「 「果てしなく青い、この空の下で…」感想

知りあいから「感想文を書いてくれ」という言葉とともに渡された このゲーム。「前半にダマされるな」という言葉は聞いていたものの、 見事にダマされました。さて、彼が望むような感想かどうか。

ストーリー

生徒数わずか6人という安曇学園。それが今年一杯で閉鎖ということになったのが 全ての始まりでした。村の中で静かな生活を送ってきた主人公達が 突如として直面した現実。その中でゆれ動く心のお話。

というのが1時間ほど経った段階での理解ではないでしょうか。 しかし、これはそんな生ぬるい田舎トゥルーラブストーリーではなかったのです。 このレベルのネタバレはやむを得ないということで書きますが、 実はこれはダークでサイコでオカルトなバイオレンス伝奇なのでした。 始業式、春、夏、秋、冬の5章からできていますが、 秋にもなればもうお話はメチャクチャになっています。

お話がおもしろいタイプなので、これくらいにしておきましょう。

構成

前述の通り5部構成ですが、選択肢によってかなり早い時期に分岐します。 キャラ5人のお話が別にあるのですが、どのシナリオに進んでも、 村で進行していく事態の大半は変わりません。 ただ主人公がどこからどう関わるかが変わるだけです。 あるシナリオでは目のあたりにしたある出来事が、 別のシナリオでは終わった後に話を聞く、というなことで、 5つのシナリオを全て終えないと全貌は把握できないようにできているのです。 それでいて個々のシナリオはそれとしてまとまっており、 そのキャラについてはだいたい過不足なく語られるので 欲求不満はたまりません。いいバランスだと言えるでしょう。

雰囲気

このゲームの最大の強みはおそらく雰囲気ではないでしょうか。 お話自体もまあよくできていておもしろいのですが、 それよりもたまにふと出てきてしまう描写がいいのです。 たとえば田舎の描写があります。普通こういった田舎ものでは 田舎のいいところをえんえんと賛美しつつ都会と比較し、 郷愁とかあこがれを抱かせようとします。 のどか。きれい。そんなのが普通お話に出てくる田舎です。 しかしこれは少々毛色が違います。 閉鎖性、不気味さ、不便さ、衰退。そういったものをリアルに描いています。 キャラによっては学園の閉鎖さえなければ鉄道が来て 町になることを喜ぶのではないだろうかと思う奴もいますし、 頑なに町はイヤだというキャラも、別に田舎の方がいいと言っているわけでは ありません。この他の世界を知らず、ただ違うところになるのが不安なだけなのです。 この停滞感がシナリオ全体に影を落としています。 いい知れぬ不気味な呪縛が彼等をこの村に縛りつけているような、 そんな怖さがあります。おそらくそれは本当に郷土というものを持った人には 普通の感覚なのでしょう。私が本当の意味での故郷というのを持たない人間だから こういうのを不気味に思うのかもしれません。

また、キャラ達の性格もまた何か不気味さというかリアルさを感じさせます。 確かに属性だけみれば、おっとり美人、活発なおささなじみ、猫っ子お兄ちゃん、 眼鏡、無愛想、とまあラインナップはそろっているのですが、 人間くささが尋常ではありません。 おっとりした娘は天然ボケでは決してなく、人に迷惑をかけることを 病的なまでに怯える様が人を不安にさせます。 おさななじみも嫉妬が激しすぎますし、 猫っ子もまた無邪気なふるまいの裏に見える計算高さが不気味です。 眼鏡っ娘は過剰すぎる内向性と張りついたような作り笑いが不快ですし、 無愛想な娘も無愛想を通りこして凶器です。 いうならば、みんなしてとっつきにくいのです。 しばらく彼女らとつきあっていればその奥に何があり、 彼女らが彼女らなりに精一杯主人公を想っていることがわかりますが、 それは決して普通のラブコメのような分かりやすい感情ではなく、 何かしらの薄暗い影をいつまでもまとわせています。 私にとってはその影がいいのですが、そう思わない人も多いでしょう。 最初のあたりは無理に普通にしているようであまりわかりませんが、 一度エンディングを見た後だと、最初のあたりの平和さが 何かうそくさく見えます。このうそくささを狙ってやっているとするならば よほどこのシナリオライタは人間を信用していない人なのでしょう。 そして同時に、その信用できない人間というものの中に 一片の真実を見ることをあきらめてはいないような、そんな気がします。

