ひつじこ

2012年12月31日

ミーシャを久しぶりに見たなぁ。ずっっと前にコンサートに行ったなぁ。なんでコンサートに行くことになったんだっけ?誰と行ったんだっけ?全く覚えていない。あのコンサートは本当に感動したなぁ。

オタマは寒がるようになった。そして寒い日はあまり外に出たがらなくなった。知恵がついてきた。

今年は今までで1番大変だった。オタマの肌の悪化は本当にキツかった。子供の痒みを取り除いてやれないのは、自分が今まで体験した心身の傷のどれよりも辛かった。母親という立場はこんなにも簡単に自分を見失えるのかと、余裕がなっていく心を自覚しながらも、どうすることもできなかった。たかしさんが目一杯考えて対策を講じてくれたお陰で今はオタマの痒みはすっかり消えたから、こうして振り返ることができるまでの余裕を持てるようになったが、オタマの症状があのままだったら、自分がどうなっていたかわからない。

私自身は小学6年位まではアトピーでずっと痒かったのだけど、母も私も大変がらずにとてもあっさりと痒みと付き合っていた。痒い時は痒いなぁと一緒に眠れない夜を過ごした。「大きくなったら治るから。今夜は眠れるまで起きていよう。」と冷やしたり包帯を巻いたりしつつ、お話ししながら起きていた。ダイレクトに愛情を感じながら母親を独り占めできる幸せな時間でもあった。

今度また、自分を見失うくらい余裕がなくなりそうな出来事が起こったら、母のようにもっとあっさりと明るく付き合おう。自分がそうであった様に、子供は自分の体の痛みよりも、それに付き合ってくれた親との時間の方が記憶に残る。ここぞとばかりに分かりやすい愛情を注ぎ込んでやろう。

それにしても糖質制限で痒みが治るとは思わなかったよ。そしてオタマの痒みが消えてすぐに妊娠した。心に余裕を持つのって大切なんだなぁ。

たかしさん、こんな私を一年間抱きしめ続けてくれて、本当にありがとう。全てがたかしさんのお陰だよ。私はたかしさんに何をあげられるんだろう。この一年でたかしさんが手放したことを、来年は取り戻そうよ。自分を保つために必要なことは手放しちゃダメだよ。

2012年12月30日

味噌作りは途中で笑っちゃうほど大変だ。後に引けない感じも含めて、あれは男の仕事だよ。やることは単純なのだけど、とにかく力作業。 道楽を兼ねた年末恒例の仕事になるかもね。

ヤマトさんは本当に忙しくておかしくなっている模様。びしょ濡れの段ボールを届けてくれたドライバーさんに「本当は28日に届く予定だったんですよねー。」みたいなことを言ったけど「は?(3秒沈黙)ありがとうございましたー。」と言って去って行った。忙しいんだろうなぁ。まあ、この寒さだしりんごだから配送センターに3日放置でも腐ることはないし。とりあえず届いてよかったよ。

便利を支える仕事は利用料金に響いて構わないから待遇が良くあってほしいよ。私が利用することで働いている人を虐げているような気持ちになるのは嫌だ。

ドライバーさんが楽しそうに仕事ができるような配達量であって欲しいなぁ。ウチにくるヤマトさんは機嫌が悪くて荷物を受け取る時にいつも謝りたい気持ちになる。ピンポンが鳴って玄関を開ける時、ヤマトさんじゃなきゃいいなぁ、佐川さんだといいなぁと思う。うん?これはそのドライバーさんの性格の問題か?佐川さんはいつも感じが良いのだけど、だからって佐川さんの方が仕事が極端に楽だとは思えないものなぁ。

どんなお仕事もお金を稼ぐのは大変だよなぁ。自分が働いていた時のことを思い出せば、たかしさんがどれだけ大変か十分に想像できるのに、労わるどころか帰ってくるなり家事を押し付けている。本当に悪妻で申し訳ない。

私は働いている時、ずっと頭の中で家庭科の授業展開を考えていた。それはテレビをみている時も新聞を読んでいる時も散歩をしている時もトイレにいる時もだった。そして、それは今も続いている。何かあると「これは授業で使えるなぁ。こういう風に話を進めて行ったら子供にわかりやすいかな」なんて考えている。オタマに作っているオモチャを全部写真に残しているのも、読んだ絵本を記録しているのも、「幼児の心身の発達」の授業資料になるという思いがあったりする。今日の味噌作りも「加工食品・発酵食品」の授業で思いっきり使える。

家庭科教員に例えると、今のたかしさんは、授業をゆっくりと頭の中で練る時間がない状態で授業をしているような感じなのだろう。そんなのは無理だ。たかしさんが壊れてしまう。

