「加奈〜いもうと」感想

泣きゲーとして不動の地位を築いてしまったこのゲーム。 私が読まねばならないのは当然のことでした。 しかし。あまりにも評価がむつかしい作品です。 困るほど。

ストーリー

病弱な妹をもった兄が妹をどう見つめていくか。 あらすじはそういうことです。 妹が高校に上がる年の主人公の回想が次第に時代を下っていくという 作りになっています。最後には最初の時間に追いついて、 そこで結末を迎えます。 なんのひねりもない、直球なシナリオといえましょう。 これがいいか悪いかは読み手の性質にかかっています。

まず。最初に断言しておきますが、まあ出来はいいです。 この作品の売りは心理描写ですが、 これがとてもよく書けています。 妹が死にゆくのを目のあたりにして苦しむ兄の姿、 その妹に対して抱く恋心。この2つがえんえんと描写されます。 前者に関しては、伯母の死を目のあたりにすることで、 それに妹の未来を重ねあわせる主人公の姿を描き、 後者に関しては 恋人との日々が「所詮妹をその中に見ていただけだった」という救いようのない 認識のために失われることによって、苦しむ心を描いているわけです。 まったくムダがなくその主題を表現しているといえるでしょう。 伏線も多様で、幼い日々の思いでや日記などの小道具を ムダなく使って盛り上げてきます。 テーマに「死」そのものをもってきて深刻さをより強いものにしているのも 優れたところです。 表現そのものも丁寧で、十分に優れたシナリオといえるでしょう。

さて。お気付きになられたでしょうが、実は好意的ではありません。 しかし困ったことに、けなすというほどのこともありません。 ちゃんと作られているのは確かで、これに関してケチをつけるとしても それは好みの領域での話にならざるを得ないからです。 ですから、ここから先は客観性を保証できません。

シナリオのおもしろさというのは、大きく2つに分けると情に訴える部分と、 理性、あるいは知性に訴える部分に分けられます。 心理描写は主に前者であり、推理小説のトリックなどは後者に属するといえましょう。 そう考えると、この作品のシナリオは前者に偏りすぎています。 シナリオ的にはムダなく心理描写をしているわけですが、 このムダのなさがその印象を作る原因になっています。 はっきり言えば、無駄がないということは展開が読みやすいということなのです。 伏線は出てきた瞬間に伏線とわかりますし、 これだけシナリオの方向性が明らかであれば、 その伏線がどのように使われるかまで読めてしまいます。 また、盛り上げるために導入された数々の偶然も、あまりにも必然になりすぎていて、 シナリオ的に驚きがありません。例えば、恋人と家で行為に及んでしまうシーンが ありますが、これは妹に目撃されざるを得ません。シナリオ内で偶然であっても、 シナリオを読む側、そして書く側からすればそれは必然でしょう。 その恋人の父が妹の病院の医者であることも、必然になりすぎた偶然です。 とにかく。こういう話はギャルゲの世界から外に目を向ければいくらでもあります。 それらと戦うには、少し安易すぎるように思えるのです。 そこまでギャルゲに求めるなと言われるかもしれませんが、 ジャンルなど意味を持ちません。「ストーリー」である以上、 ギャルゲであるからといって甘えを許すのは創作を行う者として美しくありません。

また、展開が読めること以上に問題に思えるのは、展開の速度が一定であることです。 そもそも結末は読めており、妹が死ぬことは決まっています。 死なない展開もありますが、それは死ぬ展開の最後に死なないための小道具 (この作品では主人公の腎臓)を配置する だけのことですから、展開としては死ぬのと同じです (ここで言っているのは心理描写などの細い部分でなく、展開そのものだけ)。 であれば、展開として気を使うべきは、そこに至る過程になります。 私にとっては残念なことに、妹はなんのひねりもなく徐々に死んでいきます。 物語の深刻さはまるで直線の一次関数のように単純に高まっていくのです。 中学生の時代に学校に通える時期があるじゃないか、 と反論なさる方もおられるでしょう。 しかし。そういう「事実として」一旦事態が好転するというのは効果が薄いのです。 「実感として」、読み手に希望を抱かせねば効果はありません。 暗い未来を一瞬かすかに忘れさせる。それだけでいいのです。 ましてやこの場合はすでに死病であることは前提になっているのですから、 読んでいる人間の心は揺さぶりをかけられることなく ただひたすら悲しくなっていきます。 一旦とるにたらないことで安心させて落とすといった 揺さぶりがないのは私にとってはあまり好ましいことではありません。 すべては展開にむだがなく読みやすいことに起因しています。

しかし、ここまで言っておいてなんですが、私だって相当参りました。 しかしながら敢えて言えば、 私はこの作品に参ったのではなく、ネタ(題材)に参ったのです。 身内の死を扱えば深刻になるのは当然です。そこに禁じられた感情が入るのも 物語としては当然でしょう。であれば、そこにはそのネタ(題材)の力以外の力が なければなりません。確かにこの作品は「異様に丁寧な心理描写」という 武器を持っています。しかし、それは情にしか訴えません。 知と理に訴えかける驚きをもう少しもてれば、それによって情の受ける衝撃は より大きなものになります。これが私の「エンターテインメント」に対する要求です。

