「鈴がうたう日」感想

「MOON.」「ONE」のスタッフの大半が抜けたTacticsの作品とあって、 ほとんど注目してなかったのですが、なかなかどうしていい作品です。 やはり普通のギャルゲーを作る意思がないというあたりに、 まだあのノリが残っていたことを感じます。

ストーリー

予備校とバイトで無為な生活をつづける主人公の前に、 突然謎の少女すずがあらわれ、同居することになります。 彼女はどこから来たかもわからない本当に謎の少女ですが、 主人公にとっては次第に欠くことのできない存在になっていくのです。

もっとも、彼女が唯一のヒロインではなく、 東京の大学にいってしまって夏休み中だけ帰ってきている蛍、 高校3年生で体の小さいことを気にしている七海、 そして、予備校でいっしょの変わった女の子千夜もヒロインになります。 そして彼女らのシナリオにおいて、 すずは彼女らと主人公の心に勇気をくれる天使のような 存在として描かれていくわけです。

そして、シナリオはやはり非現実です。 そのあたりもKanonにぶつける作品だった ということを反映しているのかもしれません。 結局すずが何物だったのかは完全には明らかにはならず、 すず編のラストも解釈がわれるのではないでしょうか。

なお、クライマックス付近のシーンはとても感動的で、 シーン単体をとってみれば一流なのですが、 どうにも唐突すぎる印象があります。 期間はわずか20日間で、それ以前からすでに親友だったヒロイン達と 結ばれてしまうわけですから、唐突なのも当然です。 そもそも一回のシナリオに要する時間がこれほど短いものは他にないでしょう。 日常のシーンではさほど深刻な話にはならず、 ただそれこそ楽しい日常が描写されるだけなので、その唐突さはひとしおです。 しかし、それでもラストあたりのシーンや、ヒロイン、主人公の描写は すぐれていることに変わりはなく、結構ノリで感動させられてしまいます。

そして、普通のギャルゲーでないことを最も強く主張しているのが、 「必ずしもまとも、あるいは妥当なハッピーエンドがあるとは限らない」 点です。 たいがいの作品では 選択肢を正しく選べばヒロインと主人公が結ばれて幕を閉じるものです。 しかしこの作品は違います。ハッピーエンドとは主人公の 滞った心が解放され、新しい世界へ出ていく成長のことなのです。 ですから、必ずしもヒロインと結ばれる必要はありません。 若いふたりのそれぞれの心の成長が、その若さゆえの過ちによって 加速されることもありうるのだということです。 そういうところで後味が悪いと感じる人は向かないと思います。

文章

一人称であり、文体というよりは口調といえるかもしれません。 地の文がなく、 もっとストーリーが複雑だったり状況描写が必要なものだったりすると わかりにくくなるのかもしれませんが、 どのキャラのセリフもなかなか特徴がよくでており、 この作品のようなものではまったく問題ないといえます。 それだけに凝った表現などは特になく、特筆すべき点はありません。

登場人物

基本的にはギャルゲーのキャラです。 極端にして、ムチャな口調をつける。 表面的にはそれだけです。 デザイン的にも「メガネピカチュー女」や「小学生」 のようにありきたりというか極端なものがありますし、 「〜だぉー」とか「〜なんだよ」と あざとい口調も連発します。 天然ボケのキャラのボケにも天然とはほど遠い作為を感じます。 しかし、どういうわけかあざとさは感じないのです。

それはなぜかと考えてみると、 シナリオ書きの「ここではめてやろう」というような悪意が感じられないことが 原因のようにおもわれます。おそらくシナリオライターはまじめに「いい奴」 を書こうとしており、いかにあざとい口調であろうと、 なんというか良心が感じられるのです。 普通いい奴を書こうとすると、 まったく影のないキャラができてしまって どうしても作りものくさくなりがちです。 しかし、本当にいい奴を書こうとすれば自然と影の部分がついてきます。 このバランスがちょうどいい時に「いい奴」は生まれるものなのです。 ただ無邪気というのは所詮ペットであり、存在感のないものでしょう。 たいていのギャルゲーでは主人公は超越者であり、 ヒロイン達をかなり自由にできる存在です。 しかしこの作品では主人公もまた悩み、挫折します。 そもそも主人公はやりたいことがみつからず空虚な日々をすごしているわけで、 すでにその段階で傷を負っている弱い存在です。 超越者として「すず」を導入し、その分主人公をリアルにすることによって、 同時にヒロイン達にもペットでない人間味をもたせているのです。 客観的に出来がいいとはいえませんし、衝撃があるわけでもありませんが、 作り手の良心や心意気が感じられる点で高く評価したいと思います。