また、狂気描写、支離滅裂な表現、理不尽な展開なども不気味な雰囲気を 形作る要因として大きいでしょう。基本的に、主人公が選ばなかった娘たちは 不幸を免れません。そして主人公が選んだキャラも、 選択を誤れば不幸になりますし、選択が正しくハッピーエンドになったとしても、 そこに至るまでの過程は十分すぎるほど不幸です。 前もってハッピーエンドにしておけば エンディング時にはみな無事にいるようになりますが、 話の途中で見かける不幸はやっぱり目に余るほどのものです。 そして、あまりの苛酷な状況に精神を 病んでいき、キャラによってはほとんど狂気にとらわれるまでに落ちてしまうのです。 また、頻繁に精神世界っぽい描写が行われますが、これもまたいい味を出しています。 そういった状況に臨んだキャラの心理描写が非常にうまく、 「まともに思考することができない状態」というのをうまく表現しています。 強制的にエロシーンになる時なども、普通なら必死に外道な行為を避けようと 抵抗したりするものですが、この主人公は抵抗らしい抵抗もせずに あっというまに欲望にとらわれていきます。確かにこんなもんかもしれません。 人間の思考はまともな環境においてしかまともではありえないのでしょう。

気になるところ

さて、雰囲気その他では絶賛と言っても過言ではないこの作品ですが、 結構気になるところが多いです。まずつかみがどうもいまひとつです。 始まって10分くらいはキャラの顔見せなのですが、 どうにも普通のギャルゲーすぎます。その後も遅ければ夏までは 普通のギャルゲーです。キャラのインパクトが弱いのでギャルゲーとしては 失格ですし、郷愁を抱かせるような田舎描写もないために 「癒しゲー」と呼ばれる分野としても落第でしょう。 最初から超常現象バリバリなシナリオに行く確率はおそらく低く、 たいがいの人は最初の3時間はこのゲームの異常さに 気付かないのではないでしょうか。 もっとも、この普通さが一度エンディングを見た後では「うそくささ」として 強いイメージを与えるので作品の完成度を考えれば間違いではないかもしれません。

あとはエロシーンでしょうか。無理矢理入れすぎてる気がします。 でもまあ、そういうものだと強弁されれば折れてもいいレベルなので それほどは気にしませんが。

ストーリーに使われているモチーフもいまひとつなものが多いです。 地域伝承はよく使うネタですが、図書館で調べてどうにかなるような ものでもないでしょう。また、DNA云々も「頭がいい」という設定の説明としては ショボすぎます。全体にハッタリのための道具がいまひとつなのが おそらくは最大の欠点でしょう。悪役の口調なども典型すぎます。 話を進めるためにキャラが不自然な行動をすることも多くあります。 少々頭を使いすぎたのではないでしょうか。

あとはハッピーエンドが総じて強引です。バッドエンドは辛いながらも 論理的に納得できる出来なものが多いのですが、 ハッピーエンドはどうにもいいかげんです。 理由もなく無事に済んだりします。おそらく作者が考える本当のエンディングは バッドエンドの方でしょう。もっとも、バッドエンドにも無理矢理 不幸にしているような印象を受けるものがありますので、 ひょっとしたら大して変わらないのかもしれません。 構成まではよかったのですが、その個々のシーンやモチーフは あまり良いとは言えないのが残念だったというところでしょう。

耳をすませば系です。ギャルゲーの絵としてどうかは微妙ですが、 うまいのは確かですし、独特な雰囲気を出していて良いでしょう。 たまに妙にエロティックな感じをうけることもあり、 かなり絵はポイントが高いと思います。