たかしさんには通勤時間が必要だ。それに変わるような、たかしさんだけの時間が必要だ。毎日、外を走るしかないんじゃないか。河原でバイオリンを弾くとか。

2012年12月29日

あっという間に2歳9ヶ月。昨日は色々あって書くのを忘れちゃった。今月の成長記録。

オタマのリクエストのままにマスコットを作った。初手芸。小学生の頃から針仕事が好きだったが、今まで本当に実用的なものしか作っていなかった。

鍋美味しー。

2012年12月28日

産婦人科に行って、妊娠を確認してもらった。まだ全然小さくて予定日すらでないくらい。でも一応子宮の良い位置に着床している、正常妊娠だと言ってもらえた。母子手帳を貰ってきた。今は4週前と。

この地域は5週で分娩ジプシーが出るので、年明け5日には分娩予約用の紹介状を受け取れるように看護師さんが段取りをしてくれた。1月5日でもまだ5週にならない段階。オタマの時よりも動きが早くなっている。予防接種しかり、幼稚園しかり。本当にこのあたりのベビーラッシュはすごいなぁ。

ジョジョは面白いけど、話に関係ない人があっさりと不幸に巻き込まれているのを見るのが辛い。

ジョジョを見た後、孤独のグルメに癒されてから寝る。

そういえば、オタマは裏声で「ごろぉぉぉーーーぅ!ごろぉぉぉーーーぅ!ごろぉぉぉーーーぅ!いっ!のっ!がっ!しっ!らっ!」とエンドレスに歌う。

ああ1830にオタマが寝てしまった。。。。

肉、おいしいよ、肉!!!

今回の妊娠のタイミングで受けたフーナーテストは、残存状態が1〜2匹という最悪の結果だったけど妊娠できていた。多い人は200匹くらいだというのに。なんとも、なんとも。ありがたいとしか言いようがない。

不妊治療のサイトでは、最先端の不妊治療の末に妊娠できた人が「どうして今回妊娠できたのか」みたいなことを振り返っている文章がある。そして、たいてい「頑張りすぎずに一呼吸置いた、とか、リフレッシュに旅行に行った、とか、純粋にセックスを楽しんだ」となどと書いてある。それから「どこどこにお参りに行った、パワースポットに行った、待ち受け画面を木村様?にした」みたいなこともよく書いてある。妊娠前は最先端の不妊治療と精神論が同居しているのがなんとなく不思議な気がしていたが、最先端の治療をしているからこそこういう気持ちが生まれるんだろうなぁと、自分が妊娠した状態になって実感した。私も自分を振り返ってみると、本格的な不妊治療の病院に通い検査を始めて気持ちが折れていたので、ある意味全然頑張っていなかった。そして、今回のタイミングの期間に、オタマのお散歩コースがなぜか神社をめぐりたがった日があって、オタマのお宮参りの神社と近所の神社にお参りして境内で遊んだ日があった。

まあ、それはそれとして。お正月は浜竹神社と、三徳稲荷神社にお礼に行きましょう。

2012年12月25日

朝起きてすぐのオタマに「今日はクリスマスだよ。サンタさんが夜のうちにオタマにプレゼントを持ってきてくれたみたいだよ。ほら。」と教えたら、「え!サンタさんが?ここかとおもったら、ここに、プレゼントが、あったねぇ。サンタさんの、プレゼントだねぇ。」としばらく包装したままのプレゼントを抱きしめていた。

妊娠検査薬の陽性反応がさらに濃くなる。年内に病院に行っても胎嚢が確認できるか微妙なところだな。年明けまで待てば心音確認くらいになるな。ああ、でも、年明けまで待てない。週末に病院に行こう。

午後2時過ぎから5時過ぎまでノンストップで外遊び。微熱ダルダルの身体にはきつい。それでいて昼寝無しで就寝が23時すぎなのだから、オタマの体力にはかなわない。

小学生にどんどん話しかけるオタマ。ブランコを乱暴に投げる男の子に「ちょっと、ぶらんこ、だーめだよー!」赤いタイツのおんなのこに「あんよ、あかーいねー、たまちゃんと、いっしょ!」

足がむくむ。

2012年12月24日

クリスマスイブだから大掃除。なんとかサンタさんの通り道は確保。

そして、日中はたかしさんの協力のお陰でオタマの服を作れた。前にオタマがユザワヤで選んだ布地を使って、フレアーたっぷりで後ろにリボンを結ぶ形のジャンパースカートができた。

ちゃんとしたコーデュロイだったから、ロックミシンもアイロンも出してそれなりにちゃんと作った。久しぶりの洋裁で本当に楽しかった。オタマも「おしゃれなピンクのおよーふく」と喜んでくれた。

