1年近く空いたな。ここの使い方がtwitterとキャラがかぶる上に、 まともに文章を書く余裕が全くなかった。 「作文キャパシティ」の大半は会社のslackに吸われている。
子供は3人とも成長している。
オタマは高校受験を考えねばならない時期になった。 近くの塾で無料の模試を受けられたので受けてみたところ、 偏差値が65程度あった。 思ったよりも良かったが、選択肢が増えたわけではない。 選択肢の窓が上にずれただけだからだ。 オタマは基本、偏差値が高い場所に行く方がもろもろ得をする可能性が高いだろう。 昔と違って内申点の比率がデカく、 2年の3学期の成績から影響するので、 リソース配分は今から考える必要がある。
勉強に関してはシノンが手薄になってる感があるが、 質問されて答えられなくて泣く、みたいなことはないし、 学年相応の読解のドリルが普通にやれる状況になっているというのは相当な成長だ。 ただ理科、社会は遅れてるし、算数も計算が遅い。英語も課題だ。 そろそろリソースを大きく割いてテコ入れしないといけないのだが、 さてどうしたものか。 あとは読書ネタが最近あまりなく、読解ドリルだけが読書源になってるので 何かを開拓する必要がある。
オトモも成長著しい。ベタづきで誘導や補助はしているものの学年相応の読解ドリルを がやれる状態にあり、内容が理解できている。 算数は計算速度と精度は問題があるものの、内容的には1年分先行している。 英語も多少感覚はわかりつつある。覚えてはいないが。 そもそも学校で2時間とか親と勉強できてるだけでもすごいし、 何やらマインクラフトで遊べるようになった。 あとはどうにか漫画を読んで楽しめるようにしたいんだがなあ。 そしてどうにかラノベまで持っていきたい。
灼熱カバディが全話無料公開してた読んでしまった。 異常にレベルが高い漫画で本当面白い。 ひつじこも読んで感動してる。 というか、自分に真剣さが足りない感がすごい。
最近 会社の勉強会をyoutubeに置いたりしていて、 まあこうやって自分の仕事を振り返ると、 そこそこ真面目に働いているような気はしなくもない。 「1億ダウンロードの男」という称号も、 以前は荒唐無稽でしかなかったが、すでに半分までは来ている。 普通会社において「自分がいくら稼いだ」ということがはっきりすることはないが、 この仕事は明らかだ。 私が自分の人件費分以上の働きをしていることは明らかであり、 その意味で気分は悪くない。 だが、カバディのキャラほどの熱意をつっこめているか? と考えると明らかに否だ。 「悔しい」とか「勝ちたい」というような類の思いが全然ない。 まあゲームを作ることは本質的には競争ではなく、 そんな思いはかえって邪魔になると思うわけだが、 それはそれだ。ゲームという無駄なものを作るなら、 もうちょい真剣さがあってもいいだろう。 逆に、もっと明らかに社会に役に立つ仕事をするのであれば、 そこまで真剣でなくてもいいのだ。真剣さなどというもので 自己満足を得る必要などない。
もう一個、会社の技術ブログで研修の話を書いた。 もっと早くやりたかったのだが、実現するまでに5年以上かかったことになる。 「研修をやることの合理性」が十分な域に達しなかったからだ。 新興のイケてるIT企業であれば、人は放っておいても来るのであって、選抜するだけでいい。 しかし、ある程度落ちついてくれば話は変わってくる。 落ちついた頃に「誰もが認める一流企業」になっていればまた話も別だが、 そうではない。人に選んでもらう力が相対的に低くなれば、 自然と「入ってきた人をどうやって鍛えるか」が相対的に重要になる。
また、研修を行うことの合理性は、やってる仕事にも左右される。 仕事が安定的であり、分業の度合いが高いほど、研修は合理的になる。 3年後にも同じ仕事をしているだろうという確信がなければ、 仕事を教える意義は小さくなる。 分業度が低ければ、ある領域の専門性を身につけることの意義は小さくなる。 5年後もUnityでゲームを作っていると確信でき、 自分が5年後もUnityでゲームを実装する立場であれば、 Unityの使い方を深く知ろうという気にもなるだろう。 しかし、ソシャゲからカジュアルへの移行がこの速度で起こり、 そもそもUnityをいつまで使い続けるかも怪しく、 さらに、プログラマに特化するよりも企画を兼ねる方が成果を出しやすい 状況、加えてAIにコードを吐いてもらうことでプログラミングの専門性の価値が 薄まっている、というこのような状況で、 何を研修で教えればいいのかという問いは簡単ではない。
しかし状況が流動的になったことで逆に研修の合理性が増すこともある。 Unityがいつなくなるかわからないと考えれば、 エンジンを移っても残るスキルの重要性が増す。 すなわち、「当てるものを考える能力」や「コードでどうにかする能力」などだ。 前者は訓練も評価も困難で枯れることもあるが、 後者は訓練でき、評価でき、身についたことはそうそう枯れない。 なるほど現在はChatGPTを使えば部分のアルゴリズムは書ける。 特定のコンポーネントに何らかの挙動をさせる程度のコードは生成でき、 実際バンバン生成コードでモノを作る企画職の新人もいる。 だが、「複数モジュールのやりとりを設計すること」 となるとまだChatGPTにやらせるのは難しい。 カジュアルゲームであっても、ある程度長期にわたって アプデをかけたり、途中で人を換えることはある。 堅牢で保守性の高いコードを書くことの価値はある。 また、カジュアルゲームは通常の大きなゲームに比べればコード能力の 重要性は低いが、いつまでカジュアルゲームを作るのかも不明瞭だ。 いずれはソシャゲのような大きい開発で部分の仕事をすることもあろうし、 コードは書けた方がいい。
そして研修と言うと能力を上げる方に目が行くし、 それが最も大事なことではあるのだが、もう一つ重要な側面がある。 誰がどれくらいできるか、が可視化されることだ。 どのような仕事を任せるべきか、今後どのように育成すべきか、 さらには「どのようなクセがあってどのように使うべきか」 といった詳しい情報が得られる。テトリスを書かせるだけでも、 課題に段階を設けて細かく提出してもらうことで、かなりのデータが取れるものだ。 そしてこれは新人に限らない。今回の研修は5年以上経った人も対象にしている。
転職する前からずっとこの手の研修を広くやりたいと思っていたが、 転職する前は何せ私がエラくなかったし会社もデカかったのでとても そんなことはできなかった。今もえらくはないが、 自分が年をとったことでやりやすくなった面はある。 まあ、それでも今になるまでできなかったわけで、 やってる仕事や上司等々の巡り合わせが最も重要なわけだが。 もう一度できるかどうかもわからない。