に何も知らないオトモがパニックを起こさずに、安全迅速に避難するために、事前に支援の検討が必要である。
訓練前に教職員間で、子供たちに対してどんな働きかけをし、どんな行動をとるかを共有し、問題行動を未然に防ぐことに注視する。訓練後は結果を踏まえ、行動の修正を図り、災害時に備える。
避難訓練前後に上記のような取り組みが必要と思われる。また、避難訓練当日に必ず欠席する児童がいるくらい大きな音のサイレンを鳴らすことについて、実際の災害時の安全を学校が放棄しているといえる。サイレンの種類の検討をしてはどうだろうか。
連日プリン。卵の消費のつもりだけど、砂糖の大量摂取になっている。
いやあ、大変。どうしても1ヶ月前の教頭の暴言を思い出す。メンタルを引きずらないように、思い出した瞬間に断ち切らなくては。
まあ、オトモは元気に毎日学校の吹きさらしの下駄箱に通って本を読んでは勉強しているし、問題はないんだ。
遠足を見送って、誰もいない教室を使わせてもらったら、暖房がないのにめちゃくちゃ暖かかった!!!!10年に1度の大寒波と言われて午後になっても池の水が凍っている日だったのに、暖房のない教室の暖かさ(たぶん、普通の人にとっては寒いはずだか)にオトモと溶けた。勉強も音読も捗った。
遠足は、図工で作った凧を上げに行くのだったのだが、先生に誘われたときに「ぼくは行かない」といったのだが、本当は行きたかったらしく、帰りに遠足帰りの児童と会った時、「ぼくはこれから行きます」と告げたあと、家に着いたときに「ぼくは、もういっしょに行くときは無いの?」泣いた。うーん。遠足みたいなものを視覚支援なしで口頭で説明しても、オトモはイメージできずに断りがちなんだよなー。
涙で出た鼻水を思いっきりかんでから、凧を手にしてもう一度学校に戻り、先生たちに凧の絵を説明しながら見せて、ひと飛ばしして帰ってきた。納得した模様。オトモは凧にモンスターを描いた。凧を飛ばすために駆け出すと当たり前だけどモンスターが延々と追いかけてくるからすごく面白い。
抜き打ち防災訓練の実施日がわからなくて、ちょっと困るなーと思っていたら、補助員さんがこっそり近づいて教えてくれた。ありがたい。この間は、時計の勉強をしていたら普通級の先生がこっそり算数セットの時計を貸してくれた。ちょいちょい優しくしてくれる先生たちがいる。
教室、あったかかったから、ああいう部屋が本当にほしい。空き教室はないんだろうか。会議室はそんなに毎日つかっているのだろうか。先生たちは「自分のクラスの教室があるじゃないか、そこに行けばいい」と本気で思っているからな。
ヨーグルトに緑レーズンとドライアプリコット。すごい美味しい!
読み聞かせは楽しい。シノンのクラスは、大人っぽい斜に構えた女子たちと、1ページずつツッコまずには居られない幼い男子との差がものすごいので、男女共に楽しんでもらえるような本を選ぶのに結構悩んだ。
学校の中にある「ことばの教室」と呼ばれる通級指導教室の先生と世間話みたいに少しお話させていただいた。その先生がプロだなぁと思ったのは、「長年研究している大学教授でも、書字障害が視野の歪みか、形の認知のズレか、記憶の問題か、手先の不器用さか、それ以外なのかと、どこからくる問題なのかを分析して適切な訓練を判断するのは難しいんです」といい切った所。
例えばっていうか、「お母さん、不安になるのもわかりますが、我々はきちんとしっかりお子さんを教育します!配慮します!」と目を見て諭されるように言われた時より、分からない、難しいとはっきりと言ってもらえる方が安心する。絶望なんだけど希望なんだよね。
昨日のオトモはお友達と一緒に鶴岡八幡宮に遊びに行ったんだけど、お友達と過ごしているとき、「ねえ、〇〇くん。もしかして、鳩、きらいなの?」と本人に尋ねた。その子が「うん」と答えたら、「じゃあ、こうしたらいいよ」と地団駄を踏むように教えた。すごい。そんな観察とコミュニケーションをとるとは。
他にも、その子が転んだときに側に寄り添って頭を撫でて上げたり、なんか、だいぶ色々成長しているんだなぁと感じる一日だった。
昨日も下駄箱で勉強をしていたら、交流級と支援級の先生がやってきて図工の説明をした。オトモは提示された見本の作品を見ながら「ぼくはオリジナルにするよ」と言って参加を表明したが、この言葉では先生には伝わらない。私が「いいよ。これみたいに作らなくても、オリジナルを作っていいよ。材料がクラスにあるから取りに行こう」と補足して、オトモをクラスに促した。