自作してつくづく思ったが、オタマは体格が良い。今回は120センチの服を作ったが、そんなに大きい様子もなかった。

アイスを食べて寝よう。一日ありがとう。

2012年12月23日

お家がきれいじゃないとサンタさんがこないらしいよ。今日は玄関メインでお片付けしましょう。たかしさん、手伝って。

オタマの夢に出てくる私は、絵本を読んでくれないらしい。3日連続で夜中に「よんでーーー!」と号泣された。

オタマが自分で描いた絵を持って「ねえ、よんで!」真っ青な紙を持ってきて「ねえ、よんで!」

一昨日あたりから、絵本に描いてある手書きのひらがなを指差して、「ねえ、なんてよむの?」と聞いてくる。

ドレス欲とつばさ欲が最高潮。「きれいなとりさんに、なって、おしゃれな、どれすきたい!ああ、てんしちゃんの、はねが、ほしい。つくろうよ。」

オタマの指示の元、 タオルに靴下をつけてウサギの耳のようなほっかむりを作る。

オタマが「ぷりんをかいにいこう!」と言うので三人で出かけた。

早期妊娠検査薬で陽性反応が出た。まだまだ油断ならない。

2012年12月22日

実家。たくさんの人がいたが、オタマは人見知りすることなくのびのびと遊べた。私の兄の名前を忘れたオタマは、兄を見つめて指をさしながら、「この人も、(あっちに遊びに)いこうよ!」と微妙な誘い方をしていて笑えた。この人かぁ。

オタマは常に笑顔を周りに振りまくタイプではない。自分が本当に面白い時しか笑わない。印象を良くする手段としての笑顔をオタマ自身が必要だと思う時までは、今のままでいいと思う。

本当に副産物だよ。というか、宝物なんだから、そう簡単には手に入らないんじゃない?果報はのんびりと寝て待つのです。

遠出は疲れるねぇ。ありがとうございました。

2012年12月19日

オタマと図書館のクリスマス会に行った。参加者は年中組〜小学低学年でオタマはあきらかに場違いだった。一応司書さんに案内を渡されたときに、オタマの年でも大丈夫か確認したのだけどもしかしたら体の大きさで判断されたかもしれない。場違い感たっぷりながらも、オタマと私は十分に楽しんだ。

クリスマスリース作りをした。オタマは途中の輪を作った段階で自分の頭に乗せて「ほら、たまちゃん、てんしちゃになったよ。はね、ないねー、はね、ほしいねー。」とポーズをとって周りの人に見せまくった。結局、オタマは天使の輪ということで製作を終了した。

オタマはかなりの本好きだ。着々と読める本の幅が広がってきている。はじめの何十回かは普通に読み、次の何十回かは早回しで読み、次の段階では効果音やらBGMやらを自作して歌いながら読み、最終的には自分で話の場面を足したり、本の中の登場人物たちと会話をしたり、絵本の世界を自分で再現したりするようになる。本を借りている数日間で一冊につき少なくとも百回は読むので、読み心地のよい本じゃないと結構辛い。

保育士資格試験でも勉強しようかしら。近所で家庭科の空きがないし。保育士資格を持っていると近場で仕事ができそうだから。

それに、心情的な意味でも今は家庭科を教えづらい。私自身が糖質抜き、石鹸やシャンプー無しの生活なのに、今まで通り栄養学やその他を教えるのは抵抗がある。

不妊の検査での通院はやっぱり精神的に辛いから、未体験だろうけどちょっと私を励ましたり応援したりしてみてください。「いつでもやめていいから、やめる決断は自分でしろ」なんて言わずに、検査が一通り終わるまでは「がんばったね。もう少しだから、がんばろうね。」みたいに言われたいです。

さむいね。オタマはヒートテックの二枚重ねだけで遊ぶ。近所の顔見知りのおばあちゃんに叱られてしまうくらい薄着。

2012年12月16日

昨日は選挙。選挙の日に相応しい陽気で、一日中町が穏やかそのものだった。夕方のスーパーは大晦日のようなのんびりした混雑で、 開放感と高揚感がたっぷりだった。 モーニング娘。の歌で、「うちは選挙の日は投票に行って、そのまま外食するって決まってんだー」みたいな歌詞があったのを思い出して、 つんくって正しいお家で育ったんだなぁー、子どものときのそういう刷り込みって大事よね、良い歌詞だわー、と思った。

たかしさんとリアルタイムでテレビを見るのは選挙の日の夜の池上さんの選挙特番だけだ。結婚して2回目のテレビ鑑賞だった。

池上さんの極太の神経を少し分けて貰いたいわ。池上さんのことが好きな政治家ってどれくらいいるのかしら。 そして池上さんは人を不快にすることについてどう思っているのかしら。 政治家はいつも質問者となあなあで回答をはぐらかすから、こういう時があるのは面白くていいけど、 私が池上さんなら、こんな質問聞きたくても本人に聞けない!ってことばかりだったよ。 どうして聞けちゃうんだろう。タブーに触れることへの恐怖感みたいなものは無いのかしら?