最後に。私の意見は基本的に「見せるものには見せどころがなくてはならない」 というものです。この作品は「死」を正面から扱った希有な作品です。 専門的なところでアラがあるにしても、それをここまで丁寧な心理描写 によって描いたことは素直にほめたたえたいところです。 しかし、悪い言い方をすれば、 それは「泣かせるために、泣かせるようにしか作らなかった」 ことの現れでもあります。 「泣かせるために、泣かせるものを作ろうとする」のはなんら問題ではありません。 「泣かせるために、泣かせる要素以外からも攻める」姿勢こそ、 真に「泣かせるために、泣かせるものを作る」ことなのではないでしょうか。

文章

普通です。たまに短く切って余韻を残そうという意図のあるところがありますが、 さほどでもありません。言葉はストレートで、 素直に心情を表現しているといえるでしょう。 多少、妹の動作の擬音(こくこく、等)がうっとうしいですが、 この程度は好みの問題で、指摘するには値しないと思います。

またもや好みですが、私はもう少し「敢えて、書かない」 という技法がほしかった気がします。 ストレートにちょっとクサめのことを言ってしまうので、 もう少し、それをフォローするような描写があるなり、 それを仕草で出すなりできると私の秘孔を突くことができたでしょう。

人物

この作品のいいところでもあり、私にとっては物足りない点でもあるのですが、 まったくムダがありません。すべてシナリオの要求通りの人物です。 生まれつき死病に侵され、兄と病院以外のものをほとんど知らず、 いつしか兄への恋慕を抱く妹、加奈。 妹を気づかって、いつしか恋に苦しむ兄(主人公)。 最後の最後に、娘に対して酷薄とも思えることを口にする父。 凡庸な母。活発で激しい恋人。加奈の純白さに惚れながらも、 どこか加奈を独立した人間とみなしていない同級生。 末期ガンで死に臨む伯母。生まれつき肝臓に疾患があり 長くは生きられないだろうと言われ、 また母の死に直面せざるを得ない従姉妹の女の子。 すべてがムダなく必然な人物です。 まったくよくできており、なんら責めるところはありません。

しかし、無駄がなさすぎるのです。 設定はともかく、もう少しその人間がどういう人間なのかを 表現してほしかった気がします。 いや、正確に言えば、ムダというか人物像を深める描写はあったのでしょう。 しかし、それには驚きがなかったのです。 「ああ、おまえこんなところもあるんだ」という新鮮さが。 これがたまに少し見えるだけで、私などはヤられてしまう可能性が大です。 私がキャラ重視であることがこういう感想にも現れています。

ルール

選択肢付き小説。それだけです。しかし、細い部分にも気を配り、 不快にさせないための努力がいろいろと見えます。 1ページ単位で戻っていけるのも親切です。 セーブデータにシーンの名前が書いてあり、 どのあたりでセーブしたものかわかるのもありがたいでしょう。 文字の速度などのおきまりの設定もちゃんと持っています。 多少速度が遅いですが、まあ、仕方ないのでしょう。

しかし、これにはもっと根本的なルール面の欠点があります。 それは、「この形式を生かしていない」ということです。 選択肢によって分岐はするものの、分岐したいくつかのストーリーには共通点が多く、 ひどい場合になると相当早くから分岐するも違うのはエンディングの 数ページだけ、ということもあります。 シナリオを作って、それをゲームらしくするために 選択肢をつける、というのでは本末転倒です。 こういった形式である以上、最低でも 選択肢があることを意識してシナリオを書かねば「いけないのです」。 この作品に関していえば、ただの小説であってもさほど問題はありません。 もちろん感情移入の手段としての選択肢というものはありますが、 そうであれば、もう少し分岐の質というものを考えるべきでしょう。 CGやらエンディングをかきあつめるために、何度も同じ文章を、 それも読みもせずに飛ばしているのを待つというのは不毛にすぎます。 親切さうんぬんの問題と安易に考えずに、 「なぜ、選択肢をつけるのか」という問題から再出発すべきではないでしょうか。

うまいとは言えません。 しょっちゅう顔が変わります。 ちょっと変わっている絵かもしれません。 まあ、印象の強い絵ではないので、毒にはならないでしょう。 塗りも、まあまあです。高いレベルとは言えないでしょうが、 不快になることもないでしょう。

しかし、花火を見る加奈の顔はあまりにも「死」を感じさせました。 あれが狙ったのなら、結構すごいのかもしれません。

納得できる曲です。「このシーンなら確かにこれだ」という思いで、 受けいれられます。これは長所でもあり短所でもあります。 すくなくても曲が頭にこびりつくようなことはそうそうないでしょうし、 驚きもありません。 私としては、武満徹の映画音楽のように、 「こんな曲で一見合わなそうなのに、なにか合っていて、余計に場面が引き立つ」 ような効果があるといいのですが、そこまで言うのは酷というものでしょう。

全体として

泣きそうになりました。でも泣きませんでした。 なぜか。それは情に訴えようという姿勢だけが目についたからです。 堀を埋め、補給を断ち、あの手この手で攻め落とすのではなく、 ただただ大群で突撃する。そういう印象があります。 確かにその軍勢は強く、数も多かったのです。 題材自体が泣くのが必然なもので、 展開も人物もすべてがそれのために存在しています。 そのことを自覚して覚め気味であることをさしひいても 私はなお泣きそうになりました。 しかし。泣きはしなかったのです。


もどる