だだもれ

2019年01月30日

数日時間が止まっている。いかん。

オタマは算数をしていない。オタマは時間に相当の余裕がなければ 勉強の類はできないのだが、バイオリンが優先なようで朝時間が取れない。 バイオリンの進歩は著しいので、まあいいか。 算数は計算が遅いが、理解が遅れているわけではない。 音楽で脳を鍛えるのもアリだろう。 トランポリンもトークンエコノミー対象にした。 体幹が弱いので重点課題。

シノンもいろいろやりたがらない。 中断させずに算数その他をやらせるのは結構大変。 とりあえず18が怪しい そしてシノンもトランポリンは重点課題。

「自閉症を克服する」を読んでいる。 言葉は要求を出させるところから。 要求をしゃべることで出せたら、すぐ与える。 最初は発音がテキトーでもかまわない。 しゃべるとそれが叶うことを学習させる。 とりあえず単語で「グミ」「トマト」 と言って要求するところまでは来ているので、 ここに「とって」をつける、みたいな方向だなあ。 しつこく、多少無理にでも機会を作ってやるしかない。 とにかく「オトモが何かしない限りやってあげない与えない」 は徹底しないと。どれくらいで「何かした」とみなすかは場合によるし 課題にもよるが、少しづつ高度にしていかないといけない。

2019年01月27日

縁あって療育の企業の相談会に行ってきた。 入口から早々に試験が開始され、録画までされていて、 本気度を感じた。 親が話している間オトモの相手をしていた方は相当上手だったようで、 帰った後オトモの頭から女性の臭いがしていた。 それだけ触ることを許したということだ。

感覚異常の問題にも詳しそうだった。 入って早々手を洗わせたのだが、その時の反応から 感覚異常が最後まで残る壁だろう、とのお話。 うちでロクに手を洗わせてないので、イマイチわかってなかっただけじゃね? くらいに思ってたが、どうもそうでもないらしい。 水は結構触るし風呂を嫌がったりはしないので、そこの問題はないと思ってたのだが。 もっとも、USAでまばたきしまくったり、明るい所だと目が合いにくかったり、 日向と日陰の境界が気になって地面に触って確認してたりと、 感覚の問題が最初にあって、諸々のことが現れてるように見えるわけで、 確かにそこは何かしらケアがいる。 結局感覚自体を修正する方法は今のところないので、 頭でどうにかするのが良い、というお話。 直接触れないものもティッシュはさめば触れるとか、 自分はこれを気持ち悪いと思ってるが我慢できる、とか、 そういうふうに持っていって幅を広げるしかない。

感覚異常が遺伝でない脳幹の障害によるものだと後々ヤバいこともあるらしい。 体温調整とか、そういう所に障害が出ると単純に健康に関してヤバい。 逆に遺伝性であればまだマシっぽい話だった気がするが、 ともかく感覚異常というのは結構根幹のところでバグってる可能性が高くて、 油断ができないようだ。 であればなおさら、問題の根っこがそれ、ということはありそうに思える。 ただ、そもそも歩くとか物を持つとかに支障がないということは、 身体を求めるように動かすのに必要な神経は大丈夫ということで、 どっかの場所がドカンと壊れた、という話ではなさそうな気はする。 私の遺伝なんだろうなあ。 私とオトモが同じく敷布団の下に寝る話もした。遺伝っぽい。

指の感覚が過敏だと、舌も気になると。滑舌が良くないのは、 舌の感覚が過敏で気持ち悪いから、みたいなのがあるらしい。 飲み込む時にうまく行かなくて痛かったもの、とかは覚えていて 食べなくなるので偏食にもなる。口に入れすぎてゲーは、多いしなこいつ。 歩いている時に足の指が浮いていたから、たぶん足もだ、 みたいなお話もあった。よく見てんなあと思う。

最初は運動能力的なところから行く感じらしい。 走れてはいるが、左足が内股になる問題もあるわけで、 そこからやってくれるならありがたい。 運動が基盤にあって、知性はその上に乗っているわけで、 運動に関する脳機能に問題がないかどうかは確認したいし、 向上できるならば向上させたいところ。 進化的に古い機能ほど改善の影響が広く及ぶ公算が高い。 スポーツによって教育する、というのは結構正しいことなんだろう。 私は子供の時はそこを避けてばかりいたが、 バイオリンがそれを補ってくれたのかもしれない。

人が詳しいかどうかは結局のところ結果が出るかどうかでしかわからないのだが、 その専門家を頼るかどうかを決める段階では「知ってそうかどうか」 で判断せざるを得ない。今まで療育関連で会った人の中では 明らかに一番科学的で知識があり、具体的に何をどうすべきかの 指針を提示してもらえた。しばらくお願いしてみよう。 お金は相当かかるが、効果があれば全然問題ない。

コミュニケーションに関しては、まずはPECSで改善を計ってみるっぽい。 言葉で話せない状態でもどうにかする代替的な手法かと思っていたが、 PECSが言葉を促すことは多いようだし、 さっきちらっと調べた感じ、マイナスになることはないようだ。 聞いた言葉を真似できる段階で、PECSでしかコミュニケーショできなくなる リスクは低そうだし、試してみるのが良いだろう。 とりあえずそれで意思疎通ができれば、生活のストレスが減って 学習効果も上がるだろうし、単純にこっちも楽だ。

ジグソーパズル的なものをやるという。 椅子に座って体幹をまっすぐにした状態でやると、 視界の左側と右側を別の目で見ることになる。 右側を右手でやる時には、左目を使うので、 左右脳の連絡が不十分だとうまく行かない。 そこの検査であると同時に訓練になると。 理論はそれっぽい。パズルはABAの本にもあった教材だし、 良いのではなかろうか。

買った本をおおまかに読まないとなあ。 本当は今日の午後はそれに当てるつもりだったが、 買い出しやら何やらで全く時間を取れなかった。 外に遊びに行ったの15時過ぎだったし。

公園でのボール遊びその他は、人が多い時間は効果が薄い。 砂遊びになりがちで、あれは人がたくさんいることの刺激から逃れる手段である可能性がある。 実際遊具がなくて人が少ないあたりに行ったら結構ボールで遊べた。 ただ、砂遊びをしつつも公園を出ようとはしないわけで、 許容できる範囲で折り合いをつけているということだ。 昨日の餅つき会のような人口密度になると、許容できなくて出てくるが、 そうではないということは、それも訓練になるのかもしれない。 人がたくさんいる状態に慣れる、というのも重要だ。 でもまあ、そこはもうちょっと後でもいいだろう。 とにかくどれだけの時間ボールやラジコンを追うか、走るか、登るか、 というところの効率を優先したい。 動くものを追うことは、物と自分の身体の位置関係を絶えず把握しつづけることで、 どんな動物でもやっていることだ。 動物がやっていることを優先しよう。人間しかやらないことよりも訓練効率がいいだろう。 改善が他の能力に波及することが大事だ。

とはいえ、身体が自由に動かなくても普通にしゃべれてる子はいるわけで、 運動ができれば知性も健康、というような単純な話ではない。 それに、運動であっても知性はいる。例えば、 圧力かかるの好きならプールは良さそう、みたいな話にもなるのだが、 そうなるとオムツは取りたいわけだ。

収入増やしたいなあ。こうなると。 どうにか効率良く会社を儲けさせないといかん。

あれ。github pageがdeployされないな。時間がかかるだけか。

2019年01月26日

幼稚園もちつき会。オトモは混雑する園でイベント開始を待ち、 最初の父親の小芝居を眺めていた。それだけですごいことなのだが、 やはりそこが限界で、ごった返す園庭に耐えられず私と離脱。 まずは公園でボール遊び。このボールはヨガ用で軽いので、 屋外では風で流されて投げ合いは難しいのだが、転がしたのを追いかけまくった。 こんなに追いかけたのは初めてだ。銀色に塗装したのが良かったのか、 だいぶ発達してきたのか、どちらにしてもめでたい。 ラジコンも持っていったが電池が入っていなかったのでボールだけ。 その後一旦家に帰って冷凍からあげを食べた後、 今度は電池を入れて再度公園。 これもよく追うし、よく逃げる。 足を広げてトンネルをさせたり、向かってきた車をジャンプさせたり。 銀色に塗装したのが良かったのか、単純にそれができるレベルに発達したということなのか。

二回目外に出る時、着せた記憶がないのに上着を着ていた。 一番下のスナップボタンだけがはまっていて、上着はかなりはだけていた。 着せた覚えがないのだが、実は私が着せたのか? それとも、そもそも脱いでいなかったのか? というのも、スナップボタンをはめられるとは思えない。 しかし、着せた覚えはないし、着せていればボタンは全部はめているはずだ。 脱いでない、ということもありえそうにない。 オトモは家に入ると靴を脱ぐ前に上着を脱ぐ。 上着を着たままからあげを食べたり絵本を読んだりしていたとは思えない。 とすると、やはり自分で着たのか。 オーパーツを見つけた気分だ。再現を試みよう。

台所の蛇口を操作して水を出すことを覚えた気がする。 前からやってたっけ?台に乗らないと届かなくて、 今日はたまたま台があった、というだけか?