選挙って、本当に大きなお祭りだなぁ。オリンピックやワールドカップレベルだなぁ。

今日は不妊治療の病院。私のホルモン検査は正常。精液検査もギリ正常の範囲内。 フーナーテストは不良で「ふたりの相性が良くないのかもしれません。次回の排卵のタイミングから人工授精をやってもいいですよ。」と言われた。 その前に次回の月経終了利直後に通水検査、その次の卵胞チェックで抗精子抗体検査というのもやることに。抗精子抗体検査の結果が悪ければ体外受精。

こういうのは、とんとん拍子というのだろうか。確実に消耗するなぁ。今回で妊娠していてくれないかなぁ。

体外受精なんて他人事だと思っていたけど、こんなに身近にな存在だったのね。

オタマはNHKみんなのうたが大好きで、今は特にピチカートファイブとソウルフラワーユニオンの組み合わせの回を何回も掛けて歌ったり踊ったりしている。こういう歌も聞くんだね。

最近のオタマは、やっと自分自身で会話をするようになった。それまではテレビのキャラクターや絵本の登場人物のセリフを状況に合わせて組み合わせて喋っているだけで、常にスキットを暗唱していた。だから、男になったり動物になったりなど、色んなキャラクターの喋り方がゴッチャだったし、会話という会話がなかった。この3日辺りからやっと自分のままで、自分の感情を話したり、状況をせつめいするようになった。これは大きな進歩。

それと、この3日辺りからオタマを叱り始めた。

ユザワヤが高くてビビる。日暮里のトマトのメーター100円の生地しか手を出してこなかったから、まさか10センチ単位で値段が記されているなんて、夢にも思わずに裁断を頼んでしまった。日暮里は遠いしユザワヤは高いし。どうしようかなぁ。

お店の人とオタマは楽しくお話しして、プリキュアの絵のダンボール看板を貰った。まだ、オタマにプリキュアを見せたことがないから反応は鈍かったけど、お姫様風情はとても気に入ったようだった。

2012年12月15日

オタマは筋肉痛から回復した模様。室内を走る、飛ぶ、回る。ストライダーまで乗り出した。

「あおい、アリさんになりたい、おしりをつくって。」というので青い布でクッションみたいな楕円のお尻を作ったら、「こんどは、あたま」「こんどは、おようふく」と、全身作る羽目になった。頭はバンダナサイズに切って目を付け、体は青い布のサックドレス風のワンピースを作った。洋服はかなり気に入ったようで、「たまちゃん、おしゃれさんだよー!」と鏡を見ては踊っていた。適当に直裁ちして布端の処理も何もしていない、とても外には着ていけない服をこんなに喜んでくれるのなら、もう少し時間をかけて真面目に作ってやりたいなあと。

なめこのゲームにハマる。私もだけど、オタマもYouTubeでなめこ動画を探すくらいはまっている。

寝言で「かあちゃん、のってよー」と泣いた。「いいよ、母ちゃん乗るよ、乗ったよ。」となだめる。

絵本を何十回と読む。オタマが勝手に内容をアレンジするようになった。

一人夜だからジョジョの続きを見ようと思ったけど歌まで見てやめた。たかしさんと一緒じゃないと怖すぎて見れない。白菜と豚ひき肉のお鍋を食べながら、孤独のグルメを三話見た。

本当は孤独のグルメの後にマスターキートンを身始めたんだけど、暗くてダメだった。それでまた、孤独のグルメを見たの。時々なめこを収穫しながら。

寄せ植えはネットで見る感じではとても面倒でお金がかかる。一度始めてしまうとどんどん鉢が増えていきそうだ。お金をかけることなく花を絶やさない方法はないかしら。

松重さんって最近は舞台はやっているのかな。あの頃からもう20年前かぁ。すごいなぁ。人ってすごい勢いで年を取るんだなぁ。10代の頃はそんなこと全然わからなかったよ。あれから20年続けていることって生きていることぐらいしかないなぁ。

あ。裁縫やお絵かきは続けているといえばまあそうだなぁ。でも遊びでしかないものなぁ。決して頑張らないし。

原作者、明るいなぁ。テレビだし明るいのはとっても大事よね。それにしても明るい。 私は時々明るくしなきゃと思う時点で、 それほど明るくないんだと思う。

2012年12月14日

朝からオタマが「おなかがいたい」と泣く。おへそを押さえてズボンとオムツを脱ぐ。歩くときもそーっと一歩ずつで数歩歩くと「いたーい」と泣く。下痢も嘔吐も熱もない。動かなければ大丈夫なようで基本じっとしているが15分おきくらいに痛がる。そして動くとやっぱり泣いて痛がる。朝から食欲も無いし心配になったのでお昼にお医者に行った。

診察結果は問題なし。そうだろうなぁ。見た感じは本当に元気そのものだものねぇ。それだからこそ、このギャーギャー泣いて痛がるのが不思議で心配なのだけど。

昼休みに帰ってきたたかしさんが、「もしかして、筋肉痛じゃね?昨日、オタマはかなり激しい運動をしたんだ。」と言った。あ、そう言われれば筋肉痛の症状にピッタリだ。どれだけ運動させたのよ。っていうか、心当たりがあるんだったら先に言ってください。

オタマがそれなりに痛がらずに動き出したのは16時くらいから。午後も歩くときは恐る恐るだったし立ち上がるときは「ううっ!」と声を上げていた。ちょっとふざけて笑ったり腹筋を使うような姿勢になろうものなら、お腹を押さえて「いたい、いたい!」と言っていた。まったく。翌日動けなくなるような遊びをしないで下さい。一体、どんなトレーニングをさせたんだ?

