「雫」感想(Ver.1)

パソゲーにおけるノベルゲーの元祖と言っていい作品です。 他に何かあったかもしれませんが、知名度とファンの数と質から言って まあ、これを元祖と言っても文句は出ないでしょう。 今回同人誌を作るにあたってもう一度読み直してみたので、 この機会に感想文を書いておくことにします。

なお、以前には全てのエンディングを見ていますが、 今回読んだのはトゥルーエンド及びもう一つのバッドエンドだけです。 他のはそう鮮明に記憶にあるわけでもありませんので、 そのへんはご了承ください。

ストーリー

現実は退屈だった。世界には色彩がなかった。 主人公、祐介の心はそういう現実を離れ、妄想にその居場所を求めようとしていた。 そういうある日、一人の女子生徒が授業中に発狂。 こうして唐突にいやおうなく事件は始まります。

もしこの作品のテーマをあげるとすれば、今流行りの「自分の居場所」 ということになるでしょうか。自分の居場所がこの世界にないという実感。 自分が世界から消えてしまいそうな感覚。 そういう想いにとらわれた主人公のお話なわけです。

まあどう言っていいのかわかりませんが、ストーリーはかなりよくできています。 精神世界を扱いながらもそもそも構成が理性的なので、 感情移入できない人には何もおもしろくないタイプのものとは 一線を画していると言えます。 わかりやすく言えば、「あらすじもおもしろい」タイプです。 普通、精神面から世界を描くタイプの人が書くと、 物理的な説明を求めない傾向があります。 雰囲気と心情さえ伝わればそれで良しという奴で、 「ONE」などはその手のものでしょう。 しかし、雫ではそういう狂気やらの精神についてフィクションながらも明快な 説明を与えており、いうならばわかりやすい作品になっています。 それ故に最後のあたりがわかりやすくなりすぎているという気もしますが、 おそらく一般的にこのあたりのバランスが一番好まれるのではないでしょうか。

また、うまくマルチシナリオであることを活かしているのも特筆すべき点です。 何もわからずに終わるエンディングでさえも、そのシナリオを読まねば わからないことや、感じられないことをちゃんと盛りこんできています。 バッドエンドと呼ばれるエンディングを含めて、全てのエンディングが ストーリーの一部になっていると言えるでしょう。 中には衝撃的に悲惨な終わり方をするものもあり、 一見の価値があります。おそらくどのエンディングが一番印象に残ったか、 と問われれば、大方の人がハッピーエンドでない「とある」エンディングを あげることでしょう。

さらに、エロシーンが必然で、展開に水を差すものになっていないのも 特筆すべき点です。恋愛感情からくるエロシーンは、 その恋愛感情を十分に説明せねば唐突になってしまいます。 しかし、この作品はそれをうまく逃れる手を使っており、 あざとさや唐突さを感じさせません。 つまり、ほとんど強姦なのです。 和姦でも「とある」要素によって必然的に、無理矢理に そういうことになりますので、心がどうとかについて考える必要がまるでありません。 その意味まるで恋愛はテーマではないのです。 私が見る限り、このゲーム内にはまるで恋愛感情はありません。 特にヒロインとの感情を恋愛感情だと感じる人は相当少ないのではないでしょうか。 こういうのも恋愛のうちなのかもしれませんが、 一般的なイメージとはかなりかけ離れている気がします。

で、結局何がすごいかと言えば、作品の根幹を成す設定である「毒電波」と、 ヒロインの瑠璃子の持つ雰囲気です。そしてそれらを演出する文章、文体。 ストーリーの流れがどうとか、テーマがどうとか、そういうことは ほとんどおまけと言ってもいいでしょう。 で、実はそのすごさも「雫」独自のすごさではなく、元ネタがあります。 主人公も、テーマも、表現も、毒電波のことも 大槻ケンジ氏の小説である「新興宗教オモイデ教」が元であることはほとんど 疑いがないのです。 しかし、それをうまくわかりやすいエンターテインメントにし、 何よりも「瑠璃子」というキャラクターを作りあげたことは あまりにも評価できます。 パクリはアレンジと呼ばれるレベルになれば、もはや罪ではないのです。

文章

全体にくどい傾向が多少ありますが、 これも演出のためと思えばそう気にもなりません。 雰囲気を表現するのに反復は非常に効果的な技法だからです。 電波の表現などはまるっきり「オモイデ教」のパクリだと思われますが、 雰囲気が出ているので責めることもないでしょう。 それに、そういう表現がちゃんと他の部分から浮かないで 存在しているのは大したものだとおもいます。