私は記憶力が悪いのか、目が合わないオトモとか、 指をさした方向を全く見ないオトモとか、 自転車に乗るように促しても登らないオトモとか、 椅子に座ることを促しても座らないオトモとか、 家に帰ってきた時に靴と上着を自分で脱げないオトモとか、 そういうのをあんまり思い出せない。 でも、これらのことは本当に最近までできなかったのだ。

共同注視はまだ確実性が低い。全くなかった以前に比べれば雲泥の差だが、 それでももう少し欲しい。重点目標だ。 日常行動課題としては、トイレでうんち/おしっこ、スプーン/フォークがある時に手を使わないで食べる、 いただきます/ごちそうさま、服を着る、靴を履く、質問に対して肯定否定を表現する、 といったあたりがある。根っこの能力が上がれば全部自然にできるようになるはずなのだが、 根っこの能力が上がらないという可能性は考えなければならないし、 これらのことを訓練することを通して根っこの能力を上げられるかもしれない。 だから、どんどんやろう。

コンピュータプログラの不具合は、現れ方が多様であっても、根っこが一つのことがある。 より基礎的な部分にバグがあるほど、そのバグは多様な現れ方をし、 一つ一つ直していくと間違える。人の脳もそうだと思うんだよな。 何か一つの機能に異常があることが、こういう現れ方をしているのではないか。 その異常は何なのかを調べ、それを補ったり、改善したりできれば、自然にどうにかなりそうなものだ。

結構な速度で改善してる気がするんだよな。2/8に療育手帳をもらいに役所に行き、検査を受けるのだが、 「これじゃ渡せない」と言われる展開を希望。 療育手帳をもらうということは、子供を障害者と認定することだ。 だが、そんなことを気にする段階はもう過ぎている。 最も良い選択肢を選んでいくことだけを考える。目標は定めない。 目標が高すぎても低すぎても目が曇る。 まあ、「幼稚園に通える状態にする」「通常学級に入る」 「親と離れて生活できる状態にする」といった大きな臨みはあるが、 それは望みであって目標ではない。

最近まで東京プリズンというゲームを作っていて、 その最後のオフ会があったので行ってきた。ついyoutubeの生放送にもちらっと出てしまった。 開発メンバーとお客さんがダラダラと会社の金で飲み食いをするユルい会だった。

2019年01月25日

療育4日目。「まだオトモには集団生活は早いので、家でできることを増やしてからにしたい。保留はできないか。 その後にこそ価値がある療育になると思う」的なことを切り出し、そういう話になった。 月曜朝にケースワーカーと面談して最終決定となる予定。

集団だと出かけるの一つ取っても、一番遅い子の準備ができるまで待たねばならない。 「さあ行くぞ」的な心情になっても、待っている間に萎えてしまう。 そういうところでいちいちロスが生じるのは良くない。 健常な子であればそういう我慢もまた教育になるかもしれないが、 オトモはまだその段階ではない。

とはいえ、担当になってくれた人は本当に真摯に対応してくれたと思う。 感謝の念はかなり伝えたつもりでいる。

大量に買った療育系の本をさっさと読まねばならんのだが、合計2000ページくらいあるな。 仕事を一旦止めてでも読み尽さないとけない。

2019年01月24日

療育二日目。今日は私も一緒に行った。 ひつじこによれば昨日は泣くほどダメだったらしいが、 今日は泣くほどではなかった。 ついてくれた先生も真摯に対応してくれていて、 質問にも誠実に答えてもらえた。 外遊び中はもう単に公園連れてった時と同じで一緒に遊びながら、 機会を見つけてはABAごっこをしていた。 他の子がサッカーボールを蹴ってきたので、しばらくボールの蹴り合いをした。 中に入ってからも、どうせ集団でやることに参加できる状態ではないので、 家でない所で家で一緒にいるのと同じようなことをしていた。 特に止められなかったし、ついてくれた先生には「本当お上手ですね」 と言われた。私は言葉に込められた感情に鈍感だが、皮肉ではなかったと思う。 靴を履かせるのも、脱がせるのも、下駄箱から取り出させるのも、私がやった。 そういうわけで、家でABAする方が時間効率が良いようにしか思えない。 まず移動の時間が惜しい。バスで40分とか乗ってる間に何回褒められるかわからん。 これに関しては仮に続けるとしても自転車で通えば半分に短縮できる。 集団で画面写真紙芝居を見ながら歌を歌う時間が惜しい。 何英語の歌なんてやってんだよ。歌えねえじゃん。意味わからねえよ。 つい「日本語の歌の方が歌えるし、言語習得上も良いのでは?」と言ってしまった。

公的機関が税金投入して専門家を雇ってやってることに対して、 こういう思いを持つというのは傲慢なのだろうか。 精神科医も、かかりつけの小児科医も、療育は効果があると言っていた。 私は何か見落としているのか?

すでに、目を合わせるのが困難だったことを思い出せないからなあ。 3週間前は目を合わせるのも困難だったはずなのだが、思い出せない。

会社のえらい人が気にしてくれて、療育の企業を紹介してくれたので、 日曜は話を聞いてくる。そこでいろいろ聞いてみよう。

つみきの会に入会した。加えてABAのバイブルその他の本を2.5万円分ほど買った。

オトモが今適切な療育でIQが10上がるとしたら、それにいくら投入できるか。 生涯賃金や生涯支援を受けるのに必要なコストを考えれば、 現状のDQ30台の状態から50台に持っていくために500万かけてもなお割に合う。 だからこれに関して金に糸目はつけない。 ただし、金を使うにも時間が必要だし、意味のない出費は弾を失うだけだ。 成果が上がりそうなことに的確に投入していかないといけない。 また、この過程で私やひつじこが身につけることは、いずれ収入を増やす方向に活かしたい。 ABAは私が仕事をする上でも役に立つ。

療育手帳をもらう手続きを開始。横須賀まで行かないといけないらしい。 会社休む日結構増えるなあ。なにせ社歴が短いから有給が少ないのだが、 どうにも仕方ない。

療育はデータがないんだよデータが。 何人通常学級に行けた、とかいうデータすらなさそうだ。 そもそも知的生涯を改善させる、という目的意識自体を持っていないような気がする。

親が勝手につっぱしるとロクなことがないという発言が多いなあ。 専門家に任せろと。 しかし幼稚園の先生が言うには、冬休み明けて見違えるように落ちついた、と。 朝とお迎え時に毎日行っていたので、それを見ていたそうだ。 ABAごっこを始めてからまだ大して経ってないわけで、客観的に見て進歩してるなら その路線でいいんじゃね?という感じがする。