オタマ空前の図書館ブーム。Eテレの5分番組『テレビ絵本』で気に入ったお話を図書館で借りるのが日課になっている。カウンターに行き司書さんに「〜ください!」と言って予約をしたり書架から持ってきてもらうのが嬉しくて仕方が無い。待っている間も司書さんとお喋り。今日も「この、ほん、すごーく、おもしろいんだよ。ねえ、おねえさん、おおかみのほん、さがしているの?」などと話しかけていた。

今日借りたのは、はらぺこぺっこん、きょうはなんてうんがいいんだろう、バーバパパのかたちさがし。 現在8冊借りている。オタマは「ねえ、(ペンギンズの)こわるすきーで、よんで。」とか 「こんどは、たいちょうで、よんで。」などと音読の声を指定するようになったので非常に面倒臭い。 オタマが生まれてから私は無駄にひょうきんな芸達者になっている。薄平べったく面白い人になりつつある。

選挙。比例は子育てと教育に絞って政党を選ぼうとしたら、自分の気持ちに合う政党が無かった。政治のなかで子育てや教育分野はオマケだものね。 仕方が無いから、政党のホームページを巡ってみて決めた。

小選挙区。この区の主要な人はみんな比例区でも出ているから、なんだかんだで全員当選しそうだなぁ。

WiiU(?)でカラオケしたい。たまには普通の歌を伴奏アリで歌いたい。

2012年12月12日

連日寝不足。オタマが早寝でも、たかしさんが居ないと寝付けないのです。

たかしさんは毎晩2時3時で寝不足ではないのでしょうか。

「このピンクの、じてんしゃは、たまちゃんの、だいじ、だから、ひろくんは、のっちゃ、だめ!たまちゃんに、ちょうだい!」と説明していた。いやいや、公園の物ですよ。オタマの自転車じゃないですよ。

公園で補助つき自転車に乗るのが日課。まだブレーキの存在を知らないのとハンドル捌きが問題だけど、それなりに色々出来るようになっている。

オムツが「ビッグよりも大きいサイズ」に。靴が16cmに。

予約の本を取りに行った。司書さんに張り切って説明していた。

小沢昭一とか、勘三郎とか。ナンシー関レベルで寂しい。

気持ちが悪くなったのでヘルプ要請出した。

2012年12月11日

オタマと図書館に行き、こどもコーナーで本読み。オタマは片っ端から取って来て「ねえ、これ、よんで。」をするので、多分20冊位は読んだ。 途中でオタマは、お気に入りの『おばけのてんぷら』が読みたくなったようで、せなけいこの本を引き出しては「ちがうねぇ、おばけのてんぷらじゃない。」をやり始めた。 私が「『おばけのてんぷら』はこの図書館には無いんだよ。受付のお兄さんに言って、今度来た時に『おばけのてんぷら』があるようにしてもらおう。」と言うと、オタマは テケテケとカウンターまで歩いて行き、お兄さんに向かって大きな声で、「おばけのてんぷら、ないの、ちょうだい!」と言った。司書のお兄さんは、「はい、予約ですね。」 とオタマに言ってカチャカチャと検索して予約用紙を私にくれた。手続きをしている間、オタマは司書のお兄さんに、「おばけのてんぷら、なかったねー。こんどなのねー。」と話しかけていた。

オタマは自分の希望がある時は、全く物怖じせずに大人と話すことが出来る。 お花屋さんでも、先頭を切って店内に入って行き、店員さんに 「おはな、ほしいの。」「何色がいいの?」「うーんと、ぴんく、ぴんくのおたな!これにする!」などと普通に話をしていた。 公園でも赤ちゃん連れの知らないママに「きょうの、こうえん、ぜんぶ、ぬれてるの。」などと話しかけたりもする。 年齢を答えたり、質問の意味が理解できなかったときは、「わからない」と大きな声で言ったりもする。とてもたかしさんと私のこどもとは思えない。 私は大人と話すのが本当に駄目な子供だったし、たかしさんも多分得意ではなかっただろう。どうしてこういう子どもが育ったのか。

所有欲が出てきた。欲張りすぎる。お友達とトラブルになる。面倒くさい。

かかりつけ医にクッキーの詰め合わせを届けに行った。今時こんなことをする人はいないだろうなぁと思うけど、私に感謝の気持ちがあって、 それを相手に伝えないのはもったいないので伝えに行った。オタマと一緒に書いた簡単な手紙を添えた。

働いている時の手ごたえって普段なかなか感じないから、こういう古臭い人がわかりやすく感謝の気持ちを伝えるのもいいんじゃないかと。

最近、仲の良いママ友達に会えていない。明日は会えるといいなぁ。

オタマは出先で何かあってギャーギャー泣いた後、少し落ち着いた時に「いま、どうして、ないちゃったのか、かあちゃん、わかるぅ?」と必ず聞いてくる。 いえ、全然分かりません。教えてください。そして、そんな風に私に質問できる位なら、どうか泣かないで問題解決してください。

