「フォークソング」感想

終末のすごしかたと同じ絵描きということで名が知れているゲームです。 内容に関するうわさはまるで聞かなかったのですが、 シナリオもまた曲者です。 地味さという面ではこれにかなうものはないのではないでしょうか。 シナリオ、絵、音楽の3つの調和によって醸される雰囲気は 見事の一言につきます。

ストーリー

田舎で展開される3つのラブストーリー。 それ以上に言うことがないというくらい、ありふれていそうなストーリーです。 しかし、その「ありふれている」度合がかなり「ありふれていない」のが 特徴でしょう。つまり、現実にはこういう話はあるかもしれないけれども、 こういう話を作品にする人はそう多くはないという意味です。 これはたぶんギャルゲーではありません。

それ以上何を書けばいいのか少し困ってしまう作品なのですが、 第一にかなりまじめに書いているという印象を受けました。 展開をどうもっていこうとか、ここをウリにしようとか、 そういうことはあまり考えずに、キャラクタの人格を作ることを最優先にしている 気がします。 その彼等をある状況においた時にどう考えてどう行動するのか ということを考える、あるいは想像することによって展開が生まれてくる という作り方をしている気がするのです。 あざとくなくする、というコンセプトが根底にあるにしても 狙っている印象は受けません。 もちろん商売ですから「こういうのが好きな人も少からずいるだろう」 という読みはあるでしょうが、その上でいうならば好き勝手に 自分の理想を目指して書いているような気がします。

実は一回目読んだ時には、まるで内容がわかりませんでした。 よくある「いきなり殺されて終わり」、のようなわからなさではなく、 ちゃんと話が展開して一応の終わりを見たにもかかわらず 情報が足りなくて頭の中で像を結ばないという感じです。 内容どころか、「このキャラとこのキャラは同い歳」というような 設定すらわからない状態でした。 しかし、せっかくだからと思って3組のシナリオを 一度づつ読んでみた後では、見事にその印象は消えていました。 最初に読んだ時のわかりにくさは、それぞれのシナリオだけでは 渦中の2人についての描写すら十分ではないということによります。 しかし不思議なことにこれが3つ合わさると きれいに頭の中に6人の像が結ばれるのです。 そういう書き方は、「まずつかみが大切」という一般的な 売り物の定跡からは外れています。 販売戦略としてはそのつかみは絵にまかせたという ことでしょうが、それにしたってすごい思い切りだと思います。

なお、この話はとても分岐が多いです。 3つのシナリオと言いはしましたが、 そのそれぞれが相当複雑に分岐しています。 その複雑さは攻略を相当困難にしているのですが、 おそらく攻略がどうのとかいうゲームを作ろうとしたのでは ないのではないでしょうか。 なんにでも言えることですがキャラクターの人格が頭の中でできあがってさえいれば、 状況を与えるだけでそのキャラの行動は頭の中で勝手に決まってくるものです。 キャラが一人歩きするという奴です。 おそらく、それぞれの場面でいくつかの状況を与えられた時に 自然とそれぞれに次の展開が生まれてくる、ということがくり返されているうちに 複雑に分岐していったのではないかと思います。 いわばこの分岐はゲーム性をどうにかしようとして作るような目的ではなく、 シナリオを作っていく上で自然に生じた結果なのではないでしょうか。

なお、Hシーンは出来のレベルからいけば普通だと思いますが、 やはりそこに至る過程が不自然に感じます。 他のところは「条件を与えると展開が出てくる」というキャラの人格にまかせた 作り方なのですが、 Hシーンだけはそういう作り方ができません。 どうしても入れなければいけないわけで、 「この展開になるにはどういう条件がいるか」という 逆の作り方をせざるを得ないのです。 ところで、とあるシナリオではHシーンに至る過程が完全に省略されており、 想像にまかされています。さすがにここまでやるとやりすぎだと思うのですが。

文章

奇をてらったりしない、自然体できれいな文章です。 書かなすぎるんじゃないかと思うくらい、さっぱりとしています。 読者の想像力をかきたてる文章とは言えませんが、 読者が想像力をかきたてるのを決して邪魔しない文章です。 この分野ではやりすぎなくらい描写して感動しろ感動しととうるさい文章が多いので、 これはとても好感がもてます。

人物

そのへんにいそうに思えるくらいちゃんと描かれています。 キャラが立っている、というのとは違うかもしれませんが、 生身の人間っぽさが出ています。 深みがあります。 どう言えばいいのかわかりませんが、とにかく魅力的です。 バリエーションがどうのラインナップがどうの属性がどうの などと言う世界とはまるで無縁な、地味でしかし確かな世界がそこにあるのです。

雰囲気に合っている。というより、雰囲気を作っています。 キャラの人格までが感じられる気がするほどです。

もちろんおかしいところはたくさんあります。 同年代に見えないとか、キャラを並べた時にバランスがおかしいとか。 背が小さいキャラほど顔が大きいので、背の高いのと低いのが並んでいると 顔と体のバランスが違いすぎて違和感があったりするのです。 しかし、そんなことは些細なことでしょう。 淡い塗りや、なつかしさの漂う背景も見事に 空気を作っていますし、 キャラクターの表情などもいい感じです。 シナリオによってその印象が増幅されているのは間違いないでしょうが、 この絵によってシナリオの印象もまた影響を受けているのです。

音楽

これもまた雰囲気を作っています。ピアノが印象的で、音質もきれいです。 曲も、それとして存在感のあるものではないにせよ、 見事にシナリオや絵と調和して雰囲気を作っています。

繰り返すようですが、調和という面から見ればトップレベルだと思います。

システム、ルール

選択肢つき小説。ただ、その選択肢がとても特徴的です。 普通は読者がある人物に感情移入して、その視点から行動を決めるのが 選択肢というものですが、この選択肢はそういうものではありません。 「どのキャラが何をするか」というのを読者が勝手に選ぶのです。 ここには読者の感情移入など存在しません。 「Aはこう言う」「Bはこう言う」「Cはこう言う」というように、 その場面場面でキャラの性格から 考えられる行動がいくつか並んでいる状態で、 読者は「どの条件を与えた時にどういう展開が起こるか」 ということを考えて一つを選ぶことになります。 ある一人の行動がいくつかあるなら「自分だったらこう」と考えることもできますが、 これではそんなことを考えることは不可能でしょう。 読者のストーリーへの関わり方が他のものとは全く異質なのです。 良い悪いはともかくとして、それもまたこの作品の雰囲気を 形づくる要素になっています。

また分岐がかなり多いのは前に書いた通りですが、 これをわかりやすくするためにフローチャートを作図してくれる機能がついています。 これがなかったら攻略はさらに困難になっていたでしょう。 しかし、普通に読む分にはあってもなくてもさほど関係ない気もします。 6人がどういう人物なのかがわかってくれば、どういう選択肢を選べば どういう展開になってゆくのかは想像がつくようになってくるからです。 そういう意味で選択肢と展開の関係は優秀な部類に入ると思います。

なお、快適さに関係する部分は特に問題はありません。 セーブデータにも場面の名前と日付が入っていて親切です。

全体として

とにかく変わっています。 感情をゆさぶられることはまるでありませんが、 心の隅に何からひっかかったり、 わずかな痛みを思い出したりすることが、たまにあります。 どこか荒削りですが、いい出来です。 なんとも感想を書くのがむつかしい作品でした。

もどる