人物

雫といえば瑠璃子さんというくらい瑠璃子さんは強烈です。 設定がどうだとか、容姿がどうだとか、そういう次元でもありませんし、 性格が活発だとか、おしとやかだとか、健気だとか、そういう話とも 別次元です。決して恋愛感情を抱くタイプではないでしょうし、 かわいいからオレのものにしたい、などと思うタイプでもありません。 あこがれるわけでもありません。もはや読者が瑠璃子さんに対して 抱く感情はそういう次元ですらないのです。 数ある瑠璃子さんを題材とした同人誌の存在を考えると、 そういう想いを持っているのは私だけではないのでしょう。 理性的に考えればセリフが独特で、言っていることが微妙におかしい、 というととくらいしか分析できません。 おそらく文体やストーリー、あるいは絵柄や音楽などが総合的に 作用して読者に独特な印象を与えるのでしょう。

なお、 脇役も地味ながら立っています。 沙織、瑞穂、おじさんなどは設定は地味ですが ちゃんと人物が描かれていて好感がもてます。 一方黒幕はストーリーをわかりやすくするためにステレオタイプに されすぎた気がしますが、彼の人格に凝りすぎるとストーリーのわかりやすさが 失われるのかもしれません。 いわゆるエンターテインメント性を保つためにはこのくらいでいいのでしょう。 おそらく。

ルール

選択肢付き小説ですが、工夫が見られます。 それは、あるエンディングを見ることによって次にやった時に 新しく出てくる選択肢があることです。 これによってシナリオを読む順番をある操作しています。 おまけシナリオのようなものの選択肢が最初からあったのでは どうにもならないでしょう。

ただ、選択肢の質に多少問題があります。 ほとんど4択としか思えない選択肢や、 あまりにも重要にもかかわらずヒントのない選択肢がチラホラあるのです。 一度エンディングに行くと、その時に「ここの選択肢はこう」 というヒントが出るのですが、やはりそれはちょっといまひとつでしょう。 最初は真のエンディングに行かれたくない、ということだとは思うのですが、 そこはやはりフラグで選択肢が出ることをもっとうまく 使うなりしてほしかったと思います。 ちなみに、後に出た「痕」ではそのあたりが非常によくできているのは 別に書いた通りです。

また、文章をさかのぼれたり、一つ前の選択肢に戻れたりと かなり親切です。windows版は文章スキップもあり、 かなり快適です。ただ、一度エンディングに行ってしまうと セーブデータが消されるという仕様は少し読者にしてみると不親切と感じます。 書いた人からすれば最初から通して読んでほしくてそうしたのでしょうが、 やはり一度読んだ文章は読まないものなのです。 また、一度読んだ文章を飛ばす機能はあるにしても、 「一度読んだ」というフラグの範囲が大きいので、 展開が違ってもシーンそのものは同じという場所が飛びません。 そのへんが多少面倒くさく感じられます。

しかし、そういうところは些細なことで、 ちゃんとあるべき機能をそなえているのは好感が持てます。 速度も最も高速な部類です。

かなり変です。特に瑠璃子さん。 「深窓のお嬢様」とか「お人形さん」とかいう表現とともに あの姿で現れた時にはどうしようかと思いました。 はっきり言って、恐いです。 あのバランスはかなり恐いです。 しかし、慣れます。慣れるどころか、あれがかわいく見えてきます。 絵だけのパワーではないのは確かですが、 妙に慣れてしまいやすい絵なのかもしれません。

なお、塗りはけっこうきれいです。16色にしては、ですが。 色彩が雰囲気によくあっているのが特に印象に残ります。 青、そして赤。月夜や夕焼けのシーンが代表的でしょう。

ちなみに、背景は単色化した写真を用いており、 異様に雰囲気が出ています。色数が16色で、手間をかけている時間がなかった ということもあるのでしょうが、これは勝利です。

音楽

すごいのと普通なのが混ざっています。 瑠璃子さんのテーマや、狂気のテーマ、日常のテーマあたりは 非常にいいのですが、最後のバトルのあたりはかなり普通です。 はっきり言って、そういう普通の曲がかかるとかなり浮いて感じます。 しかしながら、とにかく瑠璃子さんのテーマが心にこびりつくので、 それだけでもうおなかいっぱいです。 曲だけのパワーでもないのでしょうが。

ぜんぶで

すごいです。出来がよくて完成度が高いという以上に すごいです。理性的なものとセンスがうまくバランスをとっているあたりが、 高橋氏(シナリオ)の特徴をよく表している気がします。 そして、なにより、瑠璃子さんでしょう。 「萌え」とかじゃなくて。

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