アイス食べて先に寝ます。

2012年12月10日

オタマとのコミュニケーションが随分と円滑に取れるようになってきた。

不妊治療の病院に行った。前回よりは疲れずに頑張れた。やっぱり先生との会話が難しい。忙しいからパソコンのカルテから目を離してくれない。先生は自分が伝えたいことだけ言って内診台に促す。話をするタイミングを与えてくれないし、基礎体温表も見てくれない。だから先生に確認したいことと伝えたいことを箇条書きにした紙を机の上に見せるように置いて話す切っ掛けを与えてもらえるように頑張った。結果、聞きたいことが聞けて、やりたい検査にまで最短でいけそうな予定が組めた。うん、頑張った。

フーナー検査の結果はあまり良く無い感じだった。それと、私の卵胞がちゃんと育っていないうちに排卵している可能性があるそうだ。私のホルモン検査とたかしさんの精液検査を次回することになった。

病院から帰ってきてから暫くして、オタマは私に抱きつきながら「あかちゃんが、たすけて、って、いったけど、しろい、おんなの、せんせいが、だめだったのねー。」とよくわからないことを何度か繰り返した。

私は慣れたけどオタマは前回よりもこの病院を激しく嫌った。オタマがのびのびと居られる場所が無いから無理もない。次回はきっと建物に入る段階からギャーギャー泣くだろう。どうするか。託児サービスを利用するか。近くにないか調べて見よう。

最短でうまく行けば、二周期で検査は終わる。春までには情報が揃う。それまでに妊娠してくれれば良いのだけど。

日曜日は家族でお花屋さんに行った。オタマが、「おはながほしい、ぴんくの、がーべらが、ほしい、どこ?」と数週間前のガーベラをしつこく探したからだ。花を絶やさないようにするなら、切り花より鉢だよなぁ。何か育てるか。

園芸は大好きだけど野菜とハーブと庭木専門だったから、日陰のベランダで育てるような花の知識が全く無い。取り合えず小豆と落花生の収穫後の鉢に料理で使った小松菜の根を植えた。これが育って花が咲くのが4月。それまで何か花を買うか。鉢植えでもオタマが喜んでくれるかな。

2012年12月08日

昨夜はオタマが顔をボリボリ掻いて大出血した。あと少しで完治だったのに。

オタマをケーキ屋さんに連れて行った。オタマは、美しいクリスマスの飾り付けとウインドウ越しのケーキの可愛らしさに興奮したのか、終始店員さんに話しかけまくっていた。ケーキを箱に詰めてもらっている間、オタマは店員さんに「ねえ、なーにしているの?たまちゃん、がまん、できないよ。もう、がまんできない。」を連呼していた。一体、どこでそういう言葉を覚えるんだか。

ケーキ屋さんの帰りにオタマに「何を買ったの?」と聞いたら「し(ら)ない、ぜんぜん、わからない。みーたことないねー、それ。」と言った。「それ、ケーキだよ。ケーキを買ったんだよ。」「ええっ?ケーキ?」と驚いていた。

家に帰って「おいしいねー!と言いながらプリンアラモードのプリンだけを食べた。

2012年12月07日

午前中、オタマと公園に行こうと玄関を出たら、通りの向こうに昨日のママ友が子供を抱いて立っていた。むむむむ。これは。

ママ友の子はとても具合が悪そうで、全然歩こうとせず一言も声を発しなかった。今日は体が痒いようで洋服を捲って全身をバリバリと掻いていた。 見るとオタマが酷く痒がっていた時のような肌をしていたので、とりあえずバッグに入れていた携帯用のワセリンを渡して、すぐに病院に行くように言って送り出した。 私に何ができるのか。彼女は私に何を求めているのか。明日も来るのか?

お昼にオタマとお散歩していたとき、急にオタマが「いたーーーい」と右腕を押さえて泣き出した。 ちょっと転びかけた時、私がオタマの腕を引っ張ったから? 立ち止まってオタマに向き合う。いつもなら両手で抱きついてくるのに、オタマは右手をぶらんと下げたまま全然動かさない。 涙を拭うのも左手、おんぶをしても、右手は下に下げたままだ。 1230になろうとしているところだったので、午前の診療で診てもらおうと、 大急ぎでかかりつけのお医者さんの所に行った。

診察を待っている時に、お昼休みの尚さんが病院に来てくれた。尚さんに事情を説明したら、 それを聞いた赤ちゃんを連れたママが、私たちに近所の形成外科の病院を教えてくれた。 また、他の奥さんは自分の子供が脱臼したときの状況を話してくれて、 「たぶん、脱臼じゃないと思いますよ。大丈夫ですよ。」と声を掛けてくれたりした。