療育三日目。1時間だけ一緒にいて帰ってきた。

のだが、あんまりオトモを見てない。なんか他の子が寄ってくるのでそっちの相手ばかりしていた。 なんでかわからんが、子供が寄ってくる。 自分の子じゃなくても、なんかしてれば「お、なにそれ、すげえ」とか言ってたので、 そのためだろう。逆に言えば、それをやるくらいの隙があったということだ。 遊びに発展の余地があれば提示し、できたら1秒以内に「すごい」「いいね」を言い、 3秒で手助けし、5秒で別のことに逸らして撤退する。 成果、面白さがわかりにくそうなことには勝手に効果音をつけたり、 リアクションをつけたりする。

壁にゴムひもの片方がくっついていて、引っぱって離すと壁に飛んでいくのだが、 大して音が鳴らないし、動体視力が弱い子だと飛んでいったことがわからんだろう。 だから、派手なSEをつけた上で大袈裟にびっくりするリアクションをする。 そうすると反応がイマイチ鈍い子でも面白くなってもう一度やる。 ゴムをひっぱりながら後ろに歩く、というのは、運動に障碍がある子にとっては すでにして課題だ。たくさんやった方がいい。だが、 課題であるがゆえに、苦痛が伴う。であればそれを打ち消すほどに楽しくしなくてはいけない。 向こうも専門家だ。それくらいはわかっているのだろう。 だが、実践できていないように見えた。理由はわからん。仕事としてあれをずっとやる、 というのは苦行だろうが、もしそうならば、親にやりかたを教えて参加させればいい。 端に親が4人くらいつっ立っていたが、何のために来ているのかわからんではないか。

たぶん、私はこれが得意なんだろう。「他人が何故できないのかわからんことは得意」 という定義に従えば。まずはそれをオトモのために使わんとなあ。

朝オタマ算数。レゴ20個(赤5個、青5個を1列に並べたものを2列)を置いておいて、 それを眺めながら5分間で何枚計算できるかの訓練。 レゴがあった方がやりやすい問題はレゴを使え、というスタンス。 使っていない時には、こっちでレゴに区切りをつけてイメージの定着を促す。 しばらく続けよう。一週間くらいで効果判定するかな。

シノンは同じくレゴを使うが、20まで数えながら鉛筆で数字を書く練習。 足し算は5回。繰り上がりがあろうがなかろうが手続きは変わらないので、 だんだん数を増やして最後は答えが17になるような計算。 まず2つの数を数え、足す段では、多い方から出発して1づつ指差しながら加算して 答えを得る。例によって1-5が赤、6-10が青なので、 6以上の数では5から数えさせる。 また、8+7では、まず8を数えさせ、7は8の一つ前、ということを利用して 数え直さない方法を提示する。そのための予備練習として10,9,8,と唱える練習。 15の次が17になりがちなので、16を経由する問題を多く出す必要がある。 鉛筆で文字を書く、ということ自体に慣れるまでは難度を上げずにダラダラやっていれば 良さそう。

シール獲得課題としてトランポリンを追加。シノンは2分。オタマは5分行ける。 シノンはたまに両手を頭上で合わせて音を出す課題。難しくてあんまりできない。 オタマも同じだが、その時に一旦腹を少し丸めてジャンプのタイミングで反ることを教える。 明らかに高く飛べるので、だんだん楽しくなってくる。最初3分と言ってたのに結局5分を過ぎてもやってた。

一日が療育ごっこで過ぎていく。なんだこれ。

2019年01月23日

療育施設一日目。失敗した。私も行けば良かった。 ひつじこだけがオトモに付き添って行ったのだが、 ひつじこが泣いて帰ってきた。思っていたのと違いすぎるという。 話を聞く限り、むしろ悪化しかねないのではないかという感じだが、 私も見ておかないといけないだろう。

療育のメインは「いい行動を促進、よくない行動を除去」をエサで釣ることで行うABA なのかなと思っているのだが、集団ではやりにくいようで、 絵カードを使って非言語コミュニケーションをさせるPECS、 スケジュール表を作って行動予定を可視化するTEACCH あたりが集団療育では使われるようだ。 しつこく声かけをする方法はコストが高すぎるからだろうし、 そもそも改善しないという前提なのであれば、 「改善しないまま生きられる」道を優先するだろう。 それはTEACCHやPECSの道だ。 でもそれなら家でつきっきりでABAをする方が改善は見込める。

つみきの会というのがある。 セラピスト派遣もやっているので、まともな専門家を求めるならそっちかと思うが、 本気度が高すぎるという問題はなくもない。 いや、一旦そっちに振り切った方がいいな。 疲れるとしても、疲れるまでやった結果は残る。

ABAのプロがやる様を一回見とかないといかん。 結局ABA以外に有効性が実証された方法は現状ない。 ABAに全振りしてもいいのではないか。 月10万かかるくらいのことでも1年なら余裕で耐えられるし、 長く見ても半年で効果がわからない、ということはないだろう。 効果がわからないなら何かが間違っているはずだ。

ABAがどうか、というのはともかくとして、結局のところ、 「学習」の量を確保しないといけない。 「学習」というのは、刺激があり、それに対して反応をし、 それが望ましいか望ましくないかのフィードバックを受けることだ。 これをどこまで増やせるか、ということになる。 可能ならば、汎化が起こりやすい能力を重点的にやりたいが、 それが何か、はわからないし、 いろいろやってるうちに当たりを引く可能性はある。 フラッシュカードのように不自然な方法に傾倒しなければ、 たぶん問題はない。日常の課題を自然な形で訓練し、 とりわけコミュニケーションを優先するのであれば、 おかしな副作用はないはずだ。

今後の選択肢。 療育施設に通い続けるか、幼稚園に行くか、自力でガチABAをやるか。 幼稚園は時間的拘束がそれほどでもないので、自力ABAとのミックスは可能だが、 療育施設は時間拘束が長いので、ABAに振るなら効率が悪い。 なにせABAはガチでやると「週40時間を年単位」だ。 しかし、というのはここのところやっている ABAごっこの感じから、少なくても効果はあるし、 やればやるほどその効果が増し、 しかも、進めば進むほどより量をやりやすくなる。 問題は量だ。

今度相談に行くtasucは毎日通うタイプではないだろうから、 仮に利用するとしても諸々併用できる。 つみきの会もまた同様だ。

まだ療育施設を見てないので確定ではないが、 療育はやめて、自力ABAを基本として+セラピストその他サービス利用、 というのが「成果」を最優先するなら良い気がする。 セラピストはつみきの会で週1をお願いすれば月5万くらいになるが、 年100万くらいつっこんでも十分割に合う。 オトモが成人した後の困難を思えば、数百万の出費は問題ない。

結局自力でどうにかするしかないということだ。 専門家はいるが、卓越した専門家は数が少なく、近くにはいないし、 予約をしても数ヶ月待ちはザラだ。 そして結局のところ、どれほどの専門家を頼っても、 日々の行動の主体は親にならざるを得ない。

2019年01月21日

ひつじこが療育施設の契約に行く間は子守。 オトモは敷布団の下で寝てしまった。

オタマバイオリン。気分がいい時とダメな時の差が激しいのと、 ある程度できるようになった後に改善を加えた時の崩れ方が激しいのとで、 なかなか教える側にしたら難しい。 うまくなった!と思って何かいじると絶対崩れる。 新しい課題は新しい曲でやった方がいいんだろう。 やった曲の完成度を上げるのは、たぶんまだ早い。 鈴木の2巻と白いのの2巻を並行してやってるが、 今年前半で両方片づけられるといいな。 鈴木の3巻には発表会定番のユーモレスクが出てくる。 白い本の3巻はビバルディのアレだ。 そこまで行くと「バイオリンやってる感」が出てくるし、 あれくらいの長さのものを暗譜しておいてたまに弾くと、 自分の上達や状態を測るのに丁度いい。

それにしても、重音とかフラジオとか後でいいと思うんだけどなあ。 3巻でもう出てくるのか。フラジオなんて私未だに得意じゃないし、 そもそもバイオリンの音として魅力的に感じない。 ピッチカートだって、やりたければ他の楽器やればいいじゃん、と思ってしまう。