そのあとは、私とオトモで、材料を先生から貰うために子供たちの列に並んだり、黒板の説明を読んだりしながら、どんな作品を作るかを話し合って作り上げた。
先生と会話が通じることはなかったが、通訳に私が入れば、その場にいて作品を仕上げるまでは教室にいることができた。
先生が「必ず帰りに挨拶をして下さい」というのを真面目に守ろうとしていたが、それによって、先生にオトモが邪魔だと思われるだけに留まらず、管理職に「子供には優先順位があるんで、お子さんは後回しになるのは当然です」と諭されたりして、結局挨拶を無視をされている現状。そんなことを言われてまで挨拶をするタイミングを気をつかって待つことが馬鹿馬鹿しく感じ、挨拶をせずに教室を出たが、(たぶん、先生にも)オトモにもストレスがかからなかった。
鎌倉の良いところは、どんなお店でも接客が物凄く良いところ。スーパーのレジでもパートで入っている女性達は、(前職は物凄く高いサービスを求められるような職種だったのでは?)と感じさせる丁寧な接客なので、どこに行ってもストレスがなくて気持ちが良い。私は接客の才能が全く無いので、本当に凄いと思うし尊敬する。
なんか、そういえばぼんやりとしか覚えていないけど。オトモをお店に連れて行くのが本当に大変な時、近所のスーパーのレジの人の温かい声掛けに泣かされたことがあったなぁ。
サイゼリアに行くと、フロアにプロのスタッフがいる。客の捌き方のレベルが場違いに高くて目が離せない。昼時の混んでいる時にシノンとオトモを連れて行ったのだけど、シノンがドキドキしながら「後から2人来ます!」と行った言葉もきちんと聞き取り、混んでいるからと帰る一人客を追いかけて案内したり、待ち時間が長かった客にクッショントークで笑顔にしたりと大活躍だった。サイゼリアが求める接客サービスの5倍位上をいっていた。
鎌倉のお店って、どこもそういうところがあるよね。特にサイゼリアはすごい。そんな人が平日昼シフトに2人いるから、オトモを連れて行っても安心だし、私もリラックスできるから好き。
なんか、やっと分かってきた。色々と教育業界は限界なのだな。幼稚園も小学校も、本当にだめだ。私は自分が教育業界に居たから、つい希望を持ってしまったが、やっと分かってきた。わかるまでに相当傷ついてしまった。もう、何度でも日記に書いて気持ちを昇華するしかない。簡単に癒えるとは思えない。
文科省が示す合理的配慮やインクルーシブの考え方は保護者に浸透しているし、教育委員会が行う入学前の説明会でも支援級は個別の配慮や支援教育があると説明されるので、そういうものだと思って入学した。でも、子供が入学したところはそうではなかった。
入学2日目に保護者に向かって「最初に子どもと仲良くするとあとで付け上がるので、好きにはさせません」と自信を持って説明する時点で、いや2月の見学会で先生が強引にオトモの背中を押して手を引っぱり、オトモが「ぼくはもう学校には来ません!」と宣言した時点で諦めるべきだった。
オトモは入学2日で学校の先生に対して見切りをつけて、教室には一切入らなくなったのだけど、学校に行くのは好きなので毎日通っている。下駄箱で私が作ったカリキュラムで一緒に勉強をしているので、公教育は受けていない状態。場所だけレンタル。
3学期になっても学校の体制は相変わらずだし、それ以上に本当に信じられないような色々なことがあったから、オトモが受けられる教育を小学校では提供しないことをいい加減受け入れる。
「避難訓練中にお子さんを他の子に見られると困るので、開始前に見つからないように隠れて下さい」と言われたことについて、過去は蒸し返すなと教頭が言った。その件について話し合いをしたことがなくても済んだことなのか。運動会で児童席に居たオトモに「母親がいるから保護者席に出ていって」と言ったことも何も話し合ってないが過去だから言うなと。
「私達は専門の教育は受けていませんから自閉の扱いはわかりません」と「私達はしっかり研修をしています」を一つの話し合い中に言って、「あなたのお子さんに教師が対応すると、他の子に迷惑がかかるんです、対応する子どもには優先順位があるんです」「公立の小学校ではなく高い学費を払って私学に移られてはどうですか?」と言うのはアドバイスなのか。
そう言った後で、「お子さんのことは可哀想だと、先生たちがみんな話しています。」と言ったが、毎日学校の下駄箱に楽しく通って母親と勉強をしているオトモを見て、先生たちは可哀想だと思っているのか?子どもが近寄ると「そっち行かない!」と注意をして遠ざけ、目を背ける先生たちが職員室でわざわざそんなことを話すのか?
