「アトラク=ナクア」感想

雰囲気のあるゲームでした。アリスソフトとは思えないほど まともなゲームです。しかしながら独立したひとつのゲームとして売りだされた わけではないことのせいなのか、完成度の面で残念な点もありました。

ストーリー

蜘蛛の化物が戦いで傷つき、その傷を癒すために人間のふりをして とある学校に棲みついて、その学校の生徒をその餌食にしていくと いうストーリーです。 最後は因縁の対決になり、そこで過去が語られて物語は幕を閉じます。

そういうわけで、おおまかには普通のストーリーです。 おおまかに言えば展開もそう突飛なものではなく、 いわば定跡通りの展開といえます。しかし個々のエピソードの出来があまりによく、 標的にされた人間がじわじわと追いつめられていくさまは とてもスリリングです。非日常の中で翻弄される人間の心情がかなり丁寧に かかれているのも、その効果を高める要因になっています。

しかし残念なのはストーリー終盤があまりに安易だったことです。 文章がとてもうまいので読んでいる間はきづきませんが、 あまりにありがちな盛り上げかたで、敵役もなにか陳腐です。 確かにかっこいいのですが、そのかっこよさがそれまで作りあげた 雰囲気から浮いてしまっています。結末もそれなりで、 なにかがっかりします。 やはり、ここにきて伝承や巫女を出してくるのはいまひとつ安易でしょう。 数百年という時間を感じさせる道具として伝承を出してくるのは確かに 効果的でしょうが、とたんにうさんくさい雰囲気になってしまいます。 神社やら巫女もなにか都合よく、いきなり三流伝奇ものに 堕ちたような印象を受けるのです。 もともと現代日本の普通の学校に化物がまぎれこんで そういう非日常がくりひろげられるのが おもしろいのですから、そこにそれ以外の非日常である そういった巫女やら神社やら伝承などを入れてくるのは どうかと思うのです。

なお、ストーリー上の設定は極めてエロゲ的であり、 精気を吸いとってうんぬんというあたりはもちろんそういうことです。 そのへんが鼻につかないでもありませんが、このあたりはお約束として 流しておくのがいいでしょう。どうせ文章がうまいので、 覆い隠されてしまいます。

文章

うますぎます。それでおわるのもあんまりなので自分のできる範囲で説明しましょう。 文章の種類としては比較的ごてごてと比喩なんかをいれてくる タイプなのですが、気になるどころかそこにかっこよさを感じてしまいます。 これではなにがすごいのかわかりませんが、そのうまさの現れとして ひとつ言えるのは状況説明がとてもに視覚的で わかりやすいということです。 色、形などを直観に訴える形で表現するのが うまいので、とてもわかりやすく、かつ、かっこいいのです。 最後の戦闘などはそれがもっともよくあらわれる所で、頭の中でアニメが くりひろげられるような印象を受けます。 また、台詞も人物の特徴がとてもよく出ていてやはりかっこいいです。 省略がうまいのも特徴で、その後何が起こるのか自明な場合には 唐突に場面を変えてしまいます。それでも話がわかりにくくならないのがうまさで、 しかもそれがやはりかっこいいのです。 また、ところどころで場を盛りあげるような小道具をうまく入れてくるあたりも なかなかでしょう。私としては「ゆく河の…」のくだりはとてもよかったと思います。 とにかく、文章がうまいことがあらゆる場面で「かっこよさ」に つながっているのです。

登場人物

やはり売りは主人公の蜘蛛女でしょう。あまりにかっこいいです。 もちろん、「これこれこういう奴」と説明できるレベルから出発して作っていることは 疑いないのですが、それだけで終わらない存在感があります。 他の人物にもそれがいえ、属性で作られているのは確かではあるけども、 やはり存在感があるのです。ことに、追いつめられていく時の心情の描写は すばらしいでしょう。