療育、ひつじこ的には相当嫌そうだが、 なにせまだ行ってないからなあ。 しばらく行ってみて、 「これならうちでやった方がいい」となるようなら、それはそれだ。

技術ブログ量産中。投下待ちが5個。サンプル作って文章書くのが1つ、 サンプル作り途中なのが1つ、やると決まっているネタが5つくらい。 単に技術ブログを書く、というのではなく、 開発ツールを作ったり検証をしたりワークフローの改善を実験したりする 際の副産物として技術ブログを使う。

2019年01月20日

安い囲碁セット買ってきたが、石が小さすぎる上に軽すぎてダメだった。 どう考えても囲碁はやらないので一瞬でゴミになってしまったが、 せっかくだから覚えたらいいんだろうか。

オトモ。黒豆甘納豆を食わせようとしたら食わない。 のだが、他の家族が手挙げて口を開けると、運んでいって口に入れる。 これは「口の開くおもちゃに何か入れてあげる試験」に合格する兆しなのでは。 まあ「おもちゃを人に見立てる」という壁がもう一段階ありそうだが。

オタマ、縄跳びが下手。縄を跳ばず、縄を片手でグルグル回しながらジャンプ、 ということ自体が50回できない。脚だけで飛んでるので持久力が足りない。 着地がバタバタしていて、いかにも体幹使えてない雰囲気。 数やればできるようになる、というものではない気がする。 器用な奴はやってるうちに体幹使えるように最適化されてきて できるようになるんだろうが、縄持つ手が最適化の邪魔をして、 余計に動きが固くなっていくという可能性もありそう。 それにこの靴クッション厚すぎて跳躍の邪魔になる気がするなあ。 個人的にはできるだけ薄いのをはかせたいのだが、 他の子がはいてる奴が分厚い奴ばっかりだし、そういうのばっかり売ってるので どうしようもない。

バイオリンのための練習ということで、布団をかぶった私を肘打ち+キックさせているが、 即効性はないなあ。跳躍をここに混ぜられないかなあ。

グリコのシチュールウが激安だったので試したがダメそう。 味に幅があった方がいいだろとは思うのだが、単純においしくないのはなあ。

オトモに「コップ取って」が通った。「コップちょうだい」だとダメ。 とはいえ「ちょうだい」は大人になったらまず使わない言葉なので、気にしないことにしよう。 通る言葉があることが大切だ。 一つの足がかりになりそうだ。広げていきたい。 ABA(応用行動分析)の本にも書いてあったが、要求がある時はコミュニケーションを取るチャンスだ。 水を飲むには、コップを取ってきて、椅子に座らねばならない、ということを学んでもらう。 そして、途中で立ったら水が片づけられてしまうことも学んでもらおう。 一回泣いたが、もう一度コップを取ってきてもらえたし、次は座って飲めたので、成功だ。 あらゆることを訓練の機会と捉えねばならない。そこまでせねばならんという覚悟を決める必要がある。

オタマは8の字飛びというのがやりたいらしい。しかしフツーに縄跳びできない状態なので、 いきなりやろうとしても効率が悪い。こちらとしては段階を踏みたいが、 本人的にやりたいのは8の字飛びであって、普通の縄跳びではないのだ。 これは「ゲームプログラマになりたい」とかいう時にも起こる問題で、 やりたいことが高度すぎて段階を踏まねばできないにも関わらず、 段階を踏みたくないわけである。よくあることだ。 これにどう対処するか。教える側が試されている。 正直私はそういうのは苦手だ。 段階を踏んでやることを何とも思わなかったタイプだからなあ。 徹底的に段階を踏んだ本を書いたし、他人に教える時もだいたいそうする。 他人の場合、それを良しとしない人は残らないし客にならないので放っておいていいのだが、 家族の場合はそうは行かない。これは試練と考えるべきだろう。 療育ごっこにも同じことが言える。

オタマの肘打ちが明らかに強くなった。 布団なしでは受けたくない。この練習効くぞ。 肘打ちはバイオリンには比較的即効性があるはずだが、 縄跳びには効きにくい。トランポリンで分単位の時間跳ねててくれればかなり効くと思うで、 それをシール対象にするのが楽かな。

レゴ(デュプロだが)足し算。レゴ20個を使って足し算と引き算をやる。 1から5は青、6から10は赤。それを2セット20個使って、 繰り上がりのある足し算と、繰り下がりのある引き算をやる。 6+7の場合、双方に青が5個づつあり、絵的に10個あることが即座にわかる。 赤は1個と2個で、人間は3か4個までは瞬時に数がわかるので、 この場合は3とわかる。青が10個あることはわかっているので、13となる。 8+9のように多い場合には、青10個で赤が4+5で多い。 これは即座には数えられない。しかし、 ブロックが置かれるべき場所にマスが書いてあれば話が違う。 5マスづつ計10マスあり、今うち9マスが埋まっている。 空いているマスの数は瞬時に1とわかるので、10-1をやれば9が得られる。 数字のみで演算操作をするよりも、「4つまでは一瞬で数えられる」 「5と10はそういう形として図形認識」の2つを利用して視覚に計算の補助をさせた方が 効果的だろう。というか、私がそうやってることに今更気づいた。 九九は音声で覚えているが、20までの加減算は視覚の補助がある。 数日やってみて、効果を測定しよう。

一日が家事と療育ごっこで過ぎてしまう。 2ヶ月くらい会社休んで全力でそれだけやる、ということも考えなくはないが、 会社で仕事して信頼してもらうことの大きさを過小評価するわけにも行かない。

2019年01月19日

この前の体調不良、もしかしてインフルエンザだったのかな。 膝と脛の筋肉に謎の痛みがあった。幸い37.2度までしか上がらず 終わったが。

3×7+2、とか言っても3秒後には忘れてて3+2×7とかになってるオタマ。 興味がないのかそこが弱いのかを確認したいところ。

どちらか言って画像記憶が得意なタイプなのに、 その能力を計算に使えてない。これ、そろばん的なもので訓練するのを 数日やって画像化した方がいいなあ。聞いたらひつじこも同じだった。 8+3とか、私は頭の中に絵が出るなあ。2個入る隙間があって 1個だけ取り残される姿が見えるから一瞬で11と出る。 「はちたすさん→じゅういち」という音でやってない。

シノン、名前はほぼほぼ見ないで書けるようになった。 次の課題に移るべきだが、すぐできない課題だと面倒くさがる。 鉛筆の持ち方に慣れてある程度速度が出ないと効率が悪いので、 名前をひたすら書き続けてもらってもいいのだが、 それでは面白くないのでやれない。 ノート買うか。決まったマスの中に書こうと思うと 握り持ちではやりにくいはずで、シフトが進むだろう。 今のところ「半分は指3本で持って。後は好きな方でいい」 と言っているので、まだ握り持ちが混ざる。

そろばんめいた知育玩具があるのだが、足し算がやりにくい。 列をまたいで玉を動かせないからだ。10個ごと固定されている。 だいたい100個とかいらない。 レゴでやれば自由が効くが、手間がかかる。あと、 くっつけると数が認識しにくい。角が取れてるとかして 接してても数がわかる方がいい。 10個分×2を置ける溝に、置きやすく色が2色ある四角めいたものが 20個あればいいのだが、何だろうそれ。 あるいは、囲碁の石が赤青で20個あるとか、でもいい。 なんかそれっぽいものがあれば買うなあ。

オトモ。視覚にクセがあるのは確実な雰囲気。 特定の色の組み合わせで見えにくいのか、眩しいのか、 目をつむってしまう。黄色に黒が怪しい。レゴの虎の人形を見るとほぼ確実に激しいまばたきをする。 USAを歌うだけでそうなるのはPVの冒頭を想起するからだろう。 また、経験的に、部屋が薄暗い方が目が合う。 昼間は顔を見るのが不快なのではないか。 黒目と白目のコントラストが不快、という仮説に関しては、 黄色いサングラスでもかけさせた時に顔を見てられるようになるかを 確かめればいいのだが、ちょっと難しいなサングラス。 照明の色を赤っぽくすることで夜間は変わったりするのか。 この件に関しては専門家にアドバイスをもらいたいところ。 視覚のクセの特性をちゃんと調べた上で、対処を考えたい。 でもまあ、そんなことやってくれる専門家どこにいるかわからんしなあ。 とりあえず、白黒コントラストに反応するかだけなら確認できるか。