子どもを脅すか物理的に大きな体で押さえつけることしか教育の手段がない。言葉かけの初歩的な方法論を話したら「あなたは、子どもを怒ったことはないんですか?」と言う。先生は信じられないだろうけど、ないよ。人の行動をコントロールするために脅したり怒ったりしないよ。
今の時代にこんな先生達がいることが信じられない。氷河期の採用の少ない時期に教員採用試験に受かった数少ない先生なのだろうに。色々な試験に受かりまくって、今この立場にいるのだろうに。
専門家に会う機会があって、相談したら諦めろとあっさり言われた。まあ、そうなんだろう。本当にどうしようもないが、そうなんだろう。教育って楽しいのにな。子どもに学ぶことの喜びや感動を提供するのって本当に楽しいんだけどな。クラスを楽しい雰囲気に保つのって面白いんだけどな。一人ひとりを見ていると伝わるような眼差しで教壇に立つのって楽しいんだけどな。
集団教育は、取り残されたと思う子がいない状態を維持するためにあらゆる工夫をやり続けていくのが醍醐味なんだけどな。楽しい学校を作るのが仕事なんだけどな。先生たちはどう思って仕事をしているんだろう。楽しい仕事なのに、楽しく仕事をしていないのが本当にもったいないよ。
そんなわけで先生は、オトモを教育する余裕がない。「オトモを見ると他の子を見られなくなって困る」「子どもをみる優先順位がある」「自閉の子はわからない」「私学に移っては」「可哀想な子だと話している」とまでいう学校の先生が、オトモに楽しく学ばせられるとは思えない。
オトモが通いたくないというのなら、私は絶対に行かないが、オトモが学校が好きなので、仕方がない。オトモにとっての最善の利益を考えると、今のまま場所だけ借りて、私が教育するのが一番良いのだろう。先生たちに関わると、オトモを守れない。
私は学校に希望を持っているので、つい児童が先生に酷い扱いを受けているのを見てしまうと憤って行動に移したくなるが、私は今の立場は保護者だし、オトモの利益を犠牲にしてまで行動に出ることはできない。他の子への体罰を見ても何もいうまい。
とにかく場所だけ借りている気持ちでいよう。先生にひどい扱いをされても、今まで通り、それをオトモが気がつかないように全力で守ろう。
オトモは毎日学校に楽しそうに通っていて偉いな。
毎日オトモは8時半から11時過ぎまでドアが開けっ放しの下駄箱で勉強しているのでとにかく寒くて仕方がないのだけど、今日支援級の担任に「個別教室は空いているよ。どうして行かないの?」と聞かれた時、「(支援級の個別)教室は狭いから嫌」とはっきり理由を説明したから、あの教室には当分行かないだろう。
交流級は、インターン?がオトモの席に座っていたことでパニックになって以降、全く近づこうとしない。もう交流級は自分のクラスだと思っていない様子。こういう傷ついた出来事は、理由を話すのに1年はかかるので、今年度は無理かなと思っている。でもいつオトモの気持ちが変わるのかは予測できないので今から準備は必要。
実際、教室に入ったとき、教員の指導法が脅しを用いた話し方だったりすると居られないので、定着は無理だと思っている。でも、たまになんとなく席に座る機会があるのは良いとは思うし、そういう機会があった時は、傷つかず良い体験を積み重ねられたら良いと思っているので、事前に先生方と話し合っておいた方が良い。
とりあえず、支援級、交流級共に、もしオトモが教室に行ったときに、無視はしないでほしいこと、驚かないでほしいこと、笑顔で迎えてほしいこと、教室に来たことは褒めないで自然に迎え入れてほしいことは伝えておきたい。具体的に言うと、「教室に来れて偉いねー!」はNGで、「わー!来てくれて嬉しいよ!座って。」はOKなんだけど、この違いを理解できるだろうか。
いつから日記が止まっていたんだろう。まあ、12月〜1月初めは色々あった。
えええ。みかん狩り前から日記が止まっていた。びっくり。
あっさり思い出したことをメモしておこう。本気で思い出すと病む。
みかん狩りは結構よかった。オトモが去年のみかん狩りを鮮明に覚えていて、「僕は電車が怖いんだ。帰りの電車が動かなくて夜になったのが怖くて嫌だったから行かない」と言い出したので、「この前は電車が止まっちゃったけど今度は大丈夫だよ、色々と準備していくから大丈夫」と伝えたら怖がらずにすんなり受け入れてくれたので助かった。