お医者さんは「ぼくは、脱臼かどうかしか診れないのだけど。。。はは、これは違うね、 大丈夫、もうしばらくしたら動かすようになるよ。ほら、今、ちょっと動かした!大丈夫。」と私の心配を吹き飛ばしてくれた。 「ああ、そうですか、ありがとうございます。もう、本当にいつも些細なことで診ていただいてすみません。」 謝ったら、「お家でずっと心配してるんだったら、うちに来て診たほうが早いからね。どうぞ気にせずに何かあったら来てね。」 と言ってくださった。この存在が有難すぎる。

帰りに声を掛けてくださった赤ちゃん連れのママと奥さんに、診察の報告とお礼を言った。こういう声の掛けに救われる。

帰宅してしばらくすると、オタマは少しずつ右腕を動かし始め、14時頃には全く普通に動かすようになった。 スカイプで実家に報告すると、私は小さい頃に何回か脱臼をしたようなことを言われた。オタマも外れやすいのかもしれない。 これからは手を強く握りすぎるのは止めようと大反省した。

お医者さんに何か持っていこう。「これ、みなさんで食べてください。」みたいな感じでお礼をしよう。こういうのって、焼き菓子だよね? 受け取ってくれないかもしれないけど、そういうことをしないと気が済まないよ。

youtubeが急に使いづらくなった。元に戻せないかしら?

オタマの絵の具ブームが続いている。「あおと、あかを、まぜてぇー、ほら、ちゃいろに、なった!」ええ?なぜ茶色になる?でも確かに茶色だった。 オタマはその茶色で巨大なシイタケと、赤ちゃんのシイタケを描いた。

オタマの前でミシンを使えるようになった。これでリクエストされたものを布で作れる。今日はえんじのフリースで、ウサギの耳風の帽子を作った。小物なら工作よりも早く出来上がるので楽だ。

地震にオタマは気づかなかった。

20時就寝。

2012年12月06日

午前中、オタマと遊びに行こうと玄関で靴を履いていたら、ピンポンが鳴った。ドアを開けたら、顔見知りのママ友達が子どもを抱いて立っていた。昨夜から子供の具合が悪くて今日は仕事を休んだと言う。子供がお腹が痛いと言っていて手足と口が浮腫んでいると言う。子供は確かに具合が悪そうでぐったりしている。少し時間を掛けてやんわりと説得して、病院の玄関まで付き添った。

若いママが都心で一人で子育てをするのは、私の想像を超える心細さなのだろう。でもそこは友達の家じゃなくて病院でしょ。それか、頑張って子供と2人で家で安静に過ごすかだよ。

私にはたかしさんがいるし、近所のかかりつけのお医者さんに些細な心配事でも相談できるから、その辺は安心だ。そして何よりもオタマが丈夫で居てくれる。

午後は不妊治療の病院にダメージを受けに行った。薄々わかっていたが、想像通りのダメージだった。もう、全然通える自信がありません。

施設はすごく綺麗で丁寧な対応なんだけど、不思議と温かさがなくて居るだけでグッタリと疲れた。誰も人を人として見ていない、満員電車の中のような、ベルトコンベヤーのパンになったような気分だった。そして当たり前だけど、待ち合い室の空気が重すぎた。今まで不妊治療に通っていた病院では、待っている患者さん同士で会話をしたりオタマに微笑んでくれたり相手をしてくれたりする人がいるのが普通だったが、今回の病院は子供がいる事が許されないような空気があった。誰もオタマを目で追っている人が居なかった。受付ですぐに地下のキッズルームに行くように言われたのはいいが、そのキッズルームが隔離室にしか思えないようなオモチャが全くない狭い部屋で面食らった。何故かタバコの臭いが流れてくるのも衝撃だった。

狭くて息が詰まるから、誰も居ない広い部屋に居たら、臨床心理士さんにやんわりと隣に行くように促されたりして。なかなか二人目不妊治療には手厳しい。問い合わせと予約の時は子供を連れてきても大丈夫だと言ってくれていたけど、実際はオタマの居場所が全くなかった。

先生はいわゆる忙しい病院の先生だった。この先生はこの説明を何千回とこなしているんだろうなぁと、上の空で思ってしまうような、全く私に語りかけてこない説明だった。すごく詳しく丁寧にしているんだけど、イレギュラーは許さないぞという威圧感がチラチラ見えて、ディズニーランドのアトラクションに乗る時みたいな気分になった。

施設は確かに綺麗なんだけど、細かい所が患者さんサイドに立って居ないのも、なんだか悲しくさせた。たとえば、内診台にあがる時に下半身を出した状態で数メートル歩かせる設計とか。美容院みたいに普通にバスタオル一枚掛けてもらえるだけで患者は安心するのに、そういう事が抜けているの。

本当に無理だよ、私はああいう所に通っても、絶対に妊娠しないよ。もっと、ぱかぁーっと、のん気に暮らしていれば赤ちゃんがくるんだよ。それで来ないなら、平山家はそういうものなんだよ。