白黒コントラスト画像は直線構成だと問題ない。黄色と黒でも直線なら問題ない。 錯視画像をいくつか見せてみたが、過剰に反応する雰囲気もない。 ただ、動く奴だと「もっと見せろ」的な状態になる。 高コントラストで動く奴が見たいんだな。 「知覚が鈍いのではなく、信号が過剰すぎるので際立って強烈な信号で他の雑多な信号を見えなくしたい」 という奴なのかもしれない。普段から視界がノイズまみれだったりするんだろうか。 こういう話もあるようだし。 あの虎は「たまたまその虎を持ってる時にUSA見てた」とかなのかもしれないので、 他に同じ症状出る画像を作れるかをもう少し試したい。

2019年01月15日

朝から謎の吐き気と寒気に襲われ、とりあえず布団乾燥機を稼働して布団を温めた。 しかしイマイチ中まで温まらず足が冷たいままだったので、風呂。 汗が出たので出たが、嘔吐寸前な吐き気。でも吐かずに回復。 水が飲めた。脱水による吐き気の増強だなこれ。危ない危ない。 しかし身体は温まったのでどうにかなった、という感じだろう。

夜に茶を飲んで最近あまり飲んでないカフェインで胃がやられた状態で、 あまり暖かくない状態で寝て身体が冷えた、という複合的な要因か。 胃が元気なら葛根湯やらが使えるんだが、 胃が悪いと無理だし、適したものを調合して煮る気力も出ない。 つうか、吐き気があると本当行動できなくなるな。 抗癌剤とか地獄すぎるだろう。

オタマにレゴで足し算を図解。9+8を(5+5)+(4+3)に割るイメージだが、 あんまりピンと来てないな。そんなすぐには行かないか。 5分加減算は48枚なので、今日はそう悪くない。 しかし、これ以上劇的に速くなるイメージもない。 何か手を考えたいな。

レゴ足し算だとセットアップに時間がかかりすぎて非効率だ。 数こなせない。って、あれあったじゃん。100玉あるそろばんめいた知育玩具が。 明日はあれを使って実際に問題を解いてみてもらおう。何か見えるかもしれん。

2019年01月14日

a+b+cで、aは1から10、bとcは-10から10で、 途中負を経由するものを除外、という感じで問題を生成してカードに書いて やらせたが、5分で16枚。ムチャクチャ遅い。 休みの日で集中できてないのが最大要因なのだが、 6+9-9とかの簡単な奴が混ざってるのにそれというのは、 やっぱり途中の答えを覚えておけないんじゃないかという疑惑。 もっとも、普通の2項加減算もむちゃくちゃ遅かったので、 集中できてないだけで説明がつくレベルかもしれない。 とはいえ、ランダム九九は81問5分ちょいで、それほど悪くない。 覚えたものを垂れ流すのは問題ないが、 加工が入ると途端に苦手度が増すわけだ。

得意な所で生きていくべきだということであれば、 最終的にはそういう短期記憶を酷使するタイプの職業には つかないのだろうが、訓練できるうちに訓練しておいた方がいい気はするし、 訓練可能なのかどうかも試しておいた方がいい気がする。

オトモ、唐突にパズルボックスを全部やった。 ABCやら123やらがある奴で、丸三角星しかない検査用の奴よりも難度が高い。 2回やったのでまぐれではなさそう。 「乳幼児の発達障害診療マニュアル」によれば、それ自体は2歳半判定され得る。 要するに、「パズルボックスに物を入れる」ということがそもそもわかっていなかったのだろう。 コミュニケーション感が改善すればいろんなものが伴って改善するだろう。 どうにかなったら、こいつが得意なところに全振りしてもいいんだけどなあ。 知り合いの息子はプロテニス選手になるべく3歳でテニススクールに入って 小学生と打ち合っているわけで、そういう道が見つかるならそれでもいい。 しかし現状はそれ以前だ。とはいえ、文字理解が先行するパターンかどうかの 判定はしとかないとなあ。とりわけ数の概念が行けるかどうかと、 図形認識がどうかは見とかないと。

中長期的な目標を設けていくことが大事、 的なことも聞くが、その目標が達成可能なのかどうかなんてわからないけで、 気にするだけ無駄な気がしている。「通常学級に入れる」は目標というより願望にすぎない。 大目標を設定することの意義の大半は撤退判断のためだ。 続けても達成できないことは商売であれば撤退せねばならぬ。 しかし、子育てに撤退はない。どこまで行ってもベストエフォートだ。 行動決定に役立つ目標設定と考えると、数日から数週の距離でいい。

服を脱ぐ、着る、トイレでしっこ、うんち、靴を履く、靴を脱ぐ、肯定否定を返す、 といったあたりのうち、あと2ヶ月半で どれくらいできるようになるか。現状はそういう次元の話だ。 「座って」と言われたら座る、は安定した。 フォークでそばも食える。

昨日唐突に「おとうさん、あげる」と葉っぱを渡されて、 オーパーツを見つけた気分になった。 虎眼先生が正気に返ったくらいのギャップがある。 それが日常になるようにがんばっているわけだが、 たぶん悪くない感じでやれているのだろう。 療育がこれを加速してくれるのかどうかだ。

シノン、レゴをドカッと出して「いくつ?」と聞き、 答えを数字で書く練習。さらに、そこに2,3個づつ足したり、 「今トンビが来て2個さらっていったらどうなる?」と聞いたりして、 足し算と引き算をさせる。 数字をどれくらい書けるのか知らなかったので 書けるものを書かせてみたら、6,8,9以外は書けてた。 壁には数字の表が貼ってあるので、見ながら書かせた。 答えが6,8,9になるような問題を多めにした。軌道に乗った感があるな。 どうにかなるだろ。20まで数えられて、 具体的にモノがある状況で答えが20に収まる範囲で小さな数の加減算ができて、 10以下の数字が書けて読めてれば、それで年長の後半までは十分だ。 他にやることがいくらでもある。 字にコストを振った方がいいな。問題は運動をどうするかなのだが。

昨日は家族の名前を全員書かせた。自分の名前は見ないで書けそう。 うちの家族の名前は12文字しか含んでないので最初は楽だが、 ここからどうやって広げるか。次はじじばばの名前かな。 手紙書けそうだし。

オタマバイオリン。今日ついに弓の持ち方を大人式にするように指導された。 なにせ突然だったのでガッタガタになったが、家に帰って「毛と棒の間が少し狭い、 と、弦と弓は直角、を忘れてただろ」と言ってやらせたらあっさりできたので、 たぶん一週で慣れるだろ。 「元気よく」「力強く」といった指示だとオタマにはわかりにくい。 情緒的な言葉の理解が悪いのがオタマの特徴だ。私もそうだが。 そんなわけで、家で私が物理的な言葉に翻訳している。

右手の動きが悪いので、布団を身体に巻きつけた私を肘で殴らせている。 大袈裟にリアクションすると面白がって結構やる。 体幹を嫌でも使うし、鎖骨肩甲骨の可動範囲が広がるので、 そのうち改善するだろう。即効性はないかもしれないが、 結局のところバイオリンもピアノも身体の技術だ。 人を殴るのと根っこは同じだろう。膝蹴りもやらせたいんだが、 そっちはバイオリンとの関連が納得できないのか、いまいちやらない。

夜。ひつじこがシノンに20文字くらいの手紙を書いて 読ませていたが、苦戦。読むのは難しかろうなあ。 一文字わかっても、その前の文字が何だったか覚えてないだろう。 それだと単語認識できない。 短期記憶が弱そうだからな。 十分な速度で書けるようにならないと読めないんじゃないか という仮説。なので、まず書くことからだろうと思っている。 文字が読めるようになっても、単語が読めるようには ならないのではなかろうか。