もちろんエロゲ要素のために人物がいいかげんになる個所がないわけでは ありませんが、設定や文章のうまさによって巧妙に隠しています。 普通は気にならないでしょう。むしろ問題なのはクライマックス付近での主人公の 人格の変化です。それまで基本的には鬼畜だった主人公が 急にいい奴になってしまいます。もちろん、説明はあるのですが 多少唐突な印象があります。練り込みが足りないといったのはこういうところで、 もう少し段階を踏んでほしかったところです。もともとこのストーリーは 主人公のクールなかっこよさが大きな魅力になっています。 話の展開とともにそのクールな人物にも若干のやさしさが見え隠れし、 それがこころに秘められた傷によることがわかってくるからこそ よけいにかっこよくなるわけです。ですから、あまり急にやさしくなられると せっかくのかっこよさが台無しになってしまいます。この作品では 台無しになるほどひどくはありませんが、もう少し練ってほしかった というのが正直なところです。そうすれば、 敵役ももっと魅力的になっていたでしょう。

演出

巧妙です。章が変わる時に章の名前(餌食になるキャラの名前)がカタカナで 表示されるのですが、一度左右反転して表示されてから普通に表示されるという 凝りようです。その色も字体もえらく雰囲気が出ています。 そしてなによりもカタカナというところがいいでしょう。 カタカナのうさんくささを実感することができます。

また、場面転換の時に音楽が途切れない個所が多くあるのですが、 たったそれだけのことでえらくかっこよく、雰囲気が出ています。 それぞれのエピソードの佳境に入ってくると 多いのですが、標的になった人物が悩み苦しむ場面が続く時に、 場所や時間が変わっても音楽が変わらないのです。 沈んだ雰囲気が昼も夜も変わらず続くということを文章だけでなく音楽によっても 感じることができるわけです。 ただ音楽が途切れないというだけで、感情移入の度合が高まるというのは すごい技術だと思いました。

ルール、システム

それぞれのエピソードでストーリーに関わる選択肢がひとつ出てきて、 基本的にそれによってその標的が餌食になるかどうかが決まります。 そして、それによってそれ以降の章での標的の運命が変化してきます。 ですから、「誰が贄になっていると誰がどうなる」のかを調べる作業が 攻略ということになります。しかし、そのパターンは多くなく、 しかもエディングには全く影響しません。 やはり何人餌食にしようとエンディングは同じというのはすこし抵抗があります。 ここにも独立のゲームとして発売されなかったことの影響が出ていると 言えるでしょう。もしもっと労力をつぎこんでいればこんなことには ならなかったはずなのです。惜しいとしかいいようがありません。

なお、速度面での不満はせいぜい文章を飛ばすのが遅いことくらいです。 選択肢の数がすくないため、これはそう問題ではありません。

うまくはないでしょうが、下手ではありません。 色塗りもあまり力は入れてはいないでしょうが、 だからといって汚いというほどでもありません。 むしろ特筆すべきは、アリスソフトの作品にもかかわらず原画がひとりだ ということです。原画が複数いるとゲーム内での雰囲気がバラバラになり、 非常にいいかげんな印象を受けます。それがないのもあって、 絵によってせっかくの雰囲気が破壊されることもなかったのがうれしいところです。

テーマ曲が特にいいです。 どの編曲でもかっこいいというのがすごいところでしょう。 音質があからさまにMIDIなのが残念ではありますが、 曲そのものは非常にかっこいいです。 このテーマ曲以外も高レベルではあるのですが、 「日本でなく和風だ」という言葉がなにかしっくりくる ようなうさんくささが感じられます。 これは友達の名言で、なんとも絶妙な表現です。 また、もともとの曲数が少なく編曲によって水増ししています。 最後の戦闘の時など連続でアレンジの違うバージョンがかかるので、 やはり作曲にあまり時間をかけられなかったのではないかと思ってしまいます。 しかし、かっこいいので問題というほどのこともありません。

なお、効果音はありがちなもので、もうすこし凝ってほしかったとも思います。

全体として

雰囲気を楽しむゲームです。 全編かっこいいので、それだけに酔っていられれば幸せでしょう。 しかし、深く考えるとやはり「惜しかった」という気持ちが強く残ること になります。このあたりがアリスソフトたる所以なのかもしれません。


もどる