わたし、がんばれないよ。たかしさんが必要だと思う検査だけしたら、もう通わないよ。

もう本当に。すごいよ。高度な不妊治療を経て妊娠した人への意識が変わったよ。今までも本当に大変だっただろうなぁと思ってはいたけど、行って見て更に実感したよ。この病院に何年も通うパワーと信念は私にはないよ。

2012年12月05日

起床0920、就寝は2120。昼寝無しが普通になってきている。

午前中は公園でつーちゃんと遊ぶ。オタマはつーちゃんの大事なクマさんを貸してもらってずっと抱っこをしていた。 その間、私はつーちゃんと追いかけっこ。つーちゃんにクマさんを返すときちょっと嫌がったが、頑張って返せた。

初めてできたこと。公園で2メートルくらいの高さのジャングルジム風の橋を渡ることができた。 端につくとしゃがんで足をブラブラさせるので、私の方がハラハラした。

公園の帰りに、「たまちゃん、ようちえんに、いきたい。じゃあ、いこう、って、いって!」を延々繰り返した。 オタマが遊んでいるお友達はみんな学年が一つか二つ上で、みんな幼稚園に通っているから、オタマも幼稚園に行ってみたくなったんだね。

午後は川原に。これまた延々と歩く。

19時過ぎに頬をポリポリと掻いていた。17時過ぎにリンゴジュースを一気飲みしたのが原因かしら。

オタマは服装の趣味が独特だ。服の好みがはっきりしていて、その時の気分で日に何度も着替えたがる。 そして洋服を着替え終えると、髪に何かをつける。リボン、猫の耳、うさぎの耳、ペンギンなど。 猫やキツネのときは、尻尾もつける。そしてそのまま外出する。調和した可愛らしいコーディネートになっている時と、 奇抜なコーディネートになっている時があって、一緒に歩く私が少し恥ずかしいことがよくある。

自分が心地よいと思う服装と、周りの服装との差異を意識するのは何歳くらいからなんだろう。 そしてそれに気づいたとき、オタマはどういう行動をとるのだろう。 周りの視線やからかいなどを気にせずに、自分の好みを突き通す強さを持つのだろうか。 今日は黄色の帽子の上に、魔女の宅急便のキキのような大きなリボンをつけて歩いていた。

2012年12月04日

21時に寝た。めでたい。私も寝る。

2012年12月03日

日曜日にフラフープを買った。家でやってみたらどんどん上手くなって反対回りでもできるようになってきた。スカイプで知り合いに見せたいくらい。 友達の家と違って、部屋の真ん中から少しでもずれると壁に当たってしまうし、 オタマに部屋の端に避難してもらわないといけないので、好き放題には出来ないけど、 買って良かった。

やっぱりお友達のお家は広かったんだなぁ。壁や子供に当たる心配なんて考えもしなかったものなぁ。

それにしても、どうしてこの歳になって急に出来たのか。小さい頃は出来なかったのに。長年のイメトレか。

映画マダガスカルを繰り返し観ているうちに私もオタマもセリフを殆ど覚えてしまった。 オタマは、レゴなどを壊してしまったときに「ああ、さいごの、きぼうが・・・、くそう・・・じごくに、おちろ・・・」と映画のセリフをつぶやいたりしている。 私は私で日常の動作を全てペンギンズの4人で実況する芸が完成してしまった。

たかしさんの頭の中は仕事のことでいっぱいだ。お家にいてもどこか上の空で、週末は家族全員が揃って過ごしている実感が全然なかった。 たかしさんがお家にいる時間は何よりも嬉しいけど、頭のことが仕事でいっぱいの時はやっぱり仕事をした方がいいことが良くわかった。 たかしさんには週末とか祝日とか昼とか夜とか関係ない。 私はオタマと過ごす生活のリズムがあるから崩さないけど、たかしさんはそのリズムに合わせちゃいけない人間だ。 たかしさんがやらなくてはいけないことをやった方がいい。

昼下がりに幼稚園児と遊ぶ。やっぱりお友達と公園で遊ぶのは楽しいよね。私も顔見知りのママと会うのは楽しい。

オタマの肌の調子がすこぶる良い。炭水化物を控えた途端に痒みが消え、引っかき傷がみるみる治ってしまった。 とりあえず、残りの引っかき傷が完治して、肌の調子が完全に良くなるまで、炭水化物は控えよう。 それから、じっくりと今後の食生活について考えよう。

私自身は、もう何ヶ月も主食を摂っていない。たまに深夜にワッフルやシュークリームを食べたくなったりしてして食べるけど、 食事のときには全く糖質を摂らない。一緒に食べると食後になんだか胃が重くなって辛いからだ。 もう、ご飯も麺も欲しない体になってしまっている。 オタマも私やたかしさんと同じで、食事で糖質をとると身体に負担が掛かるのかなぁ。オタマはこれから学校給食などで糖質を食べなくてはいけないからなぁ。

まあ、まだ時間はある。じっくり考えよう。

インフルエンザの予防接種。


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