まず自分の名前。次に家族の名前。 「ひらやま」は共通なので、練度が上がる。 名前は知っている単語なので、1文字くらい読めなくても それがなんだか推測できる。 文字と単語の間のネットワークはまずそこからだろう。 あとは、できるだけ使う文字がかぶっている単語を 書いてみる。まったくかぶっていない単語は ジャンプが大きすぎてたぶん辛い。 これにはあいうえお表が使えそうで、 「ひ」を見れば、そこには「ひつじ」や「ひるね」が書いてある。 あるいは、家にあるぬいぐるみの名前とかを足してもいい。 名字を「ひらやま」ということにすれば、 「ひらやま」の練度をさらに上げられる。 名前が明らかで、既知の文字とできるだけかぶっていて、 1文字2文字わからなくても類推できる単語、 から順に広げていきたいところ。 できれば実用度が高い、つまり、 日頃声として発する頻度が高い言葉がいいがなあ。 「おとうさん」「おかあさん」「ともくん」「おねえちゃん」 あたりは頻度が高い。さしあたり、「ともくん」 は当然名前とかぶっている部分が多いので、 いいかもしれない。「く」と「ん」の2文字が増える。 「おしり」みたいにインパクトの強い単語もいいかもしれない。 「うんち」でもいい。 あとは、「平山」みたいに漢字を混ぜていってもいいかもな。 読めて困ることは何もない。 ひらがなは文字間の図形的距離が小さいから (ぬとめとか似てるのが多すぎる)識別が難しいが、 漢字は要素の自由度が高く距離が取れるので、 書くのは面倒でも、読むのは簡単だ。 カタカナを先という手もあるだろう。 ただ、絵本の類がひらがなで書かれているので、 ひらがなをやらないとできることが増えない。 なんでカタカナじゃないのかなと思う。 先にひらがなを教えるのは絶対非効率だろ。

物を覚える、というのは単に反復させりゃいいってもんじゃないな。 とりわけ、短期記憶の性能と、図形認識の性能、 空間認識の性能、あたりがどうかによって、 戦略が全く違ってくる。 短期記憶の性能が高ければ、比較的放っておいていい。 しかしそうでない場合、手を考えないといけない。 そのへんを考慮した指導戦略、 みたいなのって本にまとまってないのかな。 発達障害に対する療育に限った話じゃないはずなんだが。

書き忘れてた。オタマが逆順九九5分を達成した。 やはりランダム順が先、が正解だったな。

オタマの加減算にもレゴを導入しよう。 画像のイメージつけた方が速い可能性がある。 九九の例から、音声で暗記するのは結構イケる。 しかし加減算は数が多いので音声での暗記は適さない。 答えが10以下の足し算引き算を組み合わせて 答えを導くのは、手続きの高速化を要求する。 でもたぶんこれが苦手だ。 鍛えないといけないのは確かだが、 もっと先でも鍛えられる。 レゴで可能性が見えるようならそろばんだな。

2019年01月13日

12日、オタマがランダム順九九81問を5分で行けた。 足し算や引き算よりも九九の方が速いということは、 現状暗記した方が速いということだが、 それだけに加減算は暗記でない方法で高速化したいところ。 どうせいずれ覚えてしまうはずだし、 それまでは手続きを実行する訓練にした方が良かろう。 今日は5分で53問やれたので、まあいいだろうという感じはある。 全72問が6分台で終わりそうな感じだ。 4分くらいまでは高速化した方が楽なのでまだ続けるが、 そのあたりでカードを渡したり読み上げたりする時間の比率が 高くなってきて計算の問題でなくなるので、4分までだろう。 5分切ったあたりで次の課題を考えないと。

100ます計算は足し算引き算かけ算を混合させられないのがなあ。

白紙のカード買ってきたので、 1-20でランダムな加減算作ってやるか、と思ったが何枚になるんだ? 加算だけで400枚になるじゃん。さすがに間引かないとバカバカしい。 ソフトで作れば楽だが、現段階では口で言うか、手で書くかして 身体性を持たせたい。

問題のリストだけソフトで吐かせるか。網羅する必要ないんだし。

3項計算にするのが良い気がするなあ。短期記憶鍛える上でも。 加減算混合で3項。途中で負にならない、という条件で間引けばいいだけのことだ。

2019年01月10日

オタマ、昨日は足し算引き算で7分台を達成したが、今日は激遅。 機嫌でブレまくる。なので、5分で何枚できるか、に切り替えた。 九九カードも来たのでランダム順でやらせたが、こちらはそこそこ速くて 5分で46枚。時間で切らなくても10分で終わる感じだが、 朝の時間は足りないので5分で良しとしよう。

シノン、6+1がまだ怪しい。1から数えていけば6の次は7とわかるが、 6から始めると次が出てこない。本当ランダムアクセス苦手な姉妹だな。 私と同じか。というわけで、しつこくそこをやる。 レゴを使ってやっているのだが、 綺麗に並べてないものを指を使わずに数える訓練も兼ねている。 でも、1から20と、10から逆順に0まで数えるのは、そろそろできそう。 「20までを昇順降順の両方で途中からでも唱えられること、一個づつ足すこと、一個づつ引くこと。 それらを繰り返して簡単な加減算ができること」 までを済ませてしまおう。そこまでできたら1年生まで放っておいていい。 字や運動の方が優先だ。

2019年01月08日

オタマ、11以上からの減算と、11以上になる足し算72問。 致命的につかえてる場所がなく結構調子いい感じなのに10分半で、 すぐに劇的な高速化が望める感じではないので、 暗記方向にも振る。8+8とかの覚えているものでは3-4秒早いので、 全てがその速度になれば、少なく見積っても3分は短縮できる。 とうわけで、答えが11,12,13,14,15,16,17,18になる足し算を 整理して書き並べ、暗記+法則性の発見。 8+7+6+5+4+3+2+1で36通りしかなく、順序を入れ替えられるものが多いので、 ほぼ半分になる。これを覚えれば、逆に使って引き算の高速化も期待できるが、 逆に使えないようなら引き算も並べよう。

覚えなくても解けるようにした上で、覚えることで高速化する、 という順序でやれることは、ある意味では良い。 記憶が得意だと、先に覚え尽してしまって、「解く」という手続きに 関して熟練する機会がなくなる。 しかし、解くのは熟練しても手間だが、覚えたものを垂れ流すのは覚えてしまえば楽だ。 覚える、と、解く、の比率をどれくらいにするかは子供の個性に依存する。

オタマ、段単位で逆順だと1分半しかかからない。練習にならないので やはりカードが欲しい。注文した。

シノン。10から0までの逆順数えを一回だけ止まらずに言えた。 20まで数えるのも一回だけできた。3+3を、まず3個まとめて認識し、 その後4,5,6と数えて答えに到達する練習もして、多少は理解した。 明日も引き続きそれで。

シノン。名前書き。持ち方が握りなので、6回書くうちの1回だけ 握りでない持ち方でやってもらった。いけそう。 握りだと速度が出ない。速度が出ないと覚える効率が悪い。 なので、お手本なしで名前を書けるようにする前に、 持ち方を正しくして速度を上げることを優先する。 あいうえお表から自分の名前の文字を探すこと、 ついでにそこに書いてある「らいおん」とかの文字を 連鎖して表から探すこと、などをやった。

オタマ、鈴木2-4。先生は指番号を書いてくれるが、 そろそろドレミで弾けんと辛いので、楽譜をコピーしてドレミを書き込み。 だいぶ慣れてきてるから、しばらくこの路線で行こう。 毎回コピーするのめんどいが、仕方ない。 楽譜の読み方は別の先生に習った方がいい、 とのことなので、それは家でやることにするが、 専用の練習は面倒くさいしやる気がしないだろう。 しかし楽譜にドレミを書きこんで指番号を見えなくする、 という程度であれば、準備の手間はさほどでもないし、 それほど弾く邪魔にならない。「ド→A線の2指」 という変換は必要だが、その変換に慣れてもらう。