なお、サブキャラもいい感じです。親友の佐久間、岡田の2人は ムチャっぽい人格でキャラを立てつつも 丁寧に人間がかかれていおり、やはりいい奴です。

ルール

はっきり言いましょう。最悪です。 ただし、落ちるようなバグが多発したり、 シナリオがメチャクチャになったり、 動作がとんでもなく重かったりするわけではないので 最低限の条件は満たしてはいるのですが、 「操作性」や「快適さ」というものを全く考慮していないのです。

このゲームでは、一日だいたい2回どこへ行くかを決めることで シナリオが分岐するわけなのですが、 どういうわけか、その場所をマウスでクリックして決めるということすらできません。 4つくらいの選択肢がある状態でも、ひとつづつ出てきて、「次へ」を押すと 別の場所が出てくるという最悪のものなのです。 たとえば、まず、

という選択肢が出て、ここで次へを選ぶと、

と表示されるような状態です。マウスでマップをクリックするのが当然で、 百歩譲ってそれが無理でもおとなしく4択の選択肢を出せばすむだけでしょう。 おまけのCGモードでもいっぺんに表示されず、このような形式をとるため、 まったく使えないものになっています。 こんな状態なのでシナリオ回想もありません。

なお、 どこに書けばいいのかわからないのでここに書くことにしますが、 ひとつ誉めたいことがあります。 それはプログラム終了時のメッセージがたくさんあることです。 終了アイコンをクリックすると普通「〜〜を終了しますか?」 のような無味乾燥なメッセージが出るものですが、これは違います。 一字一句覚えてはいないので正確さには欠けますが、 「うーなごりおしいんだよ」とか、「またくるよね」みたいな感じの メッセージがランダムに表示されるのです。 これには驚きました。どうでもいいといえばどうでもいいことですが、 当然このために余計なプログラムを書いているわけで、 そういう所にこだわる心意気には好感がもてます。 ただ、そのこだわりをなぜゲーム本体にもてなかったのかと思うと 残念でなりません。

ディフォルメ度の高い独特な絵です。 ギャルゲーの絵というよりはむしろドタバタアニメかギャル格闘ゲーム の方が似合っているのではないでしょうか。 とにかく全体にムチムチとして手が大きい変わった絵です。 服もなにか重そうな印象をうけます。まさにデフォルメ系でしょう。 文章をみれば確かに18、19の女の子のセリフなのに、 絵をみるとどう考えても小学生か中学生というギャップがあるのです。 もっともシナリオ中でそれをネタにしている場所があるくらいなので、 確信犯なのだとは思います。次第になれるでしょうし。

背景は生身っぽい淡い塗り方で独自性がありますし、 全体に丁寧でレベルは高いです。 また、キャラの立ち絵の他に 文章ウインドウの横にキャラの顔が表示され、これが普通の立ち絵よりもさらに デフォルメ度の高い絵なのです。表情は豊かすぎるくらい豊かで、 かなり楽しげな雰囲気をかもしだしています。

そういうわけで、絵で独自性があって、かつレベルが高いため、 絵柄がどうしても嫌だというのでなければ、いい印象を持つことができるでしょう。 なによりも作品に合っていると思います。

地味ですが、非常にいいです。 心を和ませてくれます。 曲を聞いた瞬間にシーンがうかぶようなことはないでしょうが、 雰囲気を見事に表現しています。 ゲームを終えた時に曲の印象が残っていないからといって、 必ずしも曲が悪いということは意味しないのです。

全体として

印象のいいゲームです。 毒にも薬にもならないといわれればそうですが、 心を安らかにしてくれます。 強い衝撃だけがすべてではないということを 改めて感じました。 もっとシナリオ書きのレベルが上がれば 衝撃やキャラの存在感もつくようになると思いますので、 結構注目してもいいと思います。


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