また、フォントにアンチエイリアスがかかっていて読みやすかったり、 キャラによってフォントの色を変えたりしているあたりがおもしろいでしょう。 縦書きモードも雰囲気を出すのに一役買っています。

妙に音質が悪い気もしますが、再生機器の関係かもしれません。 効果音もそこそこ用意されており、曲も悪いことはないので まあ良く出来ている方でしょう。それほど強い印象は受けませんでしたが、 雰囲気を良く盛りあげていると思います。

システム面

動作が遅いこともなく、文章スキップ機能もついています。 文字のアンチエイリアス、表示速度、縦書き横書き選択、等々の 機能が盛りこまれており、読み返しがないという致命的な欠陥はあるにせよ まあまあいい方でしょう。

なお、このゲームは5章構成で、 一度エンディングを見た後ならそのどこから始めるかを自由に決めることができます。 それぞれの章についてフラグの状態が 記録されており、最後にその章を読んだ時のフラグの状態によって 次の章が誰のシナリオになるか、そしてどういう状態かが左右されるわけです。 たとえば1章をAというキャラのシナリオに行く方向で終えれば、 2章はAというキャラのシナリオになります。 また、ある章をハッピーエンド条件を満たさずに終えていたならば、 その後の章で何をやってもハッピーエンドにはなりません。 そのあたり、どこで間違ったのかを同定するのが多少骨ではあるでしょう。 もっとも文章スキップは次の選択肢まで一瞬で飛ばす形式なので、 攻略も大部楽になります。

選択肢の質も大半は良く、ちょっとした行動から大きく事態が変化し、 一つの事件をいろんな面から見るための道具になっています。 しかし、質の悪い選択肢もあり、加えてそれが致命的な選択肢だったりするので 攻略は比較的むつかしいでしょう。単純にいい子ちゃんな選択肢を選んでも ハッピーエンドにはならないので、たいがいの人は最初はバッドエンドを 連発で見ることになるのではないでしょうか。

全体として

たまらない雰囲気と、変な描写、そして 異常なほど説得力と存在感のある人物達がたまりません。 話もおもしろいですし、これは勧めるに足る作品だと思います。


もどる


ネタバレ部

文乃シナリオはやられた。人間に対するこれほどの不信感は 一体どこからくるのだろう。 オレはこんなに度胸がないし、あんなに不幸ではないから こうやってのうのうと生きているが、 彼女が言うことはいちいちもっともに思えるし、 オレも同じように思うことが多い。 そして、そんなひどい女である文乃についていかざるを得ない主人公の 心理も痛いほどよくわかる。そう、期待を裏切るのが恐いから、 期待されているのではないかと少しでも思ったらついていかなくてはならないのだ。 「誰かに憎まれて死ぬのは恐くないが、誰にも知られずに死ぬのは耐えられない」 というのも妙にわかる。彼女は本当は誰よりも他人を意識せずにはいられないのだ。 なのに信用できない。だから試してしまう。そうやって人が自分から離れていっても 彼女は止めることはできない。なんと悲しい娘だろう。 これほど苛酷な孤独の中にあるキャラクターを今までオレは見たことがない。 人をこれほどに愛したいキャラクターを見たことがない。 作者の頭の中が反映されているとしたらこのキャラだろう。 こんなキャラを狙って作れる人がこの世にいるとは到底思えない。 少々ストレートに語りすぎるあたりがこの人の未熟なところだろうとは 思うが、たぶん語る言葉にウソはない。

ところで、もし藍の「DNA」云々がなかったらオレはこれを絶賛していたかもしれない。 あれのおかげで他のところもやけに目につくようになった。 伝承はショボイなあとか、ここまできて洋モノのオカルトはショボイなあとか、 都合よく図書館やらなにやらで資料がみつかるかとか、 このエロシーンやりすぎだろとか。 そんな細いところにとらわれていては、世界がつまらなくなるのだが。