肘で私を殴りまくるのをやらせるか。 前腕は肘関節の動きだけで動かせるが、 肘をを前に動かす時には肩関節の動きでは足りず、 嫌でも肩甲骨を動かすことになる。 バイオリンという奴は結構不自然な身体の使い方を強要される楽器で、 右腕にかなり大きな動きが要求されるくせに、 足から左肩に至る経路はそこそこ止めておかないといけない。 なので、「鎖骨も腕」とみなさないと十分な動作範囲を確保できない。 鎖骨が腕になっていないと、肩から先だけでやることになり、 上腕を持ち上げる僧帽筋などに過剰な負担がかかる。 考えたら私、ほとんど肘上がらんもんな。 G線で根本ギリギリまで使う時でも、鎖骨を前に出すことで補えば 肘の動作は小さくて済む。昔はこんなに動かなかったはずだがなあ。

2019年01月07日

オタマ、逆九九がさらに遅くなる。 プレッシャーかかってる。これは一旦後退して、 課題をヌルくしないとダメだ。 とはいえ、通常の順でやったら2分台だったので、 これを繰り返しても効果はない。 私が曲を弾く時と一緒で、大脳から垂れ流すのは得意だが、 途中に加工を挟んだり、順序を入れ替えたりすると 記憶がまるで出てこなくなる。 逆順だと2x3すら時間を要する状態になる。 一課題あたりの所要時間は10分未満で抑えたいので、 問題を分割しよう。 やはり九九カードを用意してランダムにバラす のをやる。それなら自然に枚数を調整できる。

オタマが遅いのは、短期記憶が弱いからだろう。 9x8の次が9x7であることを知るには、 さっきまで9x8をやってたことを覚えておかないといけない。 これは重要な訓練だと思うのだが、 そもそも6x7の答えが出てこない率が高い段階だと 課題を二つ同時にやることになる。 まず問題に答えられるようにすることを先に片づける。

シノンに途中から数える訓練。6個以上あると 数がすぐにはわからないので数えるのはいいのだが、 それを3からやるように指示した。 もう少し慣れれば4から、あるいは5からにできるだろう。 あとは逆順に10からゼロまで唱える練習。 毎回「ロケット発射ー!」と盛り上がるので 結構楽にやれる。

名前を書くのもやった。明日は様子を見て、 お手本なしで書けるか試してみよう。 段階踏むなら、あいうえお表から探して、真似して書く、とかかな。 少しづつ違う言葉を書かせていこう。 うんち、とかでもいい。

とりあえず暗記してしまおう、というのは一つの戦略だが、 オタマのように、垂れ流しできる記憶を応用し難いケースがある とあると、多少は保険をかけないといけない。 効率が悪くても汎化しやすい形で覚える算段がいる。 順序入れ替えたりノイズ入れたりだ。 順序そのままの丸暗記と両方やった方が良かろう。

オタマのバイオリン教室に同行。 鈴木2巻の「狩人の合唱」で、4分の全てと、一部の8分に 全弓使うことを要求された。キツい。 先生は上腕の動きで動作幅を確保させようとするが、 オタマは現状前腕しか使えてないので、 上腕を使うと何もかもが崩れる。 まだそこまで厳しい要求しなくていいんじゃないかなー感 もあるのだが、「指回ればいいよ」的な先生ではないので 右手の課題の比重が大きい。 これ、単純に身体の動きを良くしないとダメだなあ。 肩甲骨が動けば上腕だけ不自然に動かす必要はなくなる。 肩甲骨が動かないまま上腕で幅を確保すれば、 肘が上がりすぎるし僧帽筋あたりの緊張が強くなりすぎて 疲れも大きくなる。 結局楽器を弾くという行為のかなりの部分は 身体の問題なので、縄跳びが下手、 とか、走るのが遅い、ということとつながってくる。 私が中学の時は今よりずっと速く正確に弾けたが、 当時の私は根本的な運動能力が低かったため、 体幹を使えてなかった。音は悪いし、 いつまでも弾き続けられる姿勢の良さや筋力がなかった。 それなりな期間真面目にやれば当時の腕を超える 所まで行けると思うんだが、全く時間がない。

2019年01月06日

昨日日記に書いてないんだが、トークンエコノミー二日目。

答えが11-19になる足し算と、引かれる数が11-19な引き算のカード 72問にまだ10分かかるオタマ。 昨日より長くかかっているのは、余計な戦術を入れて、 それを使うか迷ったせいと、集中力がなかったせいだろう。 昨日やった後に「8や9を引く時に、一旦10を引いてから差分を足し戻す」 というやり方を教え、それ自体は有効なのだが、 それを使うかどうかで迷う時間が加算されて総合的には遅くなった。 ただ、集中力が昨日に低かったので、もう少し回数をこなせば 高速化するかもしれない。 基本的に足し算は「足す数を2つに分けて、まず10を作る」方法、 引き算は「引かれる数をまず10にして、二段階目で答えを得る」方法、 を第一選択としておけばいいだろう。 操作自体の速度が上がればそれでいい。 以前はこれを紙に書きながらでないとできなかったのだから進歩している。 未だに11-6の答えが暗記されてない、というのは問題だが、 その分だけ手続きを高速化するための練習がたくさんできる、 と考えれば悪くはない。 あまり記憶が早いと、多数の計算の答えを覚えてしまって、 手続きの練習をする回数が減るからな。

逆順九九に10分かかる。昨日は9分だったので、集中力がなかったことによる低下だろうが、 2回目で速くならないというのは何だろう。 6x7、7x6、6x8、8x6あたりが42か48かわからなくなりがちだし、 昇順なら何ら問題ない2x3に逆順だと秒単位で引っかかる。 2x3=6の単位で覚えておらず、前後がくっついたものとして覚えているのだろう。 足し算の練習を兼ねて、九九を丸暗記だけでなく、部分的に計算を入れて 覚えた方がいいのかもしれない。 例えば6x7を(3x7)+(3x7)に分解する、つまり「片方を半分にして2個足しても答えは出る」 ということを教えたが、教科書にはすでに「2の段と3の段を足せば5の段になる」 ということが書かれているので、知識としては知っている。 使えればいいんだがなあ。

部分的な計算をして検算する、あるいは、記憶が若干曖昧で選択肢がある時に、 絞り込むために部分的な計算をする、というようなことは どうやって身についていくんだろうな。 下手に暗記できてしまうとそういう技が身につかないままになってしまうので、 オタマが暗記に情熱がないのは悪いことではないと思うが、 それを長所に変えるには工夫がいる。

なわとび合計100回を何回の試行で飛べるか。50回時点で一回引っかかったなら2回だし、 一度も引っかからなければ1回となる。オタマは昨日が14、今日の朝は31で、リベンジ して17。手と足の同期が取れない上に、足や手が同じ動作を維持できない。 手と足を分解してやった方がいいんだろうが、そういう段階を踏んだ練習は 心の強さがないと耐え難いことが多い。できないことを直視せねばならないからだ。 多少時間効率が悪くても、フツーに跳んでるだけで上達してくれた方が心理的には負担が少ない。 でもなあ。これ体幹使えてないのが根本原因だからなあ。

シノンは数を数えることから。 20まで数えられること、10から逆順に0まで唱えられること。 昇順で唱える時、それぞれが+1の足し算を意味すること、 降順で唱える時、それぞれが-1の引き算を意味すること。 このへんがわかっていれば良かろう。 任意の加算は+1を任意回数繰り返せば行ける。 桁の概念は数を20まで拡張すればとりあえずは入る。 二日ほど観察したところ、4までは一瞬で数がわかるが、5からは怪しくて、 数え直さないといけないケースがあり、6以上は数え直さないといけないことがわかった。 123456と言えても、「6の前は何だった?」や「5の次は何?」は 数え直さないと答えられない。 今日は「次の数は?」に関しては、実際に物を数えなくても、 123456...と唱えて次にあったものを言えばいいことを教えたが、 まだ身についていない。 また、数えることについて確実なのは14までで、 14の次が15であることは怪しい。桁の分解がまだできてないからだ。