去年の行程とほぼ同じで、オトモは全てを覚えていた。凄い記憶力。それもあって何もかもスムーズだった。特にトイレが楽だったのが助かった。
記憶力のこと。この前オトモが、療育先で「ぼくは、6歳の前のときに夢でエレベーターが地下に落っこちたのがとっても怖かったから、もうエレベーターは乗らないの。」と説明してくれた。納得。去年、ある日を境に急にエレベーターに乗らなくなってそこからずっと階段だったから、気にはなっていたんだけど、過去のことでも言葉にしてくれると有り難い。
最近、5歳の時の思い出を言語化することが増えている。4-5歳はオトモにとって、本当に大変な年だったようだ。やっぱり幼稚園の先生が本当に合わなかったんだね。オトモのようなはみ出しがちな子の行動を抑えつければいいと思っているタイプの先生は、本当に相性が悪い。
「5歳の時は僕は言葉がなかったから、気持ちしかなかったから。先生がおばけごっこをやめなくて、ずっと僕をおいかけて捕まえて離さなかったのが怖くて嫌だったから、お母さんが居れば先生はおばけになって捕まえないから。6歳の今の僕は言葉があるから、言えるけど、5歳の時は気持ちだけだったから。」って、初めて打ち明けてくれた時は号泣していたよ。どんだけ幼稚園でオトモに対して嫌な扱いをしたんだろう。オトモは未だにその頃を引きずって、たまに話すよ。
小学校の先生たちは、児童を追いかけて捕まえては羽交い締めにして連れ戻したり、脅し表現を用いた指導が常識になっているので、オトモは私から離れる気は全く無い。オトモは2学期の終わりに「学校は、唐突に先生が怖いことを言ってきたり、お化けになって追いかけて捕まえるから、僕は学校ではお母さんから離れないよ」と宣言した。
学校と教育委員会に相談したが、教育委員会は学校に指導をする権限はないとのことだったし、管理職の指揮の元、学校全体で「(こういう学校生活に)慣れないと社会に出ることなんて出来ませんよ」「足し算なんか出来なくても小学校は卒業できますよ」と本気で諭してくるし、避難訓練では「オトモくんを他の子が見ると困るので、訓練が始まる前に児童に見つからないように個室に隠れて下さい」と管理職が真面目に言ってくる。運動会では児童席に座って居たオトモに「お母さんと一緒だから、保護者席に出ていって下さい」と担任が言ってくるが、学校内ではこの対応を問題視した私の方が非常識な扱いだった。
そんな対応なので、オトモが学校生活に馴染める要素はどこにもない。だから、私はオトモが学校に通うことは不可能だと思っているのだけど、本人は私と一緒だと学校がとても楽しいらしく、毎日張り切って通っているので仕方がないから付き合っている。そして、付き合うなら楽しく学校生活を送りたいので、毎日オトモを目一杯楽しませている。
まあ、本当にオトモが楽しいのかどうかはイマイチ疑問もあるが、オトモは「1年生だから学校に通う」と真面目に思っていて「学校に行ったら『僕は』教室には入らないで、外で少し遊んでから自分で決めた『今日の本』をお母さんと一緒に読み、自分で決めた『今日の勉強』をして帰る」というスケジュールをこなす。学校から帰ったら食パン2枚(1枚はそのまま、1枚は耳を落としてトースト)とラーメンを食べるというご褒美も決めていて、規則正しく生活している。帰宅後も週に2回位は療育に通い、家では交流級の宿題をする。動画を30分見ては勉強をする、という時間を過ごしたり、お絵描きをしたりする。生活は毎日安定していて、情緒的にも知識的にも体力的にも順調に伸びている。
学校は場所を借りているような状態で、私がオトモに教育をしているのだけど、環境としては悪くない。基本的に校庭や下駄箱の端で勉強をしているので、寒かったり暑かったりととにかく過酷だし、通り過ぎる先生方のひどく冷たい視線や、「はい、そっち(私とオトモ)をみないよー」「お邪魔してすみません」などと列の先頭で声を掛けて通り過ぎる先生もいるので、言われるではあるが、四季に沿って自然科学を学ぶのには良い。
あれ、全然あっさりじゃない日記だな。今日はここまでにしよう。