あとは文字だなあ。小学校一年から文字を覚えたとしても学習効率に 問題がないのであれば、放っておいてもいい。 しかし、一応保険はかけておいた方がいいだろうし、 読めるものが多いほどいろいろ楽だ。やるか文字。 問題はどう進めるかだ。 いくつか使える文字が増えた時に、 それがダイレクトに「何かできるようになった」 を意味する方がいい。そう考えると、最初は名前だろうし、 次はメッセージだろう。書けていれば読めるので、 使用に注目するなら書くことが先だ。 今日は名前を書いてもらうか。

ひらがな、バラバラな言葉を書いて覚えるのと、 五十音表を唱えるのと二本立てがいいか。

今日は上二人見てたのでオトモの相手はあんまりできてない。 とにかく目が合う頻度を上げるのが最優先事項。 「スプーンで自力で食う」は、こぼすけどだいたいできてきた。 フォークを安定させたい。 あとは脱ぐ、だな。 ジッパーとボタンがないものを脱げるようにするのが第一段階。 最近買った足袋っぽい靴は脱ぎにくいが、もう少しで一人で脱げるようになる。 安定して質問に肯定/否定で答えられるようになれば、 相当進展するので、まずはそこからだ。 その準備としての「目が合う時間を増やす」。

一人づつ見てるとえらい時間食う。 働いてる場合じゃないんじゃないかという気もするが、 収入のフローを途絶えさせるわけにも行かんしなあ。 ストック自体は結構あるが、こういう状況となれば 金で解決できることは金を投入するだろうから、 そう楽観できる状況ではない。

ああ、シノン、4567...のように途中から始めて どれくらい唱えられるか確認するか。 たぶん全然できない。 これ、姉妹揃って似てるな。 そして私もたぶん似てる。 曲を途中から弾き始められないのと根は一緒だろう。

ここに住んでもうすぐ2年なので、 引っ越すか決めねばならない。 なにせ狭いのだが、今はそれほどデメリットになっていない。 これ以上広くしようと思うと、どうしても諸々が遠くなったり、 断熱性が落ちたりする。家賃に15万は払えん。 せいぜい12万くらいで抑えたい。今10万だし。 でもまあ、「これでは足りんな」と思ったら 中途半端な時期であっても引っ越すだろうから、 特に問題を感じないなら保留、という手もあるだろう。

家の中の最も広い空間、は今より狭くしたくない。 10畳+5畳をほぼ丸々床を空けてあるわけで、 最低15畳の空間が欲しい。その上でもう一部屋増やす、 というような話になる。 探すだけ探して多少の検証はしておくか。 今はそれどころではない気分でもあるが、 それに1時間割くくらいはいいだろう。 それで数万以上変わるわけだからな。

2019年01月05日

なんか一日中療育ごっこしてた気がする。疲れた。

「それ何?」に対して「石」と答えた。 質問に答えること自体が新しいし、 イチゴのように欲求に直結しない単語なのはさらに新しい。

川の水、動くように見えるイルミネーション、回る車輪。 目が釘付けになりやすいこれらのものの共通点は何か。 前二つに言えるのは、高コントラストの画像であること。 三つに見えるのは、目で追わずに動きを見ることができ、 それが継続していること。 以上から、普通よりも光ってるものに目が行きやすく、 かつ、動きを追うのが苦手なのではないか、 という仮説。

最近オトモはda pumpのUSAの冒頭を繰り返し歌っているのだが、 その時に高率で目をギュっとつむったり開けたりする。 PVの冒頭は点滅が激しい場面であり、それが関係している気がする。 歌う時に脳内にはあの映像が再生されているのだろう。 そしてそれが実際に見ていなくても、眩しさ的な感覚を催させるのではないか。

しかし、高コントラストなものを見たがる、と仮定するだけでは 解釈できない現象が多い。 地面にうつぶせになって石畳を見てたりするのは謎だ。 それほど高コントラストな画像ではないし、動きもしない。

前から壁紙を剥がされまくって困っているのだが、 壁紙の境界線はそれほど目立つものではない。 しかし目ざとく見つけて剥がしにくる。 側方抑制が普通より強く、色の違いが強調されているのではなかろうか。 もしそうならば、石畳も我々に見えるよりも強く模様が見え、 四角のような単純かつ繰り返しのある図形の印象が強くなるだろう。 時間的にも空間的にも、周期性があるものを好むのかもしれない。

オトモはおそらく人間を顔を見る経験に乏しい。人の顔に注目しない。 しゃべっている人の顔を見る経験が少ないために、 音声と、それを発する人間の結びつきが希薄なのではなかろうか。 もしそうならば、とにかく目の前に周り込んでしゃべることで、 音声と口の動きを同時に届けることで、視覚と聴覚を結びつけることが 重要な気がする。実際、無理矢理正面に周りこんでしゃがんで話すと、 諸々の成功率が上がる。 さて問題は「なぜ顔を見ないか」だ。 顔を見るのが不快なので見ないのか、 顔以外のものが気になるという相対的な問題か。 黒目と白目のコントラストが強調されすぎて怖い感じになっていて見たくない、 という子供がいるという話をどこかで読んだ。 ひつじこの父上の顔は比較的よく見るようなのだが、 白目が黄色っぽいのでコントラストがさほど高くないからではないか、という仮説。 むろん顔以上に見たいものがある可能性もあるが、 場所を問わずそうだし、顔を背ける方向に法則性があるようにも思えないので、 「顔を見るのが苦手」が結構有力な気がしている。 まずは顔を見ることに慣れてもらう方向で試そう。 とにかく正面から話しかける。

2019年01月04日

発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ 自閉症・発達障害を疑われたとき・疑ったとき: 不安を笑顔に変える乳幼児期のLSTイラストでわかる発達が気になる子のライフスキルトレーニング: 「できた!」を増やす対応法 幼児期~学童期編、 の3冊を買って読んだ。人間を調教するマニュアルと言うと言葉が悪いが、 実際そうだと思う。しかし、結局「やっていいことがあった行動」の頻度が上がる、 というのが教育の本質である以上、報酬の与え方をどうするかというのは 避けては通れない道だ。非常に具体的なので参考になった。 この数日は実践してもいる。しかし、「一日に50回褒める」は尋常でなく難しい。 他のことと両立できるとは到底思えないほどだ。 「1秒以内に褒めろ」も相当難しくて、毎日練習しているような状況。

これらの本に書かれていることは、発達障害児にしか使えないわけではない。 シノンやオタマにも同様に使えるし、それどころか大人にも使える。 つまり、「それぞれはそれぞれの事情で生きている」ということを理解した上で、 報酬を操作することで行動を変化させようという話だ。 愛情は必須ではない。ただ、愛情のようなものがあった方がうまくでき、 意図を見透かされにくく、疲れずにできる。それは大きな違いだが、 それが絶対に必要であるとまでは言えない。

自閉症の脳を読み解く どのように考え、感じているのか、 を買って読んだ。自閉症の人の主観がどのようなものか、ということは、 つきあう上で重要な知識だ。また、それがわかれば状況を改善する役にも立つ。

しゃべるのが遅い、ということの原因は何か。 原因は脳にある。脳が何か普通と違うからだ。 オトモの場合、発する単語の種類自体はそこそこ多い。 どこかで聞いた文章をそのまま再生しているケースは多いので、 そこに含まれる単語は差し引かねばならないが、 たまにカスタマイズしてくることもあるし、 明らかに実物との対応が取れている単語も結構ある。 「3歳になっても単語が出ない」という状況ではない。 問題は会話にならないことだ。 「言語を人が発している」ということ自体の理解が怪しい。 その根っこにあるのは一体何だ。

短期記憶がダメだと、文章が終わる頃には文章の始まりを忘れていて 内容が理解できない。 視覚その他の刺激で思考が妨げられると、 文章を理解するための集中ができず、内容が理解できない。 短期記憶鍛えられないかなあ。


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